「拘置所」の住み心地はいかに 監獄ホテル@オランダ
日本の刑務所の居住環境が、このところフランスでかなり話題になっていた。
塀の中のことは母国のことでもなかなか窺い知れないもの。ましてそれが外国ともなれば、別世界を垣間見た驚きに満ちている。
デリケートなそちらの話は脇において、今回はオランダの高級「拘置所」をご紹介したいと思う。
昨年12月、オランダ政府観光局、 KLMオランダ航空からご招待を受けたプレスツアーでは、すでにご紹介した各地のクリスマスマーケットに加えて「リノベ建築」がテーマだった。歴史建築を現代のニーズに合わせ、まったく別の用途の建物としてリノベーションした例にいくつか案内していただいたが、そのうちの一つが「監獄ホテル」。オランダ南部、ドイツと国境を接するルールモントという町にある四つ星ホテルだ。
駅から目指すホテルまでは歩いて10分もしない距離。市内のとても便利な所に位置している。
その名は「HET ARRESTHUIS(ヘット・アレストハウス)」。ズバリ「拘置所」という意味の命名で、建物の歴史に由来したものだ。
とはいえ、大聖堂広場からすぐの外観は「拘置所」のイメージからは少しかけ離れている。いかにもオランダらしい煉瓦造り、深いグレーの色合いに窓枠の白がきいていて、しゃれたヨーロッパの邸宅そのものだ。中に入るとロビーの高い天井から吊るされた真っ白なシャンデリアが目を引く。
だが、左右を振り仰ぐと、なるほどここはかつての拘置所であることが一目瞭然。吹き抜け空間を取り囲むように、独房の扉がずらりと並んでいる。
そもそもこの建物は19世紀の半ばに建てられたもので、軽犯罪者や公判を待つ囚人たちが収容されていたという。それにしてもどうして拘置所がこんな町の真ん中の良い場所にあるの? と疑問に思うが、歴史を紐解けば、昔はお城の中に監獄があったし、教会が司法権を担っていた時代もあることを考えれば、この好立地は不思議なことではない。
ちなみに、かつての囚人たちの居住環境はそれほど過酷なものではなかったそうで、軽食を買ったり、ビールを飲んだりすることも認められていたという。
21世紀に入り、新しい刑務所が別の場所に新設されると、建物の“住人”たちは引っ越して空き家になった。そして数年間は、体の中に麻薬を隠す密輸人たちに対処する施設として使われたこともあったそうだが、2009年からデザインホテルとしての大改装が始まり、2011年4月にオープンしている。
さて、鉄の階段を登って上階へ進もう。いかにも監獄らしい扉を開けて客室へ入る気分は、普通のホテルではちょっと体験できない、なんとも妙な感じだ。そしてまず目に飛び込んでくるのは、巨大なポートレイト写真。実はこれ、アメリカの監獄で撮影された“本物”の囚人の写真だそうで、部屋ごとに異なる御面相が迎えてくれる。スタンダードルームの間取りはリビング、ベッドルーム、浴室と横一線につながる配置で、いまでも鉄柵がはまった状態の窓の数から3つの独房を合わせたものだと推察できる。入り口の扉以外の2つは内側からはすっかりふさがれ、壁面を使った収納スペースに充てられ、限られた空間をうまい具合に生かしてある。
いっぽうスイートルームは、かつての看守の部屋だったもので、ここのアート写真は囚人の顔ではなく、鍵や制帽が被写体。間取りも天井の高さも、さすがに囚人のそれとは違うスケールになっている。
このホテルの醍醐味は、かつての囚人の部屋に泊ってこそ満喫できると思うが、地元の人にはレストランがなかなか人気のようで、平日でもほぼ満席の賑わいだ。デザインホテルらしいしゃれたインテリアに囲まれながら味わうのはオランダの旬のガストロノミー。人気店ならではの活気もまた心地よい旅の刺激だ。
ところで、ルールモントにはこのホテル以外にも魅力的な吸引力がある。それはショッピング。およそ180のブランドが入った巨大なデザイナー・アウトレットがあり、周辺の住人だけでなく、近隣の国々からも訪れる人が少なくない。特筆すべきはその立地。アウトレットマーケットというと郊外か、町からかなり離れた、車でないとアクセスが難しいところにあるのが多いが、ここは今回のホテルからも駅からも徒歩圏。町歩きの延長でアウトレットショッピングが楽しめるのがいい。
そうして知らずのうちにかなりの時間歩き回った後ならなおのこと、「監獄ホテル」のベッドがしごく快適に深い眠りに誘ってくれるのだった。
(次回もオランダのリノベ建築。「水道塔ホテル」をご紹介します)