ほっこりオランダのクリスマス旅 Gouda【ゴーダのキャンドルライト】
ジレジョーヌ、ブレグジット、移民問題と難題渦巻くヨーロッパ。センセーショナルな報道の印象からは、さぞかし不穏な空気が漂っているように想像されるかもしれませんが、巷には存外いつもと変わらないクリスマスムードがあふれています。
そこで数回にわたり、ただいま現在の心温まるヨーロッパの風景をお届けします。
まずご紹介するのはオランダのクリスマス。オランダ政府観光局、 KLMオランダ航空からご招待を受けたプレスツアーに参加して、各地でたくさんの笑顔に出会いました。
パリからの旅は地続き。国際高速列車のタリスで2時間半ほどでオランダに入ります。日本からの方々は東京、大阪から毎日就航しているKLMオランダ航空の直行便でアムステルダムのスキポール空港に降り立ち、そこからすぐに列車の旅。今回のツアーでは、オランダに限らず欧州各地を巡るのにとても便利なユーレイルパスを駆使しました。
ひとつめの町はハウダ(Gouda)。というより、私たち日本人にはゴーダという発音の方が馴染みぶかい町。そう、ゴーダチーズで有名なゴーダです。
人口78000人、オランダの都市としては中規模の町だそうで、14世紀以来の水路がめぐる旧市街を歩けば、そのまま童話の挿絵になりそうな風景にあちらこちらで遭遇します。訪れた日はちょうどクリスマスイベントのクライマックス、ツリーの点灯式が行われる日で、町は昼間から祝祭ムード。人気のお店、広場や小路ですれ違う人はみな一様に表情が晴れやかです。
この日のスター、クリスマスツリーは、毎年ノルウェーの姉妹都市コングスベルグから贈られるもので、船で運ばれてきて町の中心マルクト広場に立てられます。そして向かい合う市庁舎の窓には、ゴーダの名産品であるロウソク1500本が灯されます。そもそもイベントの起こりは1956年。ゴーダのロウソク工場が創業100周年を記念して市庁舎の窓に飾るロウソクを寄贈して以来毎年受け継がれてきています。
夜7時から行われる点灯式の前に、ちょっと腹ごしらえと向かった先は聖ヤン教会。オランダで最長の奥行き123メートルという広いこの教会がウィンターフェアの会場になっていて、中へ入ると、クリスマスマーケットが並び、コンサートの歌声が聞こえます。そして食欲をそそるいい匂い…。すっかり冷え切った体に染み渡るオランダの冬の名物エルテンスープ、色とりどりのサラダにグリルにスイーツまでよりどりみどりの充実ぶりです。しかもそれらはいずれも商業目的というより、地元の人たちが自慢の品を持ち寄ったという印象で、ヒューマンな温かさが感じられます。
6時半、教会からふたたび外へ出ると、あたりはすっかり夜。家々に、そして市庁舎の窓に灯された明かりが浮かび上がり、闇と同化したツリーの点灯を待つばかり。マルクト広場の人垣がどんどん厚みを増してゆきます。ツリーの足元にはステージが設営されていて、ミュージシャンたちは準備万端。スポットライトを浴びてまず現れたのは、ゴーダ出身の女性オペラ歌手でした。朗々と張りのある美声が天上へ駆け上るように響き渡ります。続いての登壇は思い思いの赤いコスチュームに身を包んだ子供達。天使のような透き通る歌声と愛らしさで人々を魅了します。そして何と言っても心に沁みたのは、広場に集った人たちみんなが無伴奏で合唱する賛美歌。異邦人にとって歌詞の意味は不明でも、市民一人一人の心のこもった歌声の輪にすっぽりと包まれ、守られているようで、敬虔な気持ちを呼び覚ましてくれます。
そして19時43分、秒読みが始まり、1万個の電球に彩られたツリーが光り輝くと大歓声。この時の体感温度は間違いなく氷点下だったはずですが、しばしその寒さを忘れ、集った人皆がツリーのてっぺんの星を見上げました。
ちなみに、チーズ、ロウソクと並んで町が誇る名産品がクレーパイプ。白粘土を素焼きして作るパイプの生産が最盛期に達したのは18世紀半ばのことだそうですが、近年、長崎・出島のオランダ商館跡からこのクレーパイプが多数出土しているのだとか。
江戸時代、西洋に唯一開かれた窓がオランダ。しかもこの地ゴーダで作られたに違いないパイプがはるばる海を越えて日本にやって来て、現代まで長く眠っていた…。そんな逸話に触れれば、初めて訪れる町がなにかとても慕わしい場所に思えてきます。