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子供達にもっと競輪を身近に感じて貰いたい(by 奈良県)

木曽崇国際カジノ研究所・所長

私自身が賭博業の専門ですので、普段は「公営賭博の財政面での国民生活への貢献」に関する記事を書くなど公営賭博に関して好意的な記事を書いておりますが、本日はどうしても我慢ならんというか、胸クソ悪い事案が発生したので批判的立場でエントリを書きます。

公営競技場の経営がどこも厳しいのは皆様もご存じの通りです。奈良県には奈良競輪という県が施行者となった競輪場が設置されおり、この施設もご多分に漏れず、すでにピーク時の売上から三分の一にまで落ち込んでいます。現在、奈良県にはその立て直しを論議する「奈良県営競輪あり方検討委員会」なる委員会が設置されており、この度、その第八回会合の議事録が公開されたワケですが、内容が酷過ぎるというか、何というか。。以下、議事録より転載。

平成26年度 第8回奈良県営競輪あり方検討委員会 議事録

http://www.pref.nara.jp/secure/125232/ari%20eight.pdf

米田次長:

競輪場周辺は平城中学校区であり平城小学校、幼稚園の生徒、園児がひとつの教育区を作っており、フェスティバルを行うために奈良競輪場を貸し出しまして、11月20日に開催されました。資料の写真にありますように、メインスタンドに幼、小、中、高の生徒達がぎっしり入っていただき、多目的ホールでは幼稚園の子供、吹奏楽がここで催しを行い、選手会奈良支部の競輪選手の方に実際にバンクで走っていただきました。また競輪場を歩いてみようということで、バンクウォークをさせていただきました。子供たちは大変喜んでおりました。また次年度もお借りしたいということで聞いております。[…]

●井委員長(●は糸へんに白)

新たな売上向上及び集客への取り組みということですが、今すぐ、直接ということではないでしょうが、子供さん等招かれて競輪ということについてもっと身近に感じてもらいたいというのは、非常に大事なことであると思う。[…]

中 部長:

自転車は親が乗り方を教えますと上手にならない、別人が教えると6時間で乗れるようになると放送されていました。お父さん、お母さんが来られて、およそ6時間の間に子供さんが自転車に乗る。子供さんが訓練されている間にお父さん、お母さんには車券を買っていただくとか、そういう具合に繋ぐのも方法であると感じました。

「今すぐ、直接ということではないでしょうが、子供さん等招かれて競輪ということについてもっと身近に感じてもらいたいというのは、非常に大事なことである」(by 委員長)…ですか。あえて申し上げましょう、「アンタ達、全員クソだ」と。

私はカジノという今は日本には存在しない賭博業種の人間です。そんな私なりにも賭博業界の片隅で生きる者の責任として、ギャンブル依存症対策の推進にはずっと取り組んでいて、例えば「青少年の義務教育の中に酒、煙草のリスク教育が義務付けられているのに、賭博のリスク教育がないのはオカシイ」として、学習指導要領の改定を訴えて活動をしていたりもします。これ、国内では恐らく私が最初に言い出した事ですが、やっと他の識者にも徐々に浸透し始めて、少しずつ論議が醸成されてきています。

早急に求められる「ギャンブルに対するリスク教育」の義務化

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8242516.html

今は日本に存在していない業種の人間がそうやって活動しているにも関わらず、一方で我が国の既存の合法賭博施設である公営競技場の運営管理者にあたる都道府県が、「もっと身近に感じてもらいたい」と子供たちに競輪をアピールですか。なんともオメデタイ話ですね。

…で、アナタ達、地元の幼稚園児から高校生までメインスタンドが満席になるまで集めて、当然、賭博のリスクに関してひと講義でも打ったんでしょうね?と問いたい。

これは奈良県だけの話ではなくて、実は我が国で合法とされている公営賭博業界全体を貫く体質の問題です。公営賭博というのは、「公がそれを適切に管理をしている」という前提で制度が設計されているのもあり、実は公営賭博の世界では「依存症」というものの存在が正式に認められていません。なので、そこに「依存症対策」という概念は存在しないし、例えば政府や自治体が行う委員会の中でそういう論議が積極的に行われた事もなければ、パチンコ業などが自主的に取り組んでいるような「依存症ホットライン」のような施策もない。

もっというと、公営競技の世界に居る人達は、事あるごとに「私たちはスポーツだから…」のような論法で逃げ口上を打つワケです。ただ、確かに公営競技はスポーツですが、それが一方で行われている事業の持つ賭博性を否定するものではないでしょう。これは、統合型リゾートが観光施設だからといって、そこに内包されるカジノの賭博性を否定するものではないのと一緒であって、両者ともそれが何であれ一方で依存症および、それに纏わる問題は起こり得るし、実際に起こっているのだから、そこに対策が必要なのは同じです。

「競馬に使った」運送会社から9650万円横領疑い 元社員の男逮捕

http://www.sanspo.com/geino/news/20140909/tro14090917430006-n1.html

電通関連の財団から横領容疑 「競馬につぎ込んだ」

http://www.asahi.com/articles/ASGB54WJYGB5UTIL00S.html

高級クラブや競馬に充てた…元会社役員を1億円超横領で起訴 大阪地検特捜部

http://www.sankei.com/west/news/150225/wst1502250029-n1.html

昨年、8月に厚労省研究班とされるグループが「ギャンブル依存症へのリスクを持つ者が国内に536万人」などという発表を行い、多くの関係者がその対策を前に進めようと努力をしている中で、肝心の公営賭博業界がなんら適切なリスク教育もなされていない子供達に向けて「もっと競輪を身近に感じて貰いたい」とか、我々からしたら悪夢以外のナニモノでもないです。そんなことを嬉々として論議をするヒマがあったら、まずは子供達にちゃんと賭博のリスクを教える施策を考えなさい。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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