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メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢。イギリスEU離脱ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
3月8日、命運を分ける投票を前に、港町グリムズビーで演説するメイ首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「EUを去ることはないかもしれない」?

メイ首相は、再び国民投票を行うために延期申請をするのだろうか。

3月8日にメイ首相は、イングランドの北東にある港町グリムズビーを訪れて、演説を行った。

来週3月12日からは、下院で国の命運を分ける採決が行われる。その前にメイ首相が今考えていることを、倉庫のような場所で30分近く話したのであった。

ここで首相はこう言ったのだ。

「私達は欧州連合(EU)を去ることは決してないかもしれない」と。

イギリスのメディアは、ネットを見た範囲では、この発言に関して「注目した所もある」程度で、大きく取り上げてはいない。

しかし、大陸側では違うようだ。少なくともフランスのメディアは、主に「こんなことを発言した」という形で、こぞって取り上げている。

どこで「離脱なし」が可能?

では首相は、演説で具体的に何を話したのか。

「来週、ウェストミンスターの議員たちは、決定的な選択に直面します。ブレグジット合意を支持するか、拒絶するかです。支持するなら、英国は欧州連合(EU)を去るでしょう。拒絶すれば、何が起こるのか、誰にもわかりません」

「私達は何ヶ月にもわたってEUを去ることができないかもしれませんし、合意が提供する保護なしで去るかもしれません。私達は去ることは決してないかもしれません

しかし、3月12日以降の投票の、どの道筋になっても「離脱そのものがない」ことはありえないのだ。ということは、何か特別な政治的決断を胸に秘めているのだろうか。

だからこそ、この一文に、敏感に反応したメディアがあったのだと思う。

交渉は今の所極めて不調

バルニエ交渉官は8日、5本のツイッターを発信した。

それによると、イギリスは自国の決定のみで関税同盟から離脱できるオプションを、EUは提供できるという。

以前は、EUとの合意が必要だと主張していたので、確かに変わった。

ところがこれには「厳しい国境管理を避けるために、他のバックストップの要素は維持されなければならない」とある。

これは一体どういう意味なのか。報道によると「北アイルランドは除外」ということのようなのだ。つまり、自由に関税同盟を出ていいのは、英国のブリテン島本島のみということだ。

バークレー英離脱相は、ツイッターで「非常に深刻な期限が迫っている今、古い議論を再開する時ではない」と反発している。というのも、この話は以前にもEU側の首脳たちから出た話だからだ。

北アイルランドの政党で、いま保守党と協力している民主統一党のナイジェル・ドッズ議員は、バルニエ氏の提案は「現実的でも賢明でもない」「この提案は、英国の憲法上および経済上の整合性を尊重していない」と反発した。そして議論において「1年前に戻る」ことを遺憾に思うと述べた。彼は、ブリュッセルの強硬姿勢が弱まれば、合意に達することは可能であるという姿勢だったのだが。

参照記事:アイルランドは統一され、英国は北アイルランドを失うのか:なぜ英国 VS アイルランド+EU26カ国か

一方で、イギリスのコックス法務長官は、仮に離脱後にバックストップが実施された場合、バックストップの終了を判断する権限を仲裁委員会に与えるべきだと提案した。

英政府とEUの間の離脱協定は、裁判官と弁護士で構成される仲裁委員会の設置を定めている。この委員会は、ブレグジット後にイギリスとEUの間で予想される離脱協定に関する紛争を、仲裁するための機関だという。そして、この機関は、欧州司法裁判所への付託義務を負わないものだ。すべての主権を取り戻したがっている断固離脱派は、欧州司法裁判所を嫌っている。

しかしEU側は、仲裁委にそこまでの権限を与えることできないとして受け入れなかった。アイルランド国境の将来など、そのような重大な決定をするための機関ではないという主張である。

目下、EUがイギリスに対して、受け入れられる別の案をもってくるように要求しているという。

フランスのBFMTVは「両方とも耳が聞こえない対話」と表現している。

交渉が行われているブリュッセルには、27加盟国のEU担当大臣も来ている。

内閣総辞職?

