建国70年を前に…中国でラップが消える?
今、中国でラップが大盛り上がりだ。きっかけは、2017年に大手ネットメディアで放送されたスター発掘番組だ。ラップやヒップホップのアーティストがパフォーマンスを競い合い、勝ち抜き形式で、優勝を決める。しかし、その初代チャンピオンのラッパーの曲が中国で突然聞けなくなった。いったい何が起きているのか…。
人気番組の収録現場へ
2018年秋。
北京で行われた「中国の新ラップ(中国新説唱)」の収録を見学させてもらった。大手娯楽ネットメディア愛奇芸が制作したスター発掘番組。大ヒットした「中国にヒップホップ有り」の後継番組である。
入場までにしばらく待たされたが、一緒に並んでいる他の観客は、若い子たちばかりで、頭は金髪だったりキャップをかぶっていたり。服装はミュージシャン系なり、アート系が多い。しかも結構、イケメンに美人。正直に白状するが、こんなおしゃれな若者たち、普段、北京のどこにいたっけ?と思ってしまった。
収録中の撮影は禁止。携帯電話を預けさせられる徹底ぶりだが、携帯命の中国の若者たちも、行儀よく従っていた。
会場に入ると、赤を基調にしたセット。中央のステージを囲んで、3階建てのビルくらいの高い足場が組まれおり、そこにも観客が入る。クレーンも含め、大量のカメラが配置されていた。
日本の番組収録と同様、注意点の説明や盛り上がり方の練習をする、いわゆる「前説」があり、ほどなくして収録がスタートした。オープニングにパンチのある曲。生のブラスバンドに、無数の照明。ファッショナブルでちょっと不良っぽいアーティスト達が、テンポの速いラップを披露する。大音響と光線が入り混じって大迫力のステージ。はっきり言って、カッコいい。観客の若者の達は、事前に渡されていた小さいライトを振っては熱狂し、黄色い歓声を遥かに超えた、キャーともギャーともつかぬ野獣的な叫びを上げ、全身からエネルギーを発散し続けていた。
ブームの仕掛け人は…。
「(ラップは)中国の若者が、今の考えや、要求や、エネルギーを表現できる新しい方法なのです」
こう話すのは、「中国の新ラップ(中国新説唱)」の車ディレクター(35歳)。車氏は、ラップブームのきっかけとなった番組、「中国にヒップホップ有り」の演出も手がけた、言わば今のブームの仕掛け人だ。番組では自らステージに立ち、進行役も務める。
♪“運命も神も信じない!”
♪“世界は不公平といつも言う。でもダメなのは、お前がバカだから!”
番組でラッパー達は、今の若者の気分をこんな風に歌い上げる。車氏はこう続ける。
「若者たちに新しい音楽の流行に対する需要がある時に、やるべき時にやるべきことをしたのだと思います。私たちがブームを作ったのではなく、流行の予感が当たったのだと思います」
人気ラッパーの曲が消えた?
ところがこのブームに水を差すような出来事が起きた。「中国にヒップホップ有り」で初代の優勝を果たしたのは男性ラッパー、PG ONE。ところが、人気絶頂のまさにその時、彼の歌が、突然、音楽サイトなどから消えてしまった。理由は、明らかにされていない。
さらに予定されていたライブも突然中止された。ライブの主催側は、中止を伝えるお知らせを出したが、「いかんともし難い理由により」と、なんとも歯切れが悪い。
実はその直前、ある団体がPG ONEの歌を批判していた。その団体とは、中国共産党の青年組織、いわゆる「共青団」だ。「共青団」のホームページで「白い粉が板の上を動いている」といった歌詞が、青少年に、麻薬の使用を教唆しているなどという理由だ。
この頃、突然、「消えた」のはPG ONEだけではなかった。その他にも歌ばかりか、テレビやネットの番組から、出演しているはずのラッパーの場面がカットされたり、ぼかしをいれられたりする事態も起きた。
そんな事態について、ラップのファンたちに尋ねてみると…。
「反対です。何を聞くかは人々の自由です」(男性ファン)
「前は聞けた歌が、今は聞けなくなっている。アーティストを尊重していないし、彼らは本当のことを歌っているのに、公平じゃない」(女性ファン)
「現実社会の汚い部分を描いているからでしょう。多分役人がそれを認めたくないのでしょう。私たちが言いたいことを言ってくれているのに」(男性ファン)
いったい何が起きているのか?