メイ英首相が目指す3度目の採決の内容とは。トゥスク大統領への手紙全文:イギリスEU離脱ブレグジットで
メイ首相が3月20日にトゥスクEU大統領に宛てた手紙が公開されている。
この手紙の全文翻訳を紹介したい。この内容で、メイ首相が次にやることが見えたと筆者は思ったので、翻訳文の後に解説したい。
メイ首相が次にやろうとしていること
筆者が一番びっくりしたのは、「ユンケル委員長と私がストラスブールで合意した追加の公文書を、欧州理事会で承認してほしい」という所だ。承認していなかったの・・・!? 確かに英下院の採決前夜、とても遅くに合意は発表されたけれども。
ブリュッセルでは、27加盟国のEU担当大臣が詰めていたと聞いている。当然大臣たちは、国のトップ(首相や大統領)と連絡を取りながら滞在していたはずだ。つまり「直接的には27カ国首脳の了承は取っていない」という意味だろうか。
採決の日の前夜、ユンケル委員長とメイ首相は、EUが無期限にバックストップに英国を閉じ込めることができないことを確認した文書を2つ、発表した。このために「EU側が直前に折れた!」「EUの妥協を勝ち取った!」という雰囲気になった。「もしかしたら可決するかもしれない」という期待がもてそうになった。
それに冷水を浴びせたのは、翌日午後のコックス法務長官の答弁だった。「法的にバックストップ(の離脱)は保証されていない」、つまり前夜の合意は法的に意味がない、英国は今もってバックストップに閉じ込められたままだ、という爆弾発言をした。そして彼は、この問題は政治判断でなされるべきだと主張したという。このことで、一気に空気が冷めたと承知している。
正確には、コックス法務長官は「議定書の取り決め(arrangement)を終了するための国際的に合法的な手段は、協定(agreement)がなければ、英国にはないだろう」と言ったのだ。
参照記事:コックス法務長官の爆弾発言「バックストップは法的に保証されていない」。イギリスEU離脱ブレグジットで
ならば、協定(agreement)があればいい・・・ということなのだろうか。
協定(agreement)って何? 国際法においてどういう位置づけなのだろうか。
アメリカ議会調査局(CRS)の資料によるとーー
「国際法は、国際協定(international agreements)と慣習(customary practice)という主に二つに由来している。米国の法制度の下では、国際協定は、条約(a treaty)、または行政協定(an executive agreement)によって締結することができる」
ーーという。
ユンケル委員長とメイ首相の合意は「条約」ではなさそうだ。となると「行政協定」ならば効力があり、コックス法務長官も納得するということか。
じゃあ「行政協定」て何?
ブリタニカ国際大百科事典によるとーー
◎行政協定というのは条約の一形式である。
◎「行政取り決め」ともいう。
◎政府がその固有の権限に属する事項について外国と締結した合意。
◎しばしばその略式性から「簡略化条約」ともいわれる。
◎効力は一般の条約と同じ。
一言で言えば、「政府の権限で外国と結んだ合意で、条約と同じ」ということだ。
他の資料を読んでいると、行政協定が効力をもつには、国内議会の承認が必要だったり必要なかったり、なかなか複雑なようだ。ちなみに「行政協定とはアメリカで発達した制度である」と、小学館の日本大百科全書(ニッポニカ)にある。
イギリスではどうなのだろう。この場合はどうなのだろう。筆者は専門家ではないのでわからないが、手紙の中でメイ首相は「我々の法制度では、離脱協定に基づく我々の公約を国内法にするためには、政府は両議院で法案を成立させる必要があります」と言っている。
メイ首相がやろうとしていることが、わかったと思う。
彼女は「27カ国の首脳が了承すれば、行政協定(=簡略化条約)になる。コックス法務長官の言う『合法的な手段』を我が国はもてることになる。前回は、法的根拠がないと大騒ぎになったけど、今回は違う。下院議長が認める『新しい内容』ということにもなる。あとは両院の採決が必要なだけ」と考え、「さあ、もう一度採決だ!」と、3度目の正直で可決を目指しているのではないだろうか。
(追記:あるいは、ユンケル委員長にその権限がないということなのかもしれない。貿易協定と違って、この点では加盟国は主権を保持している、ということかもしれない)。
筆者には、メイ首相が何をしたがっているのか、さっぱりわからなかった。2度も否決されて、3度目の採決は下院議長に「同じ内容じゃないか。これではダメだ」と言われ、それでも延期を申請してまで、なぜ3度目の採決をやろうとするのか。また同じことではないのか、そもそも採決を下院議長が許可するのか、全くわからなかった。わかったのは強い意志だけだ。この疑問に答えてくれる情報には出合わなかった。やっと見えたように思う。原文の情報公開はなんと大事なことか。
でもコックス法務長官は、「27加盟国首脳の合意さえ取れれば、大丈夫です。両院の了承を取ればいいのです。バックストップに対する心配は払拭できます」という感じではなかった。「このことは、あくまで政治的決断」ということを強調していたという。
前に投稿した原稿で、筆者は以下のように書いた。
