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住む家を失くしてパパ活で凌ぐ主人公に重ねたこと。「夜もバイトをしたコロナの頃を思い出しました」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『つゆのあとさき』に主演した高橋ユキノ (C)2024BBB

コロナ禍の渋谷で、困窮した生活をパパ活で切り抜ける女性たちを描く映画『つゆのあとさき』が公開された。永井荷風による昭和初期の銀座のカフェーを舞台にした小説が原案。マジックミラー越しに男性が女性を物色する、現代の出会い喫茶に置き換えている。主演は新人の高橋ユキノ。濡れ場にも挑みながら、理不尽に抗って日々を生き続ける姿をリアルに体現した。前編と後編に分けてインタビューを公開。前編では、今回の主人公と重なるところがある自身のバックグラウンドから聞いた。

田舎でくさくさしている高校生でした

――千葉で生まれ育ったそうですが、高校時代はどう過ごしていたんですか?

高橋 部活はやってなくて、ひたすらアルバイトをしていました。キラキラしてなくて、熱中するものも何もなくて、くさくさしながら田舎の高校生をやっていました(笑)。

――クラスでは、どんなポジションで?

高橋 嫌われてはいなかったんですけど、たぶんちょっと浮いていました。他のクラスや学校のほうが友だちが多かったです。大人の人と仲良くしていたり。現状にちょっと不満がある人ばかり、周りにいる感じでした(笑)。

――高橋さんも不満があったんですか?

高橋 学校が苦手で、校則が厳しいとか、先生って何であんなに偉そうなんだとか、不満ばかりでしたね。

――『つゆのあとさき』で演じた琴音と、通じるところもあったり?

高橋 当時は確かに、琴音に近い感じはあったかもしれません。人と壁を作って、あまり楽しそうには見えてなかったと思います。

チーズfilm提供
チーズfilm提供

両親に呼び出されて芸術系の道はどうかと

――高校を卒業してから舞台芸術学院に入学したのは、どんな経緯だったんですか?

高橋 私がそういうふうにくさくさして生きていて、高校3年生で進路を決めないといけない時期にも、何にも動いてなくて。このまま千葉で暮らして、適当に結婚とかして、やっていくんだろうなと思っていたんです。そしたら、いきなり両親に呼び出されました。

――家庭内で呼び出し(笑)。

高橋 あまり私に介入してくる親ではなかったので、何か怒られるんだろうと思ったら、机の上にたくさん芸術系の資料が置いてあって。「こういう道はどう?」と唐突に言われました。

――将来を心配されていたんでしょうか。

高橋 私の中にくすぶっているものを感じていて、とりあえず芸術方面を勧めてみたようです。両親のほうも、そういう提案をすることで私の人生を変えてしまうかもしれないと、2人で悩んで話し合って、その場を設けたと聞きました。

(C)2024BBB
(C)2024BBB

「東京に行けるんだ」くらいの感覚でした

――ご両親が芸術系を勧められたということは、高橋さんがそっち方面に興味を示していたのですか?

高橋 いえ、特になかったです。地元の映画館では『ドラえもん』とかしかやってなかったし(笑)、舞台や芸術に触れる機会はほぼない田舎だったので。ただ、おばさんが絵描きで、鉛筆で白黒の絵を描いてもらって、色を塗るようなことはよくやっていました。たぶん両親なりに私をよく見てくれていて、この子は芸術方面なら楽しく生きていけると思ったのかもしれません。その中に舞台芸術学院の資料もありました。

――芸術にも美術とか音楽とかある中で、高橋さん的に演劇がピンと来たわけですか?

高橋 お芝居のほうに行きました。そう言えば、小学生の頃に一度だけ、子ども劇団に出たことがあります。地域創生みたいな趣旨で、お芝居をして楽しむという。それも両親の中にあったのかもしれません。大きな役でもなくて、私は全然忘れていたんですけど。それで舞台芸術学院を見学に行ったんです。そのときの私の感覚としては、「東京に行けるんだ!」というくらいでした(笑)。

「膿みたいな人間」と言われたのが嬉しくて

――それで、自分で演技をやってみたら面白かったと?

高橋 めちゃくちゃ大変な世界でした。それまでのうのうと生きてきたから、殺されるくらいボコボコにされました。もちろん物理的にでなくて精神的に、ということですよ(笑)。先生たちにだいぶシゴかれました。

――厳しいことを言われたり?

高橋 ひとつ、すごく覚えているのが「お前はグチャグチャになった膿みたいな人間だ」と言われたんです。それがとても嬉しくて。

――膿と言われて嬉しかったんですか?

高橋 はい。おっしゃる通りだし、「ちゃんと私を見てくれている!」と思って。1人でくさくさしてスルーされてきたので、そんなことは初めて言われたんです。私と真正面から向き合って、こんな言葉を投げてくれるのは、すごくありがたくて。そういう専門学校で、お芝居に打ち込むようになりました。

――これまでの出演作では『遠吠え』や『私の愛を疑うな』に今回の『つゆのあとさき』と、社会性のある映画が続いています。そういう作品が好きなんですか?

