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『海に眠るダイヤモンド』が廃墟「軍艦島」を生き生きと復活させた深淵な理由

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:2023 TIFF/アフロ)

圧倒される「端島」復活のシーン

日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』の第一話では、「端島」が復活するシーンに圧倒された。

ドラマは2018年から始まる。

謎の女性(宮本信子)がホスト(神木隆之介)を連れて、「端島」を見に行く。

船が端島に近づき、廃墟が見えてきたところで、画面が変わり1955年になる。

端島に近づく船には、神木隆之介がもう一役の鉄平となり、彼は「帰ったぞー、端島っ!」と叫ぶ。

日曜劇場の本領を発揮した1955年風景

1955年の活気溢れる端島が浮かび上がる。

廃墟ではない端島だ。

狭い島に4000人以上が住んでいた時代の風景である。

映像の魔法だ。

さすが日曜劇場、人を驚かせようという目論見のために手間暇をかけて映像を作り上げていく。

見ている者を70年前の世界が沸き立っている現場へと引きずり込む。

圧倒的であった。

日曜劇場の「本気の映像」がまた見られる。

これだけでこのドラマは見ていく価値がある。

わくわくする。

端島という不思議な空間

あらためて端島(軍艦島)は不思議な空間だとおもう。

ドラマの舞台1955年には街はとても元気である。

でも、これから19年経った1974年、街が消え去る。

炭坑が閉鎖となり、島からすべての住人が退去した。

閉鎖のときまだかなり人がいたのだが(2000人以上残っていたと言われる)、期日が決められ全員が退去、無人島となった。

どんどん寂れていく炭坑

炭坑は、いっとき「国を支える基幹産業」であったのに、昭和の中期にどんどんと閉鎖されていった。

ドラマの舞台である1950年代にはまだ元気があったが、1960年代には斜陽産業の代表となった。

「スクラップ&ビルド政策をどうおもいますか」

『海に眠るダイヤモンド』第1話でのシーン。

端島の飲食店(職員クラブ)でリナ(池田エライザ)が、体を触ってくるゲスな社長(坪倉由幸)に水をぶっかける直前、端島の経営者の一人(沢村一樹)が彼に投げかけていた質問は「スクラップ&ビルド政策をどうおもいますか」であった。

坪倉演じる社長はその質問を無視して、「君、来なさい」と女(リナ)を側に座らせる。

質問を無視したということは、つまり、石炭業界には未来はないでしょう、と示しているようでもあった。

採算の悪い炭坑を切り捨てていく

「スクラップ&ビルド政策」とは、採算の悪い炭坑を潰していくという荒っぽい方針である。

戦争によって基幹産業を大きく潰された日本国は、復旧を急いだ。

まず石炭採掘によってエネルギー基幹をまかなおうと石炭産業に人を動員した。

終戦から朝鮮動乱にかけて石炭業界は活況を呈した。

国を挙げて人力を注入したのだ。

しかしその方針は、戦後ほぼ10年で転換される。

石炭産業は、見捨てられるのだ。

炭坑閉山ニュースに漂っていた「明るい気配」

1960年代には、炭坑閉山のニュースをよく見かけた。

そして、そこには、これまでの古い産業が終わり、これからの新しい産業に移行していくのだ、という不思議な期待がどこかにあったようにおもう。

元気のいい時代というのは、そういう容赦なさがある。

新しいものへの信頼と信仰は強いが、古いものには興味を抱かない。

それを人は勝手に「元気」と呼ぶ。

人を無駄に動かす政策

まあ、いろいろ大変だったのはわかるのだが、この時期のエネルギー政策を見ていると、あまりにもいきあたりばったり加減にちょっと茫然とする。

方策は間違ってないにしても(これしかやりようがなかったというのはわかるが)、現場の人間のことをあまりに考えていない。

将軍が、あっちが主戦場だとおもったが違ったようなので、こっちに主力を移せと、兵隊を動かしている膨大で無駄な戦線をおもいうかべてしまう。

そしてそれに黙って従う人も多かった。

荒っぽい時代だ。

それでいて、現場には活気があった、というところが大事なのだろう。

「戦争を生き延びたとよ、そう簡単には死ねんさ」

リナが暴力的な場所から逃げてきたのではないかと見てとったお店のママ(映美くらら)が言うセリフには

「あんたに何があって、どこから逃げてきたのか知らんけどさ、わたしたち、あの戦争を生き延びたとよ、そう簡単には死ねんさ」

であった。

これがこの1955年のこの空間のリアルなのだろう。

ちなみにリナ(池田エライザ)はこのときヅカガールじゃないか(つまり宝塚歌劇団出身ではないか)と噂になっていたが、その彼女を引き受けたのは本物の元ヅカガール映美くららだったというのは、狙ったところだったのだろう。

軍艦島の劇的な閉鎖

石炭産業はまもなく見放され、多くの炭坑が閉鎖される。

炭坑の閉山により集落そのものが消滅した例は、軍艦島(端島)だけではなく、北海道の釧路や留萌にもある。

ただ軍艦島の「数千人の人の生活が期日が決まって消失する」というのはやはり劇的な風景だったとおもわれる。

喪失の物語がもたらす無駄と有用

『海に眠るダイヤモンド』は喪失の物語のようだ。

隆盛を極めた世界が、やがてきれいに消えてなくなるさまを壮大な映像で見せてくれるのだろう。生き生きとした世界が描かれ、そしてそれは深い闇を伴っている。

なくなった世界を丁寧に再現して、再びそれをスクラップにしていくというのは、ある意味、凄まじいまでの無駄である。

無駄を映し出した映像は、人を強く巻き込んでいく。

なくなったものをリアルに再現し、潰すことによって、見てる者はそれぞれの心のなかで何かを組み立てていく。

無駄が有用を引き起こす。

最後まで目が離せないドラマが始まった。

それにしても杉咲花は昭和の女性にしか見えないところがすごい。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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