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「英検1級をとると幸せになる」という調査結果の衝撃(?)

寺沢拓敬言語社会学者

12月19日、日本英語検定協会(通称「英検」)から味わい深い調査結果が発表された。

社会と英語の関係の調査分析を専門の一つにする人間として、ぜひ紹介したくなる味わい深さである。

英語力とQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の関係性調査結果 | 協会について | 公益財団法人 日本英語検定協会

調査結果から英検がどのような結論を出したかは小見出しを見るとよくわかる。以下、引用。

■英語の早期学習はやはり効果的である

■若い年代ほど仕事での英語の必要性を感じている。

■英語学習を早くスタートするほど、将来的な平均年収は高くなる

■50代男性の英検1級取得者の平均年収は1,100万円以上

■英検1級、準1級取得者ほど、仕事での英語の必要性と、幸福度は高い

なお、調査手続きも引用しておこう。

調査は、英ナビ!...の社会人会員の方に、英語力と人生・生活の質(クオリティ オブ ライフ=QOL)の関係性を測るため2016年3月に実施。1,828人が回答した。このアンケート結果はその一部です。

本調査が扱っているテーマについて、筆者は既に検討済みである。昨年出版した『「日本人と英語」の社会学』において統計的に分析している。しかも、同書では大規模無作為抽出調査を使って分析していて、上記の英検調査(ネット会員対象)のように代表性が怪しいデータを使っているわけではない。というわけで、日本社会と英語の関係についてより正確な(少なくとも「よりマシな」)話を知りたい方はそちらを見ていただきたい。

言ってしまえば「ネット会員のような代表性が怪しいデータでは、どんな洗練された分析をしても、何も言えることはないよ」で終わりなのだが、せっかくなので、データ分析のことについてもいくつかコメントしたい。仮にデータがまともだったとしても分析レベルでいろいろ不思議なところがあるからである。

英語を早く始めると、将来、収入が増える!?

英語力と収入の関係について。該当部分を引用。

英語学習開始時期と、現在の平均年収の相関については、40代、50代男性においては小学生以前に学習を始めたグループは、中学生以上から学習を始めたグループに対して、平均年収が約137万円高いことが分かりました。

40代、50代男性の英検最終取得級別の平均年収について調査したのが以下の図になります。

50代男性においては、英検を上位級まで取得した方ほど平均年収が高い結果となりました。 特に50代男性の英検1級取得者の平均年収は1,114万円となっております。

英語力と本人収入の関係は、擬似相関を排除することが決定的に重要である。この点について『日本人と英語の社会学』第10章で丁寧に議論している。

「英語力→←収入」はあくまで相関関係であって、ここに擬似相関が働いているとき、次のようなメカニズムが考えられる。

  • (1) 最終学歴が高いほど年収も高い傾向にある。(これは周知の事実である)。
  • (2) 最終学歴が高いほど、英語学習年数が増えるため、英語力も高くなる。(これも周知の事実である)。

上記の (1) と (2) が合成されれば、見かけ上、英語力が高い人ほど年収が高いという関係は見いだせる。図で書くと以下のとおりである。

英語力←学歴→収入

要は、「英語力→収入」という因果関係ではないのだ。

ちなみに、このメカニズムは他の言語、たとえば「ラテン語」などにもあてはまる。「ラテン語ができる人は、できない人よりも年収が○○万円も高い!」はたぶん事実だと思うが、「ラテン語→年収」と考えるひとは誰もいないだろう。(「ラテン語ができる」群は四大卒・大学院卒がほとんどを占めるが、「できない」群には多様な学歴の人々が含まれるため)

本調査結果には、「早く英語を始めるほど平均年収が高くなる」という驚きの結果も載っているが、これもおそらく「本人の最終学歴」が第三の変数として介在した擬似相関の結果である。

つまり、見かけ上は「英語学習の早期開始→←年収」であるが、これを解きほぐすと、次のようになるだろう。

早期英語開始 ← 家庭の裕福さ → 学歴 → 年収

つまり、

  • (1) 裕福な家庭の出身者ほど早期英語を経験している。(『「日本人と英語」の社会学』13章で実証済み)
  • (2) 裕福な家庭の出身ほど学歴が高く、結果、年収も高い

という2つの因果関係の擬似的な合成である。

40代・50代男性しか分析していないという謎

そもそもの前提として、どうして年収と英語力の関係に関しては、40代・50代の男性しか分析対象にしていないのだろうか?(他の部分には20代・30代も載っているし、女性も含んでいる)

もちろんデータ分析に慣れている人であればすぐピンと来るはずである。「ああ、20代・30代では相関すら出てこなかったから、レポートから省いたんだろうなあ」と。言うまでもなく、学問の世界ではこのような手続きは「不正確」なだけではなく、非倫理的ですらあるのでご注意を。

なお、「英検1級を取得すると幸せになる!」という結果もなかなか味わい深いので、後日コメントしたい。

追記

続編はこちら:https://news.yahoo.co.jp/byline/terasawatakunori/20170107-00066353/

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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