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旧統一教会調査で初行使される「報告徴収・質問権」と宗教法人法改正の背後にあった「自民vs創価学会」

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
果たしてどこまで追及されるのか(写真:ロイター/アフロ)

 臨時国会で政府は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対して宗教法人法に基づく「報告徴収・質問権」を行使する方向性を示しました。仮に実施されれば初めてです。いったい何が可能で、いかなる結果が想定されるのかを概観します。

本来別段珍しくもない行政調査権の行使

 「報告徴収・質問権」とは、さまざまな法律で規定されている行政調査権の一種とみなしても大きな間違いではなさそうです。

 報告徴収権とは調査のために行政機関が資料の提出などを求める権限。消防署が火事を防ぐために必要があるとした時に関係者へ資料提出や報告を求めるといったケースです。拒否したら罰則も。

 質問権は宗教法人に法令違反などの疑いがあったら法人の代表役員、責任役員などの関係者に所轄庁が質問できるというもの。税務署の職員が納税状況などに調査に必要があるとみなしたら納税者に質問できる権限などが似通います。

 要するに別段珍しくなく「ありふれている」とさえ言っても誇張ではなさそうな行政権限の行使が「前例のない取り組み」とニュースになるのは根拠法である宗教法人法に同項目が盛り込まれたのが1996年と比較的最近というのも関係しています。

行使できる場合とは

 「報告徴収・質問権」を多くのマスコミは「オウム真理教事件を契機に盛り込まれた」と表現しています。確かに一義的には正しい。1995年3月の地下鉄サリン事件発生以前から多くの法令違反疑惑を抱えていたオウムに所轄庁(当時の決まりだと東京都)が何らかの調査をする権限を持たなかったから。

 さて、前記に「法令違反などの疑い」と簡略化した部分をもう少し具体的に記して「どんな場合に行使できる」を明らかにしておきます。

 宗教法人法は「報告徴収・質問権」を「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした」疑いがある時などに行使できるとしています。つまり政府方針が旧統一教会に、そうした疑いを抱く程度の現状があると認めているわけです。

質問は事前決定、立ち入り調査もできず刑事罰も課されない

 実は宗教法人の「報告徴収・質問権」は類似の法令(例示した消防法や税法)より相当に緩やかです。特に質問内容は文部科学大臣は諮問機関である宗教法人審議会に質問内容などの意見を「聞かなければならない」。つまり実際に質問する文化庁(文科省の外局)宗務課職員が自由に問うのではなく実質的に事前に決められた質問だけをする形式。宗教法人の同意なき立ち入り調査もできません。

 そもそも「報告徴収・質問権」を行政調査権とみなしたとしても警察のような捜査権限はないのです。

 質問を拒否したり偽りの報告をしたら罰則はあるものの「10万円以下の過料」。過料は刑事罰ではありません。交通違反の「反則金」と同類です。

緩やかな規定の背後にあった創価学会を巡る綱引き

 首都で化学兵器を用いた稀に見る凶悪犯罪を引き起こしたオウム真理教事件を契機に盛り込まれたにしてはずいぶん緩やかな規定ですよね。実は改正案を論じていた95年段階で真に標的となったのが創価学会であったというのが大いに関係しているようです。

 当時、創価学会を最大の支持母体とする公明党は国会議員が小沢一郎氏率いる新進党へ合流して与党自民党と対峙する一方、地方組織は合流しないという立ち位置。同年7月の参院選で新進党が善戦すると政府・自民党が学会に揺さぶりをかけるべく法改正を急ぎました。半分は脅しで半分は誘い水。法改正成立後、学会は「政争の具とするもので」「納得できないし極めて遺憾だ」とのコメントを発表しました。

 皮肉にも改正法施行からわずか3年後に自公連立政権が誕生し、民主党政権期を除いて今日まで続いています。たぶんに政局的な恣意が働いた改正であったのが新たに与えられた「報告徴収・質問権」すら鞘の内に止めざるを得なかった行政側の気後れの一因なのかもしれません。

あいまいな解散要件。命令を下すかどうか決めるのは裁判所

 ここからは仮定の話として「報告徴収・質問権」行使の結果、違法性が確認されたらどうなるかという流れを説明します。

 旧統一教会にとっておそらく最悪なのは政府(狭義には文化庁)が解散命令を裁判所に請求するケース。「請求しよう」と決めるのは行政府で認めるかどうかは裁判所(司法府)です。教団の過去から勘案するに「著しく公共の福祉を害する」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」が具体的に認定できるかが注目されます。

 読んでおわかりのように、この解散要件はかなりあいまいです。政府は質問権などの行使とは別に請求そのものには刑事罰が必要という認識を示してきました。というのも過去に請求された2件(オウム真理教と明覚寺)のみ。いずれも教団トップや幹部などが刑事事件で逮捕されているから。民法の不法行為などを除外するとの判断だったのです。

 確かに行政があいまいな線引きで解散請求権を振りかざすのは信教の自由の侵害となりかねません。かといって絞り込みすぎて裁判所への判断すら仰がないというのもおかしな話。しばしば根拠としてあげられるオウム真理教への解散請求を認めた最高裁決定も「刑事罰に限る」とはどこにも示していません。岸田文雄首相が国会で前日とは一転して民法の不法行為も入りうると答弁を翻したのは朝令暮改の批判こそ免れないものの妥当な判断といえましょう。

解散で税の優遇は失っても宗教活動まで制限されない

 解散命令請求を裁判所が認めて確定すれば「解散命令」が出され、旧統一教会は宗教法人格を失うものの任意団体としての活動は続けられます。剥奪による最大のデメリットは税の優遇を受けられなくなる点。言い換えると宗教活動まで制限されるわけではないから憲法が保障する「信教の自由」を直接侵害するとはいえないのです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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