ーーコックス法務長官は法の専門家として、事実を言っているのだろう。そのことは決して疑わない。しかし、彼は職業としてシビアであるだけではなく、離脱派だから一層「不信」のリスクを重く考えているように見える。メイ首相は親EUであり、残留派だから、根本的なところで相手を信頼している。人間とは、最後の究極的な場面では、「私は何者か、何を信じているのか」が問われるのだーー。
この観察は的を射ていたのだと思う。やはりコックス法務長官は離脱派なので、法的事実を言っているにしても、言動が合意に対して否定的なものになったのではないか。
それに、いくら国際条約を結んだところで、一方的に破棄されることはある。不信を言い出したら何もできない(ただ、そこまでの野蛮が今の欧州に存在するとは思えないのだけど)。それでもメイ首相は、フォックス法務長官の言葉をきちんと受けとめた上で論破するために、努力を重ねているのだろう。いや、本当に頭がいい。しかも意志が強固だ。すごい。
実は、筆者は日付の件がとても気になるのだが、これは次の記事で書くことにする。
今後のメイ首相の奮闘ぶりに注目したい。トゥスク大統領は、地獄の席はまだからっぽだと言うし、ユンケル委員長は「地獄に行くなよ」と言っている。あと3週間である。あれほど「3月29日!」と緊張していたのに、それが溶けた後の人間の心理というのも、気になるところだ。
参照記事:メイ首相のグリムズビー演説について(記事の後半):メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢。
おまけ
メイ首相の手紙には「further」(更なる・更に)という言葉が多いと感じた。4回も出てくる。
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以下の内容は本題からはそれるが、気になっていたことをこの機会に書きたい。
長くなるので、お付き合い頂ける方はお読みください。
欧州連合のイギリスでの立場
前から気になっていたのだが、メイ首相は何かというと「××しないと、EUが○○してきて、離脱ができなくなる!」という脅し文句を使っている。トゥスクEU大統領宛の手紙にまで書いている。びっくり。
今回も「合意なき離脱は嫌なんでしょう? でも合意案に同意しなければ、EUが延長をさらに伸ばして離脱できなくなるわよ!」「欧州議会選挙をやらないといけなくなるわよ!」という脅しをしている。
一体何なんだろうか。筆者はすべては「合意がある離脱」にもっていくための方便だと思っていたのだが・・・。
どうやらイギリス人は、「××しないと、EUが○○してきて、離脱ができなくなる!」というメイ首相の言葉をそのまま信じているみたいで、びっくりである。首相が言っているのだから信じても当然といえば当然なのだが、このような文句を、英国ではどのくらいの人が、どこまで本気で信じているのだろう。
まるで、EU側が「イギリスよ、脱退しないで〜!行かないで〜!」と泣いてすがって、引き止め策を講じているみたいではないか。そりゃ、欧州機構側、特に欧州委員会は「EU市民」という思想や立場の人たちだから、イギリスの残留派に理解ある態度や姿勢、提案をすると思う。
でも、英国の国民投票の「離脱」という結果は尊重しているはずだ。だからこそ、あれほど苦労して離脱の合意文書をつくったのだ。一番良いのは、合意がある離脱を、英国が了承することだ。EU側のほうから、どんなことをしても何としても引き留めようと策を講じるなんて、あるのだろうか。信じがたいが・・・。
もしEU機構側が策を講じているとしたら、あまりにも先行きが不明で、時とともに英国内で残留派の声が増していること、メイ首相は元々残留派だったことをわかっているので、「合意なき離脱にならないために」「本当に合意なき離脱に陥りそうなら、その『もしも』の時を見越して」何か策を講じているということはあるだろう。
それに、欧州機構と加盟国は別である(両方「EU」であるが)。各国の現金な様子を、イギリス人は知らないのだろうか。
イギリスから移転するEU機関は2つあった。欧州医薬品庁は19都市が名乗りをあげ、加盟国の銀行監督当局を統括する欧州銀行監督機構には8都市だった。美味しいケーキの争奪戦だったというべきか。
オランダでは、ロンドンからの移転を考えている日本企業に対して、いかに外国企業に整ったビジネス環境かを見せるツアーを組み、国立オーケストラの公演や素晴らしい料理でもてなして「どおぞオランダに来てください!」と誘致していたと聞いている。他の国も似たり寄ったりである。
スペイン政府は「ジブラルタルを取り戻すチャンス!」と、手ぐすねひいて待っているようだし、アイルランド政府は北アイルランドに対して慎重な姿勢だが、内心はどうなのか。フランス政府に至っては、マキャベリストである。
このメディアの発達した現代に、こんなに言語も地理も近い欧州という地域で、こんな誤解が生まれているなんて・・・。ため息が出るばかりである。
英国は、できればEUに留まってほしい大事な国ではあるが、そんなに辞めたいなら仕方がないよね、というのが、欧州大陸の大半の人々の気持ちなのではないだろうか(あるいは、無関心)。人間心理として、辞めたいと強く主張する相手には、そんなものではないか。よほど自分の直接の利益に関わらない限りは。