5,000人が命を落とす 家庭での浴槽溺水 この冬の危険回避の方法は?
家庭内での浴槽溺水。例年12月から1月を中心にして寒い季節に頻発します。この40年で溺死者数は約5倍に増えて、2019年の1年間でその数は5,188人(全年齢)に達しました。1980年には4歳以下の子供の溺水が多かった浴槽溺水。時代とともに子供の溺死者数が急減し、65歳以上の高齢者のそれが急増しています。
高齢者の溺水が激増
家庭内での浴槽で溺れる人の数は、全年齢(総数)では1980年に約1,000人だったのが、2016年には5,000人を超えるまでになりました。そのうち、65歳以上の方が1980年では全年齢のうち半分以下だったのが、2018年以降は全年齢のほぼ全体を占めるまでになっています。つまり、ここ最近は、65歳以上の高齢者の溺水が総数を押し上げています。
その一方で変化の兆しが
その一方で、この数年は少し変化の兆しが見られます。図1をご覧ください。厚生労働省が発表している人口動態統計から、浴槽溺水をあぶりだしました。「家庭における主な不慮の事故による死因(三桁基本分類)別にみた年齢(特定階級)別死亡数及び百分率」のW65浴槽内での溺死及び溺水+W66浴槽への転落による溺死及び溺水をもとに、65歳以上の方に絞って2010年から2019年までの毎年のデータをまとめています。
グラフのうち、赤三角で示した数が65歳以上の高齢者の浴槽溺水で、2017年をピークに減少に転じています。浴槽溺水と同じように高齢者の家庭内事故として有名な、W00-W17転倒・転落・墜落に絞ると、65歳以上の方の数はこの10年で微減微増を繰り返していることから、高齢者の浴槽溺水は高止まりかあるいは(希望的に)減少に転じたとみてもいいかもしれません。
図2は、図1の赤三角データを男女別に分けたグラフです。例年、男性に比べて女性の方が多いのですが、この3年間に注目すると女性の数が男性に比較して減少しているようです。高齢女性の溺水が減ってきたのには、いろいろな推測がつけられるのですが、よくわかりません。
なぜ浴槽で溺れるのか
急病発症はここでは除きます。浴槽内で寝落ちなどで意識がなくなることは、多くの方が経験しているかもしれません。この時、湯面に顔面が浸かり、鼻と口が水中に没すれば呼吸の際に水を吸ってしまいます。意識が戻らなければ窒息となり、溺れます。
パターンは2つあります。ひとつは体育座りのような姿勢で意識消失とともに顔面が湯につかる場合、もうひとつはどちらかというと仰向けの背臥位で後頭部が湯につかり次第に沈んでいく場合です。
なぜそんなことがわかるかというと、浴槽溺水では通報により駆け付けた救急隊員が現場を見たり、その場で家族から状況を聞いたりしているからです。水難学会に所属する救急隊員らの証言から、「体育座りのような姿勢で顔面を湯面につけていた例が多い」ことがわかっています。次に「仰向けのような姿勢で顔を含めて頭全体が沈んでいる」例もあります。
鼻と口から湯面につかる体育座りの姿勢は、鼻と口が最後に沈む仰向けの姿勢よりも溺れるリスクが、救急隊員の経験では高い結果となっています。水難学的にも説明できる事象です。
聞き取り調査の結果から
この1年で「お風呂の入り方」について、総数443人に聞き取り調査を行ってきました。
Q1 浴槽のつかり方
どちらかというと体育座り 22%
どちらかというと仰向け 77%
どちらかというとうつ伏せ 1%
Q2 浴槽のタイプ
和洋折衷 75%
和式 25%
洋式 0%
浴槽のつかり方では、男女で差がありました。男性ではほぼ全員が「どちらかというと仰向け」の姿勢で浴槽につかっています。和洋折衷の浴槽では背中を下にしてリラックスして入浴できるので当然ですが、垂直の壁面からなる和式浴槽でも「足を浴槽から出してでも」仰向けに近い状態で入浴している人が多いのです。一方、女性では和洋折衷の浴槽でも「どちらかというと体育座り」の人が比較的多くみられ、和式ではほぼ体育座りの姿勢で入浴していました。
体育座りを避けることができないか
当然、顔面を湯面からできるだけ離せば、意識を失ったとしても呼吸する時間を稼ぐことができます。全ての浴槽溺水をなくすことはできないかもしれませんが、少しでも溺水のリスクを低くするのであれば、入浴中の体育座りを避けることが第一歩となります。
体育座りをする理由を聞いてみました。
髪の毛をお湯につけたくない
一番多かった答えです。特に髪の毛の長い方からの回答で目立ちました。ただ髪の毛をお湯につけたくないという回答はどちらかというと高齢者に多くて、高齢者だとあまり髪の毛の長さに関係なかったように見受けられます。
確かに、温泉とか銭湯の女性風呂のマナーというのでしょうか、「長い髪の人は束ねてお湯に髪の毛がつからないようにしましょう」という注意書きを見ることができました。インターネットで改めて検索すると、そのようなマナーがヒットします。
首が楽ではない
この回答は、背臥位になると「肩が湯船のへりについて、そのため首が折れ曲がってしまい、きつい」とのこと。高齢者から得ました。「若い時と違って、そんなに首がそらないんだよね。」なるほど、筆者も最近、手の指の関節が痛くてのびなくなってきました。そうやって体が固くなっていくのでしょうか。
背中がのびない
介護職員からの回答です。「背中が丸くなった高齢者は男女かかわらず、体育座りの姿勢で入浴しています」とのこと。なるほど、浴槽の壁面が斜めにきってあっても、背中がのびないと首の時と同じで姿勢としてはきついのかもしれません。介護職員からの聞き取りで終わっているので、ここは推測になってしまいます。
少しの工夫で危険が回避できないか
当たり前のことなのですが、寝落ちを回避することが一番です。浴槽にお湯がいつ溜まったのかわからないほど眠気がある時は、浴槽で寝てしまいますね。入浴中の適当な時間に目覚ましが鳴るようにしましょう。家族が一定時間(例えば10分ごと)に声をかけるのも効果的です。
体育座りの方は、少しでも顔が上を向くように工夫しましょう。髪の毛を濡らしたくない人はゴムで髪の毛を束ねるとか、シャワーキャップをするとかの工夫があります。使い捨てシャワーキャップは10個ほど入って100円で販売されています。さらに完璧に髪の毛を隠すのであれば、シリコン樹脂製のスイムキャップも使えます。首を安定させたい方は、空気枕を浴槽のヘリに置くと首が楽になります。こちらもお店によっては100円で販売されています。ただ、空気枕を浮き具の代わりに使うのは、水難学的にまだ安全性が確認されていないので、現時点では避けた方がよいです。いま、安全性の高い浴槽用浮き具を考案中です。
さいごに
普通は家庭の浴槽につかる他人の姿を見ないものです。だから人がどんな姿勢で入浴を楽しんでいるのか知らず、さらに個人のお困りごとも表に出てこないものです。この1年のインタビューも、特に女性向けには気をつかいました。
今回は急病発症を除いた浴槽溺水に焦点を絞りました。少しの工夫で回避することができます。「これまでずっと大丈夫だった。だから今夜のお風呂も大丈夫」とは限りません。年齢を重ねるごとに、あなたならではの工夫をされてはいかがでしょうか。