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“超予約困難な飲食店”の席をオークションで販売する「食オク」に賛否両論! グルメジャーナリストの考察

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

これまでになかった飲食店向けのITサービス

飲食業界は古い体質であるといわれています。たとえば、予約を電話だけでしか受け付けていなかったり、決済が現金しか対応していなかったり、公式サイトがなかったりと、アナログで不便なところが散見されるからです。

飲食店がもっとデジタル化され、こういった点が改善されて、利用者の利便性が高まれば、飲食業界のためになるのでよいと思っています。

飲食店向けのITサービスには様々なものがありますが、ある新しいサービスが気になりました。それは、2022年9月中の開始を目指している食オク。運営する会社も、サービス名と同じ食オクとなっています。

食オク

8月にサイトをリリースして会員を募集し、既に1,000人以上のユーザーが登録。どのようなサービスかというと、超予約困難といわれる飲食店の予約=席をオークションで販売するサービスです。

豪華な参画店舗

スタートから参画している飲食店は次の通り。

・鮨さいとう(東京都港区)

・鮨しゅんじ(東京都港区)

・CHIUne(東京都港区)

・たきや(東京都港区)

・aca(東京都中央区)

・グルマンディーズ(東京都港区)

・晴山(東京都港区)

・斎華(京都府京都市)

・京天神野口(京都府京都市)

本当に予約が困難である飲食店ばかりです。

この中には、私も実際に1年以上先の予約で訪れたり、あまりにも予約がとれないからとミシュランガイドの対象外になったりした飲食店があります。現在は9店舗ですが、今後は順次店舗数を増やしていくということです。

サービスにかかる料金

オークションなので、予約=席を獲得できる金額はその時々によって違いますが、他にはどのような支払いが必要になるのでしょうか。

食オク利用規約/食オク

利用規約の第3条3項にあるように、落札するのは予約=席だけなので、食事代は別途必要。オークションではあくまでも、ある日時の予約=席を落札するだけです。

第6条2項では、落札者は、落札金額の10%を食オクに支払う義務があるとあります。したがって、落札者は落札した予約=席に対して、全額で落札金額の110%を支払うことになるでしょう。

第18条1項では、オークションで得られた予約=席を譲渡できないとあり、転売は禁止されています。

サービスを立ち上げた背景

この画期的なサービスを立ち上げた背景は何でしょうか。

飲食店「超予約困難店の予約権利をオークション」 数カ月先でも予約が取れないお店に特化した「新サービス」 2022月9月開始 ~売上の一部を一般社団法人に寄付し食文化の発展にも貢献~/dreamnews

プレスリリースには、予約困難店の売上を向上させるため、原価に影響されない利益を確保するためとあります。加えて、平均年収が低い飲食業界の年収を上げることで、課題を解決したいということです。

一般社団法人Thanks for the food

さらには、食オクの売上の一部は、新たに設立した一般社団法人Thanks for the foodに寄付し、食文化の発展にも寄与するとあります。

SNSで賛否両論

超予約困難な飲食店の席をオークションで販売するサービスは、これまでに存在しなかった画期的なものであり、かつ、飲食業界の課題解決や食文化の推進にも役立つという素晴らしい志があります。

ただ、SNSでの反響をみていると、賛否両論です。

食オク - Twitter検索/Twitter

「席をオークションにすることで売上を確保できるのはいい」「店が肯定的に受け止めているなら、外野は何もいうことはない」「店が能動的に行っていて、利益も流れるので転売ではない」というポジティブな意見。

そして、「お金を積めば行ける店はどうなのだろう」「この感覚の店はどんなにおいしくてもコンセプトが好きではないから行きたくない」「食オクの役員が寄付先の社団法人の代表でびっくり」という拒否反応まで見受けられます。

食オクや参画店舗の考え

新しいサービスは常に賛否両論を生むものです。J-CASTニュースでは、食オク、および、食オクに参画している飲食店に対して取材し、主張を掲載しています。

人気飲食店の予約権オークション「食オク」に賛否 運営会社「買って転売ではなく、権利は店から提供」すでに1000人超登録/J-CAST ニュース

食オクは、転売ではなく、予約の権利を提供していることを強調。サービスの開始にあたって、ユーザーから、間口が広がって嬉しいという声があるということです。

匿名なのでどこが回答したのかわかりませんが、参画している飲食店は次のように述べています。

落札金額の一部が日本の食文化を守るために寄付されたり、どうしても予約したい人がいたりするのが、参加した理由。金儲けのためではないとも、述べています。普通であればツテがなければ予約できず、月に1、2席しか用意しないということです。

