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円安からの反転を「トランプ円高」などと言っているのは見当違い。トランプは国際経済をわかっていない!

山田順作家、ジャーナリスト
ハリス支持率アップで、「ほぼトラ」は怪しくなってきた(写真:ロイター/アフロ)

■「ドル高・円安」を問題視したトランプ発言

 このところ、「ドル高・円安」基調が転換し、「円高」傾向になっている。ドル円は7月前半に162円近くまで行ったが、そこで日銀の5兆円規模の介入があり、157円台まで戻した。その後、7月16日に共和党候補に指名されたトランプ前大統領が、ブルームバーグのインタビューで、アメリカがドル高により「大きな問題を抱えている」と述べ、さらにFRBに対して利下げを行わないように求めると、円高はさらに進んでドル円は155円を割り込んだ。

 トランプは、「対ドルでの円安や人民元安がはなはだしい」と述べ、そのことがアメリカ企業にとって大きな負担になっていると指摘した。さらに続けて、アメリカ製のクルマの輸入を進めず、大きな対米貿易黒字を抱える日本に対して「不作法だ」と不満をぶちまけた

 日本でのアメ車の不振は、為替とはほぼ関係ないことだが、トランプはそうは思っていない。この点でトランプは、2016年の大統領当選時とまったく変わっていない。

■「トランプラリー」という消えない記憶

 トランプが円安を容認できないと発言した後に円高が進んだことで、市場からは「トランプトレード(Trump trade)が目立つ」という声が聞こえてきた。また、円高を「トランプ円高」などと言うようにになった。

 このときは「銃撃事件」の直後で、これで「ほぼトラ」(トランプ再選は間違いない)が確定したというムードになっていたので、これは当然だったかもしれない。市場は常に未来を見据えて動くからだ。

 トランプトレードというのは、トランプの再選を前提にして、株式や通貨、債券などを取引すること。市場の記憶にあるのは、2016年の大統領選挙当選後から始まった、いわゆる「トランプラリー」(Trump rally)だ。

 トランプの当選直後は「トランプショック」と言われ、一時、株安(NYダウ安)、ドル安になったが、政策としてのバラマキがわかると市場は楽観ムードとなり、株価は2018年1月まで上がり続けた。また、ドル円は、トランプ在任中の4年間、100〜110円という、いまから思うと「円高」の水準を維持し続けた。この間、驚いたことにメディアは、「円は安全資産」と言い続けたのである。

■制裁関税をかければ「MAGA」は達成できる

 バイデン大統領が離脱し、カマラ・ハリス副大統領がトランプの対抗馬となるのが確定したいま、「ほぼトラ」は怪しくなった。しかし、それでも「トランプトレード」は続いている。ただし、「トランプラリー」が再び起こるとは考えづらい。

 トランプは、すべての輸入品に一律10%の関税をかけ、中国からの輸入品にはさらに50~60%の制裁関税をかけると繰り返し発言している。ランニングメイトとなったJ・D・ヴァンスも、同じ考えを表明している。

 彼らは、安全保障と経済をいっしょくたにして、共和党の政策としてはありえない「保護貿易」を主張しているのだ。なんと、メキシコ産のクルマにも関税をかけると言っている。

 メキシコに限らない、トランプはアメリカに貿易赤字をもたらす国は、同盟国だろうと敵国だろうと見境なく関税をかける。そうすれば、どこかの経済学者が言っている「近隣窮乏策」によって、「MAGA」(Make America Great Again)を達成できると思い込んでいる。

■対中制裁関税は日本にとって大きなダメージ

 このデジタルエコノミーの時代に、「保護貿易」などしたらどうなるか。対中制裁関税は、中国封じ込めのためなら有効かもしれない。しかし、そのトバッチリをもっとも受けるのは日本である。

