エア遊具の安全について考える
転落事故が起こった
2019年8月7日、兵庫県の海水浴場に設置されたアスレチック遊具で、小学5年生の女児が約1.5メートルの高さから落下し、大腿骨頸部骨折のケガを負った。このタイプの遊具は4〜5年前から出現し、最近では全国の100か所以上に設置されているとのことである。その後8月19日にフジテレビの報道番組にNPO法人 Safe Kids Japan理事の西田 佳史さんが出演、エア遊具のクッション性能の限界を指摘した。
番組では、全国の27か所の水上アスレチック施設にアンケートをしたところ、回答があった16施設の内、10か所の施設でケガの事例があったとのことである。ケガの内訳は、擦り傷(19件)、捻挫(10件)、骨折(6件)と報告されており、すでに骨折の事例が発生していた。子どもの事故は1件だけということはなく、必ず同じ事故が複数件起きている。今回は、東京都練馬区のとしまえんの水上アスレチック遊具で溺死の事例が発生したので、しばらく時間がたってから注目されたのだと思われる。
このアスレチック遊具は全て空気で膨らませた遊具で、一見すると柔らかそうに見える。一番高いところは2.5mくらいの高さがある。遊具の表面が水で濡れている場合も多く、滑りやすい。ある程度の高さからジャンプ、あるいは転落すると骨折を生ずる可能性がある。
エア遊具の事故の分析
今回の骨折事故が起こったニュースを見て、7〜8年前に、産業技術総合研究所で行われた実験を思い出した。エア遊具(空気膜構造遊具)の上で飛び跳ねていた子どもが突然倒れて大腿骨を骨折した事例や、エア遊具の高い部分(1.5m)から転落して前腕を骨折した事例について検討が行われた。事故が起こった瞬間の映像が手に入ったため、再現実験も行われた。骨折が起こった同じ遊具の上で、大腿骨や前腕を模したダミーを用いて落下試験を行ったり、計算機を用いたシミュレーションによって力学的な分析が行われた。
その結果、一見、柔らかそうに見えるエア遊具であっても、数メートルの落下によって、骨折し得ることがわかった。高いところから落ちると、エア遊具は思ったほど柔らかくはないのである。また、複数の子どもや大人が一緒に飛び跳ねると、複雑な力の伝搬によって、高いところから落下しなくても、単にぴょんぴょん飛び跳ねているだけで骨折する危険性があること、また同時に飛び跳ねると、遊具の膜が伸び縮みするが、そのタイミングによっては非常に硬くなることがわかった。
これをもとに、
1)適切な人数制限の必要性
2)エア遊具の衝撃吸収性能にあった落下高を取り決めて、それより高いところから落下できないようにする
3)遊具の仕切り膜の配置など構造の変更や、膜の材質の変更などの必要性
が指摘された。
その後、米国の小児科学のジャーナル(Pediatrics)でも、エア遊具の事故が急増(1995年と比較し2010年時点で15倍)しており、米国だけで46分に一人、救命センターでの治療が必要な事故が起こっていることが報告された(参考文献1)。下の表にエア遊具による傷害の種類と全米での発生件数の推定値を示した。
表:エア遊具による傷害のデータ(米国1990-2010 18歳未満)
エア遊具の実験データは、経済産業省が作成した商業施設の遊具に関するガイドラインでも取り上げられた(参考文献2)。今回の事故現場でも守らなくてはならなかったガイドラインであると考えている。原理的には、水上であれ、地上であれ、エア遊具の安全基準は同じでよい。
今回、事故が起こった施設では、「監視員を増やして監視体制を強化する」とニュースで言っていたが、監視で転落を防ぐことはできない。また、水に浮かべた大きなフロートの下まで監視することは不可能である。
何をすべきか
プールの監視員が、フロートの下にもぐらないように呼びかけているとのことであるが、水遊びに夢中になっている小学生には無理な注文である。また、つるつる滑る高い場所から落ちないようにと注意しても、必ず落ちる。必要なことは、もぐ「ら」ないように、ではなく、もぐ「れ」ないようにすることであり、落ちないように、ではなく、落ちられないように、あるいは安全に落ちられるようにすることだ。水上アスレチック遊具の安全のためのガイドラインの作成を急いでもらいたい。
参考文献
[1] Meghan C. Thompson, Thiphalak Chounthirath, Huiyun Xiang and Gary A. Smith,Pediatric Inflatable Bouncer-Related Injuries in the United States, 1990-2010, Pediatrics, 130(6), pp.1076-1083, 2012