今のところ、とてもではないが3月12日までに英国とEUが共に納得できる合意ができそうな感じは全くしない。

ますます「合意案には反対、でも合意がない離脱は嫌だ」+「延期申請」が可決されそうだ。

前の記事で、もしこうなった場合「EU27加盟国の中には、延期申請を拒否する国が出てくるのではないか」と書いた。

参照記事:ブレグジット(イギリスのEU離脱):3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。

しかし、ここ数日の報道を見ていると、「もしかしたら27カ国一致団結で、延期申請を拒否するのだろうか??」という感じすらしてきた。

ただ筆者は「EU側の延期申請の拒否」→(合意なき離脱?)→「英国で2度目の国民投票」という道筋を予測していたのだが、もしかしたらメイ首相は、EU側の延期申請拒否を待たずに、延期申請と同時に、再度の国民投票を宣言する可能性があるのでは、と思えてきた。

でも、それでは大義が成り立たないと思うのだ。国民投票の結果は重い。そう簡単に翻せない。だから下院で何度も採決をした結果、EU側に離脱延期を拒否されて、合意なき離脱にすらなり、国が大混乱して世論も変わるから「再度、国民投票をして国民に聞く」という大義が成り立つ、と見たのだ。

となると・・・筆者の頭では方法は一つしか思いつかない。内閣総辞職と総選挙である。「合意のある離脱を目指してきたのに、実現できなかった」というのは、総辞職の理由としては十分ではないだろうか(ただしその前に内閣不信任決議か、3分の2以上の多数で解散を決議する必要であるが、可能だろう)。そして再度の国民投票をかけて、総選挙である。この理由なら、EU側も延期を受理できるだろう。

ただ、離脱問題は、党の単位では測れないものだ。保守党の中にも賛成と反対が、労働党の中にも賛成と反対がいる。労働党は再度の国民投票を訴えているが、保守党の中にもそれに賛成の人もいる。これでは選挙の争点にならない。となると、まさか総選挙と再度の国民投票の、ダブル投票だろうか。

これをやれば「離脱賛成」「離脱反対」で完全にまとまっている小中政党は別として、大政党である保守党と労働党に関しては、「党ではなく、自分の選挙区で立候補している議員が何を主張しているか」で国民は投票する。ある意味、政党政治の強烈なアンチテーゼではあるが・・・。でも民主主義の根本は「党」ではなく「人」を選ぶはずだ。原点に帰ると言えるのではないだろうか。そして、意見が統一されている小中政党が候補者をたくさん立てられれば、思わぬ大躍進を招くこともありうる。イギリスの政治シーンが劇的に変化する可能性もある。

これは、EU側がイギリスの延期申請を拒否した後でも、成り立つ道筋だ。どのみち、この事情なら、EU側は離脱延期を受理するに違いない。

まだ下院の採決結果すら出ていないのに飛躍しすぎかもしれないが、どうも目が離せない。

メイ首相の演説の詳細

最後に、前述のメイ首相の港町グリムズビーにおける演説の詳細を報告する。

今の緊張した状況の中、バランスを崩すことは決してないが、それでもメイ首相の心情が感じられるもので、心を打った。

演説そのものは30分近い十分な長さのものだった。中では、再国民投票を主張している労働党のコービン党首を批判している。

「コービン氏が解決策を見つけることには本当に興味がないことが、私には明らかになりました。私達は1月30日に、私達の国が進むべき道を議論するために集まったのですが、私は彼に議論を続けるためにさらに会議を行いましょうと繰り返し申し出ました。でも彼が申し出たのは、5週間の間でたったの1時間でした」

「もし(再国民投票という)道を行くのなら、それは政治的失敗です。EU離脱に投票した1700万人以上の人々を失望させ、民主主義への信頼に大きなダメージを与えるでしょう」

