家庭内浴槽での突然の事故 救急車が来るまでに家族ができること
家庭内浴槽での突然の事故。溺れずに済んで一命を取り留めたとしても、多くは浴槽からあがれません。溺れて意識を失っていたらなおさらです。浴槽に入ったままの大切な人をどうしたらよいか、家族は途方に暮れます。救急車が来るまでの間、居合わせた家族はどう対処したらいいでしょうか?
家庭内浴槽での事故(注)
浴槽内で意識がなくなった(意識障害)、続いて顔がお湯に浸かった(呼吸停止)あるいは心臓が動いてなさそう(心停止)という場合と、浴槽の外から転落・転倒して浴槽に頭から突っ込み溺れたという場合とがあります。
浴槽内にて、血圧低下などの体の異常で意識がもうろうとする状態、あるいは意識がなくなる状態を意識障害と言います。意識障害に陥った状態で鼻や口が湯面につけば湯を吸い込む状態、つまり溺れた状態となり、呼吸停止につながります。その後呼吸できない状態が続けば心停止となります。
洗い場にいて、浴槽の向こう側にあるものを取ろうとして手を伸ばしたり、あるいは立ち眩みしたりして、浴槽に頭から突っ込んだ場合が転落や転倒に当たります。突っ込んだ際、浴槽のどこかに頭をぶつければケガをしますし、それによって意識がなくなり、お湯の中に顔が浸かれば溺れることになります。
浴槽にて入浴している時に急に意識を失うと、浴室外にいる家族にはなかなかそれが伝わりません。10分を目安に入浴中の人に家族が声をかけてほしいのは、異常があっても早く発見でき、手当てに取りかかれば蘇生する可能性が高くなるからです。一方で、転落や転倒だと浴室から大きい音がするので、浴室外にいる家族が異変に気付きやすく、発見が早くなります。
本稿では、日常生活に特段の支障がない人が入浴中に事故にあったと想定し、屋内に同居家族が2人以上いるとして、救急車が来るまでに家族ができることを列挙します。
【参考】5,000人が命を落とす 家庭での浴槽溺水 この冬の危険回避の方法は?
◆ 発見したらまず
顔が湯面についていないか、ついているか、確認します。お湯を沸かしている状態ならただちに止めます。助けなければならない対象者を、ここでは傷病者と呼びます。
顔が湯面についていなかったら
「お父さん、どうしたの?」などと傷病者に声をかけて、肩を軽くたたいてください。
意識があり話すことができる(意識が清明)状態なら、自力でお湯から上がれるか、聞いてみます。自力で上がることができないなら、家族の手伝いを得て浴槽からあげて洗い場に移動する準備に移ります。
意識がない、あるいは要領を得ない(意識が清明でない)状態なら、119番通報をして救急隊を呼びます。呼吸しやすいように、ただちに気道を確保します。傷病者が浴槽に座っている状態なら、顔が湯面につかないように顔面を少し上に向けます。そして胸の動きなどを見て呼吸しているかどうか、確認します。その間に家族の手伝いを得て浴槽からひきあげて洗い場に移動する準備に移ります。
顔が湯面についていたら
傷病者は呼吸をしていません。119番通報して、救急隊を呼びます。ただちに顔を持ち上げて湯面から口と鼻を出してください。そして、一刻も早く心肺蘇生法に移れるように準備します。
浴槽のお湯を抜きます。傷病者の顔面が下向きで上半身が重くて起こせないとか、頭からお湯に突っ込んでいて浴槽からあげられないとか、様々な状況が起こりえます。浴槽のお湯を抜くことで、この後に起こる様々な困難に対処することができます。
◆ 浴槽からあげる
意識が清明な場合
傷病者に意識があって、自力で立ち上がれるようであれば、壁の手すりや家族の助けで浴槽からあげます。よろめいて倒れそうだったり、自力で立ち上がることが難しいようであれば、家族2人の肩を貸して立ち上がるように手助けします。
全く立ち上がれないようであれば、2人以上で浴槽からあげます。浴槽の大きさなどによってやり方が異なってきます。傷病者の持ち方は、横浜市消防局の動画のうち、「二人で搬送する場合」を参考にしてください。
傷病者を裸の状態のままでひきあげないようにしてください。手が滑って傷病者を床に落としてしまいます。傷病者に意識があって腕を動かせるなら、浴槽中でまず長袖の服を着てもらいます。それからひきあげの作業に入ります。
