【コラム】6月”南北ビラ合戦”の舞台は、あのドラマにも登場の「非武装地帯」。天候が大きなポイントに!
風に乗って、南北国境を越えるのかどうか――。
まるで流行りの韓流ドラマ”愛の不時着”のような話が、現実世界での6月の朝鮮半島事情を揺るがせた。
「体制批判のビラ」
これを韓国・北朝鮮双方が国境近くから、ガス入りの風船ととも飛ばし、相手領土に届かせるという話だ。
古典的な対北宣伝活動だ。韓国では2000年代を最後に公的機関がこれを行うことを中止した。南北双方が取り決めを行ったのだ。しかし近年は韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けて撒いてきた。その際には、メッセージだけではなく歯磨き粉、下着、風邪薬、文房具、おにぎり、ラジオなど「ひとパック6万2000ウォン(約6200円)」の袋が打ち上げられたりもした。北朝鮮の体制を批判する内容を添えて。
「核に狂った野郎 金正恩をぶん殴れ 人民は餓死するのに核ロケット、化学兵器、政治犯収容所とは何事だ? 金正恩世襲独裁を終わらせろ!」
13日に北朝鮮朝鮮労働党中央委員会第1副部長であり、”金正恩の妹”でもある金与正氏がこれに激怒する談話を発表。16日に国境近くの開城にある南北連絡事務所(2018年の南北首脳会談時を契機に韓国の資金で北の領土内に作られた施設)を爆破した。「3日で実行」の点が「何かこれまでとは違うかも」と韓国側を戦慄させたのだ。
【全文】韓国大統領官邸が”金与正の毒舌談話”に異例の批判。「趣旨をまったく理解せず、非常識」
そうこうしている間に、北側も21日に韓国に向け批判ビラを撒くことを発表。それも「1200万枚を印刷した」と発表したのだ。
大人気のドラマ「愛の不時着」の現場も出てくる話だ。ヒロインが迷い込んだ南北国境地帯の天候状況を読む駆け引きが、現実に行われている。この機会にぜひ、「南北国境事情」を。歴史や天候の話を中心に。
22日、23日が高気圧で風弱く。「25日にあるか」と読んだ。
じつのところ、6月末現在では北側から韓国に届いたというニュースはない。
状況を韓国メディアはこう報じてきた。
「北韓 対南ビラ いつ撒くか? 風向きだけを考えたら25日有力」(韓国日報/23日)
南北間を越えるためには最低でも700mの飛距離が必要だ。仮に北側の国境付近で最も人口の多い開城特別市から、韓国側の国境の街・坡州市に飛ばしたければ、12km~20kmほどとなる。
朝鮮半島国境近くには地理的な関係上、偏西風が吹いており、これを乗り越えなければならない。冬の間はシベリア気団の影響でそれが強くなるという。
まず乗り越えるべきは、両国間の国境周辺にある非武装地帯だ。1953年に結ばれた韓国戦争の休戦協定の際に、国境線からお互い2キロずつの緩衝帯を設けることが決められたのだ。
非武装地帯はそれぞれの領土内で有刺鉄線によって区切られ、内部は美しい自然の宝庫としても知られる。
しかし年々双方が領土を増やすために少しずつ有刺鉄線の位置を「前進」させた。その結果、2013年の時点で非武装地帯の総面積の43%が減少したという。南北の最短距離が700mという地点も生まれた。
北の気象関係者「我々も激怒しており、注意深く風を観察している」
しかし、韓国の他のメディアも予想した「25日」のビラ散布実行はなかった。
理由は「梅雨前線」。朝鮮半島にも梅雨があり、雨風が吹くと当然のごとく風船は飛ばない。このために作戦は実行されていない。「気候」はやはり大きな要素なのだ。
当然のごとく、”越えない”ビラも。
それは北朝鮮側でも認識されている。日刊の政府機関紙「民主朝鮮」は21日に「憎たらしい面にビラの集中豪雨を」というタイトルの記事を掲載した。
南側へのビラ散布と関連して、全国の大学生・青少年たちから気象水文局(気象庁)への電話での問い合わせが相次いでいるという。これに際し、同紙の記者がソン・チョルマン気象水文局副局長に会って話を聞いた内容が報じられた。
文中では北側が準備したビラは「出版局で印刷された」点も紹介された。
国境近くでの竜巻発生は2014年に一度のみ
ちなみに、南側の南北国境地帯近くで竜巻のような大きな風が巻き起こる機会はごくまれだ。
2014年6月12日、ソウルから北上した高陽市で発生し、ビニールハウスなどが散乱した。1985年以来8度めの発生で、これまでは南東の海上での発生がほとんど。ソウルの内陸部で起きたのは初めてだったという。
ただし、そこまで強い強風だと「ビラ風船飛ばし」には良い条件ではなさそうだ。
韓国側から飛ばす場合、秒速10メートルの北風だと4時間で平壌に着くという。先に書いたとおり、上空には偏西風が吹いているため理屈通りに飛ぶこととは稀だ。
それゆえ、市民団体は時に船で黄海(つまり韓国本土から西にある海)上に向かい風船を飛ばしてきたという。時に大連近くまで行くこともあったという。
過激な北の主張のなかの「ファクト」とは?
今回の「ビラ合戦」の事態に対して韓国側では「古いやり方にまた戻るのか?」という意見が出ている。韓国ではビラのことを日本語由来の「チラシ」と言ったりもするが、これは完全に古い響きだ。
KBSがかつてのビラ合戦の様子を報じた。
北朝鮮側とすれば、「最高尊厳(つまり金正恩委員長)を誹謗した」という点が激怒に達した理由だ。同じように韓国側にも文在寅大統領を誹謗するビラを準備しているが、その内容はじつのところ「なんともない」という意見を聞く。
本稿執筆に際し、SNS上の韓国の友人に意見を募ってみたが「悪口とも思わない」「CD-ROMも添付するようだけど、韓国の近頃のノートパソコンでは読み取れないから」という意見があった。南側では、どんな役職であれ、政治家は批判対象になりうるという社会体制の違いがあるのは言うまでもない。
それでも韓国側では連日関連ニュースが報じられている。また警察側の監視の目を盗み、22日の深夜に再び”風船打ち上げ”を行った脱北者団体代表の言動が物議を醸している。「監視が強いので外部の人に頼み、深夜に飛ばした」というのだ。団体は、会計の不正などで取締の対象となり、登録の取り消しも囁かれている。また「ビラ飛ばし禁止法」の制定を巡って、左右の市民団体が対立の様相を見せている。
注目度が高い理由は、北の主張のなかに韓国側も無視できないファクトがあるからだ。過激な爆破や談話の内容が目立ちやすいが、じつは怒りの原点である「南北合意に反する」という点は事実。2018年4月27日の南北首脳会談時に発表された「板門店宣言」には「軍事的緊張状態の緩和ならびに戦争の危険の実質的解消」の一項目としてこの点が明示されている。
重大な事態に繋がることはあるだろうか。気候が何かのスイッチを押すことになるのか。要注目だ。
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