 日本の自動車メーカーはメキシコでも生産しているから、当然、関税制裁を課せられてしまう。

 さらに、たとえば、ほとんど中国で組み立てられている「iPhone」には、日本製の部品が全体の1割程度組み込まれている。「iPhone」ばかりか、多くの製品が中国で製造されており、それに日本企業は深く関わっている。

 前述のインタビューでトランプは、日本と中国は貿易黒字を稼ぐために意図的に自国の通貨を安く維持してきたと述べ、「日本はそうやってつくられた。中国もそうだった。私たちは非常にまずい立場にいると思う」と続けている。

 トランプの「アメリカ・ファースト」政策が復活すれば、世界はサプライチェーンを大きく変えざるをえなくなる。

 トランプが、その乏しい“脳内資源”で、世界経済をどう捉えているかは彼の勝手である。ただし、単にアメリカの貿易赤字を減らす。そうすれば、自分の支持者がいるラストベルトの製造業は復活する、雇用は増える。選挙は勝てる。そういう、時代錯誤の“シンプルヘッド”であることは確かだ。

■「ドル高」とFRBの「利上げ」が大嫌い

 トランプの最大の秘密は、ビジネスマン出身なのに“経済オンチ”であることではないだろうか。とくにグローバル経済やデジタルエコノミーに関してはわかっていない。彼がわかっているのは、SNSが有効な武器だということだけだ。

 トランプのSNSでの経済発言を、大統領時代にさかのぼって見ていくと、驚くべきことがわかる。

 たとえば、2018年7月19日、ツイッター(当時)に中国を名指しして「通貨を操作し金利を低くしている」と投稿。さらに 「ドル高はアメリカにとって不利だ」と続けた。

 これに市場は即座に反応して、ドル円は一気に約2円も高くなった。

 トランプは翌日も投稿し、今度はFRBに対して「(利上げは)われわれが成し遂げたことすべてを傷つける。為替レートの不正操作や悪質な貿易協定で被った損失を取り戻すことがアメリカに認められるべきだ。債務の返済期限が訪れるなかでの利上げなど、正気か」と攻撃した。

 この件でわかるのは、トランプは、関税で減らそうとしている貿易赤字がドル高で拡大したら元も子もないと思っているのに過ぎないこと。つまり、ドル高が嫌いということ。また、FRBも嫌いということだ。

■トランプ為替発言は場当たりに過ぎない

 このときに限らず、トランプは為替に何度も口出しをしている。

 大統領就任直後の2017年1月末、「ドルが強すぎる」と発言し、4月にも同じようにドル高を牽制した。ただ、7月になると「あまり強すぎないドルが好きだ」と言い、2018年1月にドル安が続くと、今度は「強いドルを望む」と投稿した。

 つまり、トランプの発言は場当たり的で、そのときどきの相場に反応しているのにすぎない。これをやられると困るのは、エコノミストや学者だ。トランプには確固たる経済政策というものがないので、予測もできないし、論評もできないからだ。

 しかし、市場で取引をしているトレーダー、投資家にとっては、そんなことはどうでもいい。世界経済、国家経済がどうなろうと、トレードで利益を得られればいいだけだからだ。ただ、迷惑なのは確かだ。

■強いドルと弱いドルの違いがわからない

 トランプが“経済オンチ”で、とんでもない大統領だとわかったのは、2017年2月、『ハフィントンポスト』が報道し、世界中のメディアが取り上げた「強いドルと弱いドルのどちらがいいか、大統領はわかっていない」という内容の記事だ。

 この記事のなかで、複数の政府関係者は次のような証言をしていた。

 トランプは午前3時にマイケル・フリン大統領補佐官(当時)に電話をしてきて、「強いドルと弱いドル、アメリカ経済にはどっちがいいんだっけ?」と聞いてきた。

 軍人出身で経済は門外漢のフリンが、これに答えられるわけがない。フリンは驚きを隠せず、「大統領、それは私の専門領域ではないのでお答えできません。エコノミストに尋ねられてはいかがでしょうか」と電話を切ったというのだ。