図1のような和式浴槽(浴槽が小さくて深い)だと、何人もの人が同時に浴槽に入ることができません。浴槽の外から、1人が傷病者の背中側からわきの下越しに両腕を通し、傷病者の上腕をつかみます。図1であれば手前の浴槽のふちに一度座らせるような恰好まで傷病者を浴槽から引きあげます。もう1人は傷病者の両下腿を浴槽の外から両手でしっかり持ちます。その状態で少し持ち上げて、静かに洗い場の床の上におろします。
図2のような和洋折衷式浴槽(浴槽が広くて浅い)だと、浴槽の広さが十分なら、家族2人が浴槽の中に入ることができます。和式で説明した要領で傷病者を持ち上げます。そのまま浴槽のふちをまたいで、洗い場に移動して、静かに床の上におろします。
大方は説明通りなのですが、傷病者を浴槽から持ち上げて移動するには、まだまだ気をつけなければならないことがありますので、この記事の最後でお話しするような専門的な講習会を受講されることをぜひおすすめします。
意識が清明でない場合
傷病者に意識がないかもうろうとしているなら、タオルケットなどを使ってひきあげる方法を選択します。ただし、これは専門的な講習会を受講しなければ上手にできません。家族だけではどうしてもひきあげられないのなら、救助隊・救急隊の到着を待って任せます。
到着を待っている間に、和洋折衷式浴槽のようにある程度の広さがあり、浴槽のお湯が抜けきれば、浴槽内で心肺蘇生(胸骨圧迫と人工呼吸との組み合わせ)法を行うことができます。
◆ 心肺蘇生法
仰向けの状態で観察し、体の動きがない場合、心肺蘇生法に移ります。心肺蘇生法は胸骨圧迫30回と人工呼吸2回との組み合わせです。また、家庭にAED(自動体外式除細動器)がある場合には、傷病者にAEDを装着してAEDの指示に従って行動します。
心肺蘇生法は、傷病者が動き出す、うめき声を出す、見るからに普段どおりの呼吸が見られる、救急隊が到着して引き継ぐことができるまで続けます。
◆ 救急車が来るまで、もう少し頑張る
もともと傷病者に意識があって、心肺蘇生法の必要がなかった時、あるいは心肺蘇生法によって呼吸が回復した時、傷病者を保温します。保温には毛布や乾いたバスタオルを使います。
保温では、洗い場の床と傷病者との間に毛布やバスタオルを敷きます。そして全身をくるむようにします。特に足先と肩はしっかりと毛布や追加のタオルで覆います。
大人数がいれば、毛布を担架の代わりに使って傷病者を居間などに運ぶこともできます。
体位は水平位が基本で、意識がない時には横向きの体位にします。いつ、容態が悪くなるかもしれません。傷病者の意識、呼吸、脈拍、顔色や皮膚の色、手足が動かせるかに気をつけて観察を続けます。
浴槽での事故に対処する講習会
浴槽事故の対処法には、文章だけではなかなか伝えきれない事柄があります。安全に対処するために、ぜひ専門的な講習会を受講してください。
例えば、119番通報のタイミング、浴槽からのひきあげ方法、浴槽内での心肺蘇生法などは家屋の状況や家族の構成によって変わります。水難総合研究所では「お風呂救急手当講習会」としてもう少し詳しい内容を、この冬の12月下旬に無料のリモート講習会として開催します。
浴槽事故に現場で対応した経験を数多く持つ元救急隊員などから、具体の動画を視聴しながら直接話を聞くことができます。これまで家族が浴槽で意識を失ったことのある経験をお持ちの方や、自分の家庭の状況ならどうすればよいかと疑問をお持ちの方は、受講されてはいかがでしょうか。
※ 基本的な実技については、断りがない限りは日本赤十字社の実技動画を参考にリンクしました。傷病者の観察や心肺蘇生法などの基本的な手技は、日本赤十字社救急法基礎講習会などで習得することができます。ただ現在、新型コロナウイルス感染拡大防止のために、講習会の数が制限されていたり、リモートで行われていたりしています。
注 筆者は水難が専門なので、この記事では浴室内での急病の解説・対処には触れません。何らかの原因で浴槽内で意識障害に陥ったり、その過程を経て溺れたりする事故を想定しています。