建国70年を前に…中国を染める“正しい価値”とは?
ラップを始め、タトゥーやピアスがテレビやネットの番組から消えている。それらは社会主義の価値観に合わない「低俗」な文化だからなのか?そうした中、全ての小・中学生が、「必ず見なくてはいけない」というテレビ番組が放送された…。
「必ず見なくてはいけない番組」。その収録現場へ
中国の新学期は9月1日に始まる。その日に国営中国中央テレビで放送されるのが「開学第一課」。学校が始まって最初の授業、という意味だ。
去年2018年、放送の約1か月前に北京に隣接する河北省のスタジオで行われた収録現場を訪ねた。
スタジオでは、舞台に向かい、大勢の子供達が学校の座席のような形で観客として座る。舞台の上では、司会の進行で、歌や踊りのパフォーマンスや、著名人の体験談などがある。それを観客の子供達が、まさに授業のように見聞きするというスタイルだ。
演目は、少年とコンピューターグラフィックスの少女が、水墨画のようなセットで共演し、初の国産旅客機の開発者やテストパイロットが、苦労話を披露するなど。伝統文化とともに、技術大国となった中国を誇る内容に思えた。
そして番組の最後、締めくくりが“秀逸”だった。人気歌手と一緒に舞台に立つ、少年少女の合唱と踊りだ。
「少年が賢ければ、国は賢い!少年が富めば、国が富む!少年が強ければ、国が強い!…」
子供達が、声を合わせてそう叫ぶのは、愛国心を育む歌。清朝末期の思想家、梁啓超の文章を元にしている。伝統衣装で登場した子供達は、後半は、赤いスカーフの制服姿で踊る。赤いスカーフは、共産党が指導する少年少女の組織「中国少年先鋒隊」のトレードマーク。赤色は、革命の英雄が流した血を象徴する。
2時間近い番組はこれがエンディングとなる。
番組の意図を、プロデューサーの田梅さんはこう説明する。
「番組の内容は、愛国主義、中華の伝統の継承や発揚にあります。これらは社会主義の核心的な価値観を表しています」
中国の教育省は、この年、「開学第一課」を全ての小・中学生と保護者に見るよう通知を出していた。
社会主義の価値観を讃えるラップが登場!
「社会主義の核心的価値観」を提唱する宣伝活動は、社会のムードをつくり、人々の意識に浸透しつつある。その「社会主義の核心的価値観」を讃えるラップが登場し、話題となった。
曲のタイトルは「耀かしい中国(輝煌中国)」。ミュージックビデオを見ると、アップテンポのリズムに乗って、畳み掛けるように「中国の特色ある社会主義は新時代に入った」だとか、「共産党の指導がなければ、民族の復興は空想に過ぎない」などといったフレーズを繰り出す。国家指導者が大喜びしそうな歌詞だ。ビデオには、中国が誇る高速鉄道や、2008年の中国初の北京オリンピックなどのアニメーションが流れる。毛沢東や習近平国家主席もアニメで登場する。
サビは、「国家、善良、勤勉…」「公正、法治、愛国…」と、あの社会主義の核心的価値観を総括するという12の単語を繰り返す。
さて、その作者は…。
この曲を作ったのは、貴州省出身のラッパー孫八一さん(29歳)。地元では大人気、実力あるラッパーの1人だ。
孫さんは、党大会の後、社会主義の価値を宣伝する言葉が、町中に溢れるのを目にし、それを曲にしてもいいかな、と思ったと話す。時代の雰囲気だと感じたのだ。歌詞は、共産党大会の演説で使われた言葉を使ったという。
「国に新しい書記がやってきて、私達に自信をくれました。国がだんだん強くなっていくのは私の夢ですから、これを歌おうと思いました」
欧米生まれのサブカルチャーは、社会主義の価値観とは矛盾しないのだろうか。その質問に対し、孫さんはこう答える。
「ヒップホップ文化とは、真実と自由です。社会主義の核心的価値観は、富強、民主、文明、愛国、友好…じゃあ、『友好』を歌の中に取り入れましょうと、自分はもともと悪人でもありませんから。それは真実だし、自由なことです」
孫さんは、ラップの学校を開き、地元の若い世代の育成にも力を注ぐ。そんな彼は、一部の歌が管理され消されている現状について理解を示す。
「(管理について)従います。反対する気はありません。10歳の子供だって、ネットで親が見せたくないものや聞かせたくない歌も探せてしまいます。管理はしなくてはいけません」
社会主義的な価値観こそが正しいとする中国。今、この国は文化や生活さえも、その価値観に染めようとしている。(完)