超予約困難な飲食店とは

食オクに参画している飲食店のコメントがありましたが、超予約困難な飲食店は通常、どういった考えをもっているものでしょうか。

飲食店はいわゆるハコモノなので、ある時間にある席に座って食事してもらわなければ、売上機会を損失してしまいます。客席稼働率が70%に満たない飲食店であれば、客席稼働率の向上に努めることでしょう。20席未満の超人気店であれば、ディナー営業で100%どころか2回転の200%、夕暮れ前から夜中まで通して3回転の300%すら達成することがあります。たださすがに、これ以上稼働率を上げることは物理的に難しいです。

売上は、客単価×客席稼働率×客席数で算出されます。したがって、客席稼働率を増やすことができなければ、売上を増やすには、客単価を上げるしかありません。しかし、客単価を上げるために、コース料金を値上げするとしても、せいぜい数千円が関の山。いきなり1万円も上がるケースなど、ほぼありません。

客席稼働率が頭打ちで、客単価にも限度があるにもかかわらず、予約したいという人は掃いて捨てるほどいます。そうなれば、予約=席に、価値=価格をつけたくなるのは容易に理解できるところです。

オークションなのでほぼ利益で青天井

飲食業界は営業利益率が10%あれば優秀な方であり、その利益率の低さも問題になっています。利益率が増やせないのは、食材費や人件費をカットするのに限界があるからです。

食オクのオークション対象はあくまでも予約=席だけなので、原価は発生しません。つまり、予約=席のオークションで生まれる売上はほぼ全て利益となるので、極めて魅力的です。

私が以前から記事で問題提起しているノーショー(無断キャンセル)やドタキャン(直前キャンセル)が起きたとしても、飲食店の利益はある程度保証されます。

オークションという性質もあって、規約にも落札金額の上限は記載されていません。したがって、落札金額は青天井となります。クリスマスなどのフェスティブシーズンや特別なガラディナーには、閑散期の数倍から数十倍の価格になるのではないでしょうか。

需要と供給

飲食店での食事は、飲食店と客との契約。何をいくらで食べたり、飲んだりするかは、双方の合意があれば契約が締結されたことを意味し、法的には問題がありません。

飲食業界には様々な業態があり、客にも色々なタイプがあります。できるだけ安い値段で食べたい人、気軽に行ける店がいいという人、とにかく高級な店を制覇したい人、普通の人は知らない店に訪れたい人など、千差万別です。

客が店を選ぶ権利があるのと同じように、店が客を選ぶ権利もあります。超予約困難な飲食店には、ただでさえ予約したい人があふれ返っているだけに、予約=席のオークションを通して、それに競り勝つだけの熱意をもった人に訪れてもらいたいと考えるのは理解できることです。

公正な予約とは

超予約困難な飲食店が食オクに参画するのは納得できますが、参画した飲食店のコメントには疑問を抱いています。

「普通であればツテがなければ予約できないので、予約枠をオークションにするのは公正」とありますが、ツテがなければ予約できないようにしているのは、あくまでも飲食店側の問題であるはず。なぜならば、ツテがない人に予約を開放していないのは、他ならぬその飲食店だからです。

いわゆる超予約困難といわれる飲食店の中には、予約を“調整”している場合があります。ただ、それは必ずしも悪いことではありません。飲食店にとって、いつからどの日時のどの席をどういった人が予約できるようにするかは、非常に重要なこと。来てもらいたい人に対して優先的に開放するのは、飲食店としては当然のことです。

こういった背景があるにもかかわらず、予約の公正化を理由に掲げていることに疑問をもっています。なぜならば、本気で予約を公正にしたいのであれば、ただ単に初訪問する客のために席を空ければよいだけだからです。超予約困難は、1年以上先の日時が予約されるくらい、予約したい人はいくらでもいます。予約を未訪問客とリピーターに按配したとしても、まず全ての席を埋めることができるはずです。

それなのに、こういった対策を行わないのは、リピーターや売上の高い客、食通や著名人、インフルエンサーだけを相手にしているからに他ならないのではないでしょうか。

予約=席をオークションにしたとしても、お金がある人しか落札できません。今後インバウンド客が増えてくれば、訪日した時に絶対訪れたいとして、富裕層の訪日外国人がかなりの高値で競り落とすことも考えられるでしょう。

したがって、これまで通りにツテのある人、もしくは、落札できるくらいお金に余裕のある人しか訪れることができないように思えます。果たしてこれが、公正化につながっているのでしょうか。

飲食店が売上や利益を最大化することに全く異論を唱える気はありませんが、公正化が持ち出されることには大きな違和感を覚えます。

Thanks for the foodとは

日本の食文化を守るために寄与できるというコメントもありました。

ただ実際のところ、日本の食文化を守ることは容易ではありません。海洋資源の減少、和牛やイチゴの海外流出、農家の高齢化・継承など、どれも産業構造にメスを入れなければならないほど、複雑で深刻な問題ばかりです。

