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全国の病理医が待ち望むドラマはじまる

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
日々顕微鏡を覗く病理医にスポットライトがあたるか(写真:アフロ)

待望のドラマ化

この記事を書いている2016年1月13日の夜10時、私の同業者が待ち望んだドラマが放映開始される。それが「フラジャイル」だ。

原作は月刊アフタヌーン連載中の同名漫画「フラジャイル」。

漫画、ドラマの主人公は病理医の岸京一郎。優秀だが変わり者という設定だ。主演はTOKIOの長瀬智也。

病理医…そう、私の職業だ。全国の病理医はこのドラマを待ち望んでいた。病理医のメーリングリストやフェースブックのグループでは、ドラマの監修をしている病理医の先生から情報が伝えられ、病理医たちがアイディアやドラマで使う病理組織標本の写真を提供したりしている。大いにもりあがっているのだ。

自分の職業にスポットライトが当たればそりゃうれしい。しかし、全国の病理医がこのドラマ化を待ち望んでいるのは、目立ちたいからではない。そこには切実な動機が隠されている。

全国に1700人

なぜたった一本の医療ドラマに期待するのか。それは、病理医が深刻な人材不足にあえいでいるからである。

詳細はハフィントンポストの記事などに書いたが、病理医とは、主に顕微鏡を用いて、患者さんから採取した組織の標本をみることで、病気の種類や広がりなどを調べ、患者さんの治療に不可欠な情報を提供する仕事である。亡くなった患者さんを解剖することも重要な仕事だ。私がこのYahoo!ニュース個人で有名人の死についての記事を書くのも、病理解剖を知ってもらいたいという思いがあるからでもある。

この病理医が深刻な人材不足にあえいでる。

昨年末、厚生労働省が発表した平成26年(2014年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況によれば、2014年末時点で、病理診断を行う医師は全国に1867人しかいない。これは、本来研究を行うことが仕事の主体で、アルバイトで病理診断を行っている医師も含まれる。仕事の主体が病理診断である「主たる診療科」として病理診断科を選んでいる医師は1738名。医師全体の0.6パーセントにすぎない。平均年齢は49.2歳。病理専門医にいたっては平均52.9歳だ。

2012年の調査では、「主たる診療科」として病理診断科を選ぶ医師は1602名であったから、それに比べれば2年で100人以上増えた。しかし、平均年齢は1歳以上あがってしまった。新人の育成が追いついていないのだ。

こうした病理医の不足は、メディアで取り上げられることは少ない。一部の病院で「病理外来」を行っているが、まだまだ少数で、病理医が患者さんに接する機会は少ない。だから、一般の人で病理医のことを知っている人はまれだ。病理医と言って「料理医」と間違えられることもしばしばなのだ。

新人獲得にも苦戦している。病理医の仕事にイメージがわかず、「人を治療しない」「医者っぽくない」と敬遠されている。日経メディカルカデットの調査(2010年版2013年版)では、病理医は他の診療科から「影が薄い」「コミュニケーション能力が低そう」「財布のひもが堅そう」など思われているという。

長瀬は病理医のイメージを変えるか?

実は医者ドラマに病理医が登場したことは何度かある。元病理医の海堂 尊氏は「チームバチスタの栄光」などのシリーズで病理医を登場させ、それがドラマにもなっている。また、山崎豊子原作の「白い巨塔」に登場する病理学の大河内教授の清廉潔白なイメージは、視聴者に大きな影響を与えた。

病理医が主人公のドラマもあった。仲間由紀恵主演「ナイトホスピタル〜病気は眠らない〜」は、元病理医で新米臨床医が主人公だった。

しかし、病理医そのものにスポットライトをあてたドラマは、聞く限り初めてだ(あったら教えてほしい)。

メディアの影響は大きい。今までは、親類も含め、一般の人に病理医の仕事を説明するのは、結構難儀なことだった。「解剖もやっているんですよ」といってドン引きされることもしばしば。

けれど、これからは、「あの長瀬クンが主人公のドラマの仕事ですよ!」と言えば、説明しやすくなる。また、新人病理医役の武井咲や、病理の教授役の北大路欣也にも大いに期待している。

果たしてこのドラマで病理医のイメージが変わり、「私を病理に入れてください!」という医学生が殺到するか…

ゆるく期待するとしよう。

放送後追記

いやあ、細かい部分もしっかりと再現されていて、見応えあった。来週以降も期待大!

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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