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アイルランドは統一され、英国は北アイルランドを失うのか:なぜ英国 VS アイルランド+EU26カ国か

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
国境のCarrickcarnonで、かつての税関小屋の前にいるロバ(写真:ロイター/アフロ)

英国の正式名称は、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」である。

しかし、英国が欧州連合(EU)から離脱することで、北アイルランドがアイルランドに統合されて、英国領ではなくなる時代が来るのかもしれない。すぐに来るとは思わないが。

いま、アイルランド国境のバックストップ(防御策・安全策)の問題で、英国 VS アイルランド+EU26カ国の状態になっている。

そもそもバックストップが問題になるのは、アイルランドと英領北アイルランドの間に人や物の厳しい国境管理が復活したら、また昔のように標的になって、テロが頻発する戦争状態に戻ってしまう可能性が高いから、と言われている。

事実である。でも、それだけだろうか。

様々に矛盾する態度

そんなにバックストップが重要なら、バックストップがないままの英国離脱に、アイルランドもEUも「仕方がない」と考えている様子があるのはどうしてか。

英国もアイルランドも、たとえ英国が合意なき離脱をしても、厳しい国境管理を復活させないようにと話し合いをしているという。それなら、なぜそんなにバックストップ問題は欧州レベルで大騒ぎになるのか。

今のままだと「EUの抜け道」になってしまうという心配なのだろうか。抜け道といっても、両方とも島なのに?? 大陸ならば一つ抜け道があると、EU24カ国に陸続きで広がってしまう(28カ国中、英国・アイルランド・キプロス・マルタが島)。でも両方とも島なので、それほどでもなく影響は限定的なのでは。

それに、検問や検査は現状のように全面的に廃止はできないにしても、「厳しい国境か、それほどでもないか」の印象は、テクノロジーで緩和できるのではないだろうか。

日本人に陸続きの国境はわかりにくいが、例を考えてみる。高速道路で、長々と並んで、係員に免許証やチケットを渡して確認が必要で、手渡しでお金を払うシステムと、全部事前登録でデジタル化されていて、ピッと反応すればさっと通れるシステムの違いを想像してみて頂きたい。印象や気分はかなり違う。

それなのになぜ、バックストップ問題はこれほどこじれているのか。

「合意なき離脱も仕方がない」と考えているEU側の硬い態度には、状況理解のための大きなヒントがある。

表立っていなくても、深刻な問題は、北アイルランドが英国領ではなくなりアイルランドに統一されることのはずなのに。領土問題になっているのに。イギリスの強硬離脱派は、愛国派のくせに、こんな大事なことを問題化して大声で訴えないのだろうか。

住人が望めばアイルランド島は統一

2017年4月のことだ。英国をのぞく27のEU加盟国の首脳が集まる欧州理事会が、ブレグジット問題のために招集された。

ブレグジットのガイドラインを承認するかを決めるために集まったのだが、ものの1分で可決され、拍手で終わったという。その中に、ある重要な項目が入っていたのだ。

それは、もし北アイルランドの住人がアイルランド島の統一を望んだ場合、統一されたアイルランドの領土は自動的にEUになるというものだ。

「全員一致で可決された」と報告されているが、おそらく可決には全員一致が必要だったのだと思われる(何が多数決で何が要全員一致なのかはよくわからないが、こういう重要事項は全員一致が必要なことが多い。1票でもNOが入ると否決されるので、大国と小国は関係ない)。

アイリッシュ・タイムズは「メルケル首相は、こんなに全員が目的のために一致したのは見たことがないと言った」と伝えている。ル・モンドも同じように「27加盟国が驚くべき団結を示した」と言っている。

当時のアイルランド首相は、エンダ・ケニー。所属は中道右派のフィナ・ゲール(統一アイルランド)党である。2011年から2017年6月までという長い期間首相を務め、求心力が低下したので、後任を同党のレオ・バラッカー現首相に引き継ぎ退任した。

彼は「ガイドラインは、アイルランドの懸念を完全に反映している」と言い、結果に満足していた。ただ、このことはアイルランド統一を支持するというよりも、あくまで停戦協定である「聖金曜日合意(ベルファスト合意)」を決して損なうことがないようにするためであると強調してはいた。

ケニー首相は、どのようにEU加盟国の首脳たちを説得したのだろうか。

東ドイツの記憶

彼が訴えたのは「東ドイツのように」であった。東ドイツは1990年東西ドイツの統合のあと、ドイツとして加盟を果たした。この先例を用いて、「北アイルランドと東ドイツは同じ」と説得したのだった。

当時、東ドイツは誰もが歓迎して加盟できたわけではない。ドイツの統合で力が強大になるのを恐れた要人は、西側に少なからずいた。英国のサッチャー首相はその一人で「私はドイツが好きなので、二つあるのを見ていたい」などと言っていたのだ。

これに反対意見を唱えたのは、当時、欧州経済共同体(EEC。EUの前身)の議長国だったアイルランドのチャールズ・ホーヒー首相だった。3期の合計で約8年首相を務めた人物で、共和党出身(フィアナ・フォイル)の議員である。

ホーヒー首相は、1989年アイルランド議会においてこう述べた。ドイツとアイルランドがまったく同じ帰結だというわけではないが、分裂した国家に生きる市民として「統一を達成したいと願う人々の努力に、根本的に共感を覚える」と。そして東ドイツの加盟を擁護したのだった。