さらに

「私は、イギリスにとって良い合意と共に、私達をEUから連れ出す準備ができていますし、ここグリムスビー、そして英国中の有権者の決定を実行する準備ができています」

「そして、私たちの国のために、新しい章を成功させる準備ができています。でも、私がそれをすることができるのは、議会が火曜日に合意を支持した場合のみです」。

「私は支持を必要としています。私のように、EUに残ることに投票したけれど、離脱という結果を尊重し、合意がないよりも良い合意があって離脱したほうがいいと信じる人たちの支持が必要なのです。そして私は、EU離脱に投票したけれど、私達の国を共に取り戻すためであれば、妥協が必要だと受け入れる人たちの支持が必要です。

両サイドに、EUと交渉した合意を支持する用意ができていない人たちがいるかもしれません。EUからの離脱をまったく受け入れられないという人もいれば、断固離脱のビジョンを持っていて、いかなる妥協も受け入れることができないという人もいます。

私は彼らが誠実に考えていることを疑いません。でも、彼らには心底、同意できません。皮肉なことに、両サイドとも望んでいる結果はまったく逆なのに、同じ道を投票していることに気づくでしょう。私は彼らが少数派になることを願っています」

そして最後に「やり遂げましょう」と言って終わっている。

なぜ小さな港町で演説したか

なぜこの人口約9万人以下の小さな港町グリムズビーで、演説を行ったのか。とても気になったので調べてみた。

GrimsbyLiveのホームページより
GrimsbyLiveのホームページより

メイ首相は演説の中でこう述べている。

「国民投票が決定されたのは、ここグリムズビーのような場所でした。そして今何が重要で問題になっているのかが最も明確にわかります。ここ北東リンカンシャーの人々は、2016年の国民投票の際、7対3の比率で離脱に投票しました」(注:北東リンカンシャーの中心がグリムズビー)

さらに、ここは「タウン・ディール」(町の合意)というものを行った最初の町だと言って、メイ首相は讃えている。

「タウン・ディール」とは何なのか、調べてみた。町のリーダーたちが、個人投資家による資金を用いて、町への投資と雇用創出に取り組んだことを指すのだという。

大きい行政単位である、ヨークシャーとリンカンシャーの両方の権限者と理想的にはフィットできなかった(おそらくこの行政区域が補助金や予算を担い、経済・雇用政策を担当しているのだろう)。そこで北東リンカンシャーは、より広範な領域で権限委譲が行われるようにするという、先駆的なもう一つの道を切り開いた。6000万ポンド(約87億円)ものディール(合意)だそうだ。

Grimsby Town Dealの署名の記念写真。GrimsbyLiveより
Grimsby Town Dealの署名の記念写真。GrimsbyLiveより

こういうのは、コミュニティ意識が強くて独立性があり、経済や金融に通じているイギリスらしい、とても面白い話だなと思う。フランスとは正反対だ。このスピリットが、英国の昔の栄光を築き上げたのだと思う。

日本と似ている。国内で適度な争いや反発があって大いなる競争があるが、国としては団結しているのだ。だから日本も大発展できたのだと、筆者は思っている。両国は島国であるという地政学、王室・皇室というシンボルがあるという点でも似ている。

メイ首相は、独自の道を切り開いたグリムズビーの町とリーダー達に、巨大な権力であるEUと折り合いがつかなくなったイギリスの行く末をなぞらえたのではないだろうか。「私たちイギリス人は原点に戻るのだ」という思いで。国の命運を分ける採決の前の、最後の演説。メイ首相は素晴らしい場所の選択をしたと、感嘆した。

メイ首相の演説テキスト全文は、以下のページで読めます(英語)。一番下にビデオもあります。バランスを決して欠いてはいないのに、メイ首相の国を思う気持ちが伝わってきます。一読の価値はあると思います。

Full text of Theresa May’s speech on Brexit in Grimsby

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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