ABOUT/Thanks for the food

こういった課題の解決に挑むのが、食オクの寄付先である一般社団法人Thanks for the food。公式サイトを確認すると、理事の名前どころか、代表理事の名前すら明記されていません。したがって、おそらく理事会を設置していない小規模な一般社団法人であると推測されます。食に関する様々な一般社団法人を知っていますが、公式サイトに代表理事すら記載されていないのは、極めて異質。何かしら、公表したくない理由でもあるのでしょうか。

株式会社食オク/国税庁法人番号公表サイト

一般社団法人Thanks for the Foodの情報/国税庁法人番号公表サイト

プレスリリースなどを確認すると、食オクでは山澤孝司氏が代表取締役を、大岩諭氏が取締役を務めています。そして、Thanks for the foodの代表理事を務めているのが、食オクの取締役も務める大岩氏。

国税庁法人番号公表サイトで調べてみると、食オクとThanks for the foodは、どちらとも同じ住所です。設立日を確認すると、食オクは2021年12月1日、Thanks for the foodは2021年10月22日となっています。

食オクとThanks for the foodは、主要メンバーと活動拠点が同じであり、設立日も近いです。したがって、双方の関係は非常に緊密であるとみなされても仕方ないのではないでしょうか。

水産物を守る

一般社団法人は営利を目的とするのではなく、何かしらの志を共にする法人。

GOAL/Thanks for the food

Thanks for the foodのゴールは「水産物のフードロスをゼロに」することです。

Chefs for the Blue — シェフと共に学ぶ、考える、伝える豊かな海と食文化の守りかた

水産物を守る活動を行っている有名な団体としては、2018年6月6日に設立し、フードジャーナリストである佐々木ひろこ氏が代表理事を務めるChefs for the Blueが挙げられるでしょう。トップシェフが集まる団体で発信力も強く、大きな影響力もあります。

したがって、Chefs for the Blueのような既に実績ある一般社団法人に寄付するという選択肢もあったのではないでしょうか。それなのに、食オクが自ら一般社団法人を設立したことを鑑みると、水産物を守ることに関して大きな熱意をもっているのではないかと推察されます。

公式サイトに対する疑問

他に気になる点があります。

それは、Thanks for the foodの公式サイトが、同じく水産物を守ることを目的としているChefs for the Blueの公式サイトに類似していることです。

ヘッダのリンクについては、Thanks for the foodがABOUT、GOAL、WORKS、CONTACTであり、Chefs for the BlueはABOUT、TEAM

GOAL、WORKS、VOICES、NEWS、CONTACT。Chefs for the Blueをもとにして、コンテンツのないリンクを省いたようにも感じられてしまいます。

Thanks for the foodのメインコンテンツはWORKSにありますが、2022年5月10日の日付で3つの記事が投稿されているだけ。食オクのサービス開始前なので売上(寄付)がなく、コンテンツを制作する費用がないので仕方ないと思いますが、同法人が何を活動しているのか、見えづらいところがあります。

高騰化する可能性

食オクはサービス開始前なので、まだ今後の見通しはつきません。ただ、もしかすると、超予約困難な飲食店の中で、いずれ全ての予約=席を食オクで販売する飲食店が現れるのではないでしょうか。

なぜそう考えるかというと、食オクのオークションを介せば、予約管理のコストが軽減され、売上と利益も向上するからです。全ての予約=席を食オクでのオークションで販売すれば、売上と利益を最大化できます。

食事代やお酒代であれば、ある程度は金額が予測できるものですが、予約=席は実体のないものなので、高騰化する可能性もあります。

運営側は、オークションで不正に価格が釣り上げられることがないか、対策が必要となるでしょう。

食体験と満足度

飲食店において食体験が最も大切であると考えています。料理の味やプレゼンテーション、お酒のラインナップやマリアージュ、サービスのホスピタリティやコミュニケーション、空間の豪華さや快適さ、テーブルウェアやインテリア、最初のアプローチや最後の会計まで、全てが食体験に含まれます。そして、この食体験に対して、お金が支払われ、総合的な満足度につながるのです。

食オクのオークションを通して食事すれば、全ての食体験に要した金額は、食事代に加えて、予約=席の落札料金も含まれます。これまでは、予約=席にはお金がかからなかっただけに、満足度は変わるのではないでしょうか。

今後の活動に注視

飲食業界が発展していくためには、日本人が日本の飲食店の素晴らしさを語れるために、日本人が日本でより多くの食体験を紡ぐことが大切です。そういった文脈においては、食オクのようなサービスが登場することによって、飲食店の二極化がますます広がっていくことは残念に思います。

ただ、飲食店の利益やそこに勤めるスタッフの給与が向上することにつながるのであれば、飲食業界の発展につながることでしょう。食オクの寄付先であるThanks for the foodは日本の水産物を保全したいとあるので、大いに期待したいところです。

全く新しいサービスである食オク、および、日本の重要な資源である水産物を守るThanks for the foodの今後の活動に注視していきたいと思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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