それから28年後。ケニー首相は、かつて自国のホーヒー首相が東西ドイツ統合と欧州統合に貢献したことを引き合いに出して、「住人が望めば、北アイルランドは統一されて、EUの一員になる」ことを加盟国に了承させたのだった。

「住人が望めば」とはどういうことか。国民投票をするつもりかと取り沙汰されたが、ケニー首相は慎重な態度で、ベルファスト合意が守られることが大事なのだと繰り返し、「国民投票の条件などは、今のところ存在しない」と言っていた。

今はケニー首相と同じ党のバラッカー議員が首相を務めている。彼も、ケニー氏の慎重な態度を踏襲している。

しかし、このような背景があるのだから、現在ロンドンやベルファストで「バラッカー現首相は、北アイルランドを英国から奪うつもりである」と非難する人たちがいるのは、根拠がないわけではないのだ。

参考記事:英国EU離脱で、北アイルランドの本当に「マズい」状況。鍵を握るアイルランド首相はどういう人物か

なぜEU加盟国は了承したのか

東欧のリーダーにとって、ケニー首相の言い分は、身につまされるものだったのではないか(例えば、メルケル首相は東ドイツの出身である)。東ドイツ=東欧のように。

北アイルランドでは、2016年のEU離脱を問う国民投票で、55,8%の人がEU残留を希望したのだ(ただし別の調査では、約半分が英国にも残りたいと希望しているが)。

東欧の国の人は、東と西に分断されていた欧州で、やっと望んでいたEU加盟が果たされた時のことを思い出したのかもしれない。ベルリンの壁が崩壊し、東ヨーロッパをEUに参加させるか否かは大議論だった。あまりにも異なる経済力、政治・社会システムで、混乱が起こるのは目に見えていたし、西ヨーロッパにとっては重荷を背負うことになるからだ(いまだに西欧では「EUも西欧だけならいいんだけど」という声は根強くあるくらいだ)。

それでも、東欧の国々は参加を許された。彼らは望んでいた地位を得て、宿願を叶えることができたのだ。経済やカネが問題なら、加盟できることはなかっただろう。「一つの欧州」という理念のためだったのだ。

住人がEU残留を希望しているというのに、北アイルランドを道連れにしてEUを脱退しようとする英国は悪役なのだ。

あれほど「離脱ドミノ」などと言われていたのに、そんなことは一切起きなかった。起こったことは全く逆で、ハンガリーやポーランドのようにEUに批判的な国ですら、英国の離脱という危機を前に、EUで一致団結したのだ。

西欧の国にとってはどうか。

カタルーニャのように、ある地域が自分の国から独立したいという話ではなく、自分の国に「戻ってきたい」という話だったので、抵抗が少なかったのかもしれない。

それでも英国が自分の立場を主張できれば、「自分の国から勝手に独立しようとしている地域がある」と、逆の立場から加盟国を説得できたのかもしれない。以前、スコットランド独立問題で、英国がカタルーニャ独立問題で悩むスペインを説得して、仲間に引き入れようとしたように。両者ほどではないせよ、独立に傾きそうな地域をもっている国は、欧州には他にもある。珍しい話ではない。

でも離脱を決めたイギリス人は、27加盟国の首脳や大臣、担当者が始終顔を突き合わせて話し合いをしている現場には、もはや存在しないのだった。

スコットランドの教訓

ケニー首相がこのような案を了承させたのは、他にも理由がある。

2014年、スコットランド独立問題で、スコットランドが独立したらEUに加盟できるのかどうかでもめていた。

EU側は「新しい独立国として、一から加盟手続きをしてもらう」という方針だったのに対し、スコットランドは「独立するだけです。EUを脱退なんてしてません。そのまま居続けるんです」と主張していた。

決まりなんて存在しない。「一つの加盟国の一部が独立した場合どうなるか」などという規定は、いまEUを運営しているリスボン条約に書いていない。こんなことが起こるなんて、誰も想像しなかったのだ。だからモメた。今回の北アイルランドも同じだ。「一つの加盟国がEUを離脱して、一部地域がEUに残りたがる」などという事態は、誰も想像していなかったので、条約に書いてない。またモメるのは必至である。

スコットランド&カタルーニャの参考記事:カタルーニャが独立したらEU(欧州連合)に残れるのか 議論を予測してみる

結局スコットランドでは、住民投票で独立が否決されたので、問題は消えた。でも、このような問題が後に起こったら困る、先手を打っておこうという意図も、アイルランド側にはあったのだろう。

それにしても、こういう議論が起きたことも口実(?)に使って、アイルランド統一に有利なほうにもっていく。ケニー首相といい、後継のバラッカー現首相といい、この国は外交のセンスがある優秀な首相が多いようだ。

シェンゲン協定が変える未来

しかし、これだけではまだ説明が足りない。

北アイルランドの住人は何を考えているのか、EUの要人たちは今なぜ怒っているのか。

そして、人の自由に関する規定がEU大陸国と英・アイルランドで異なることや、国籍条項の件が、アイルランド統一問題には重要な要素になるだろう。

今後、英国とEUの取り決めがどのようになるかはまだわからないが、英国が離脱するのは(今のところ)確かなのだ。もし遠くない将来アイルランドがシェンゲン協定に加盟したら、英領北アイルランドにとって大きな分岐点となるだろう。

長くなるので、稿をあらためたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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