 このエピソードは、おそらく世界中の市場関係者が知っている。ただ、だからといって、トランプ発言を無視していいわけがない。逆に、常になにを言うか注視し、そのシンプルヘッドが市場にどう反応するかを予想しなければならないのだ。

■第2次世界大戦を誘発してしまった貿易戦争

 ここで、歴史を振り返ると、アメリカは、過去に何度も世界を相手に関税・貿易戦争を仕掛けてきた。

 古くは1930年代、大恐慌から脱出するために「スムート・ホーリー法」(Smoot-Hawley Tariff Act)をつくり、輸入品2万点の関税を平均60%にまで引き上げた。このため、アメリカの製造業は一時的に回復したが、欧州が報復関税を発動すると業績は一気に悪化した。

 アメリカの輸出は3年間で半減し、大恐慌の後遺症は長引くことになった。 その結果、世界はブロック経済に突入し、それが第2次世界大戦の遠因になった。

 第2次大戦後、西側諸国は、戦争の教訓からアメリカを中心に自由貿易を促進した。アメリカは空前の好景気を謳歌し、世界にその恩恵をバラまいた。

 しかし、1971年8月、ベトナム戦争によって財政赤字と貿易赤字が膨らんだことでドルが信用不安に陥ると、ニクソン大統領は突如として、ドルと金との交換停止、および10%の輸入課徴金を含む8項目の経済政策を発表した。いわゆる「ドルショック」である。

 その結果、ドルは大幅に切り下げられ、輸入課徴金はわずか4カ月で撤回された。  

■30年にわたった日米貿易戦争の教訓とは?

 私たち日本人にとって忘れてはならないのは、1960年代後半から1990年代半ばにかけて約30年続いた「日米貿易戦争」である。当時の日本は、いまの中国と同じ立場に立たされた。

 アメリカが仕掛けてきた貿易戦争のターゲットは、繊維製品に始まり、牛肉・オレンジ、鉄鋼製品、カラーテレビやVTRなどの電化製品、自動車、半導体、コンピュータと次々に代わったが、いずれも、アメリカの要求に日本は大幅な譲歩を繰り返した。

 これは安全保障をアメリカに握られている以上、仕方ないことだったが、結果的にトクをしたのは、遅れてやってきた中国だった。

 日米貿易戦争の結果、アメリカからは電化製品などの製造業が消え、日本も同じように製造業が衰退した。そうして「世界の工場」は、日本から中国に移った。日米貿易戦争は、当時の世界第1位の経済大国と第2位の経済大国の争いだった。トランプはそれを、ターゲットを変えて、なおもやろうとしているのだ。

 関税による貿易戦争は、当事者にとっていい結果をもたらさないことのほうが多い。そもそも関税というのは、自国産業を保護するためのものだが、その結果、自国産業が隆盛・復活するとは限らない。かえって衰退してしまうことのほうが多い。

■無意味なUSスチールの買収に対する反対

 アメリカ政府は2002年のブッシュ(ジュニア)大統領のときも、鉄鋼産業を保護するために、輸入鉄鋼製品に最大30%の関税をかけた。しかし、ITバブルの崩壊などで景気自体が失速するなかで、鉄鋼価格は3〜4割も上昇し、ピッツバーグは復活しなかった。

 トランプはこの4月、USスチールの臨時株主総会で日本製鉄による買収提案が承認された際に、買収を阻止しなかったとしてバイデン政権を批判した。そうして、「日本よ。おめでとう」と皮肉り、「私ならこんな取引を成立させない」と言った。

 トランプは、歴史の教訓からなにも学んでいない。というか、歴史自体を知らない。“バックドア”からUペンのウォートンに入った男、自分を「精神的に安定している天才」(stable genius)と言っているナルシストに、これ以上振り回されたくないと思っている市場関係者は、意外に多いのではないだろうか。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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