高橋 企画書を拝見して、今届けるべき必要がある映画だなと思うと、参加したい気持ちになります。『つゆのあとさき』もそうでした。

オーディションの演技を笑ってもらって

永井荷風が1931 年に発表して、「昭和初期の銀座の風俗史」と称された小説が原案の『つゆのあとさき』。映画ではコロナ禍の渋谷が舞台に。キャバクラで働いていた琴音(高橋ユキノ)は、店が休業して同居していた男に家財を持ち逃げされ、家賃を払えず行き場を失う。知り合った楓(吉田伶香)の紹介で出会い系喫茶に出入りして、パパ活で日々を切り抜けていた。同じ店で出会った大学生のさくら(西野凪沙)と友情を深めながら、軽薄な男たちを相手にしていく。

――今回の琴音役には、オーディションで200人から選ばれたとか。

高橋 そうらしいです。私は最初から琴音を希望していましたけど、オーディションでは全員が楓、さくらと3人の役を演じました。

――演じてみても、琴音がハマる感じがしました?

高橋 琴音をやっているときが楽しかったです。審査員の監督やプロデューサーたちが笑っていました(笑)。全然笑うシーンではなかったんですけど、吹き出されていたので、たぶん私も楽しんでいたんだと思います。

――映画のどこかのシーンだったんですか?

高橋 本編では演じていません。3人が出会い系カフェで初めて一堂に会したシーンで、うろたえているさくらと、ホストクラブに誘う楓と、シラーッとしている琴音と。同じようなやり取りは、本編ではスマホを打ってLINE画面が出てきました。

街を蹴っ飛ばしたい気持ちが重なりました

――苦境に生きる琴音を演じ切れる自信もありました?

高橋 琴音は渋谷という、彼女にとってはジャングルのような街で生き抜いていて。そこで見ている景色に寄り添いたい、という想いはありました。

――先ほど出たように、くさくさしていた頃の自分と重なるところもありつつ?

高橋 その時期の自分は、街がグレーに見えていたんです。蹴っ飛ばしたい気持ちもありました。私は芝居を始めて、街の見え方を変えていくことができましたけど、あの頃の心情は、どこか琴音と重なるところがありました。

――コロナ禍の頃を思い出したりもしました?

高橋 思い出しました。私は一度「こんな自分では修業がまだ足りない」と芝居をやめて、違う仕事に就いて、学童保育の先生をやっていて。その時期にコロナが来たんです。出勤日数が減ってしまって、補償はあっても足りなくて、夜は飲食店でアルバイトを始めました。

――当時はそんな人がたくさんいました。

高橋 本当にキツかったです。人とも会えなくて、6畳ワンルームの家に、ずっと1人でいました。芝居から離れてしまって、やりたい気持ちも抱えていたし、生活も困窮しているし、すごく辛かった。そのときの感じは思い起こしていました。

相手によって被る仮面を変えていて

――琴音は住むところを失くして、街をさまよっていたりもしました。

高橋 私もお金がなくて、家賃の支払いにも困っていました。一度、千葉の田舎に帰って、そこから東京に通勤していました。

――そういう時期が長かったんですか?

高橋 コロナの最初の頃は、そういう期間が続いていました。3年前に学童保育の仕事を辞めて、事務所に入って、またお芝居を始めて変わっていきました。

――では、琴音は入りやすい役ではありました?

高橋 その経験は活きたかなと思いますけど、やっぱり自分とは違う人間なので。琴音を演じるには、かなり準備が必要でした。

――琴音の人物像をどう捉えたんですか?

高橋 『つゆのあとさき』にはいろいろな人間が出てきて、渋谷の街で交差する物語ですけど、琴音は他者に対して一線を引いていて。相手によって被る仮面を変えているので、映画の大部分で素顔に当たるものは露わにしていません。ずっとどこか平気な素振りで過ごしています。

――パパ活の中で、会社が倒産して悲嘆にくれている客に「やっぱ、やろうか」と、頭を撫でて慰めていたのも、根はやさしいというより仮面のひとつだと?

高橋 あのときは「面倒くせえな」というところがあって(笑)。隙を見せたというのでなく、気まぐれに近い感じがしました。(後編に続く)

Profile

高橋ユキノ(たかはし・ゆきの)

1998年1月16日生まれ、千葉県出身。2018年に劇団橙『妥協点P』のヒロインで女優活動を始める。主な出演作は映画『遠吠え』、『私の愛を疑うな』、ドラマ『虎に翼』など。映画『つゆのあとさき』が公開中。

『つゆのあとさき』

原案/永井荷風 監督/山嵜晋平 脚本/中野太、鈴木理恵、山嵜晋平

出演/高橋ユキノ、西野凪沙、吉田伶香、渋江譲二、守屋文雄、松㟢翔平ほか

ユーロスペースで公開中

公式HP

(C)2024BBB
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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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