Yahoo!ニュース

超難解な〈検察庁法改正法案〉の条文を分かりやすく読み解く【訂正あり】

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(c)sonoda

■はじめに

 検察官の定年延長を規定した検察庁法改正法案の審議が国会で始まっています。自民党は、今週内にも衆議院を通過させる意向ですが、この検察官の定年延長については批判的な意見が強く、ツイッターでは何百万もの国民が反対の意見を表明するという異常な事態になっています。

 他方、多くの批判的意見があるものの、定年の引き上げあるいは延長は社会一般の流れでもあり、法案について何が問題なのか分からないといった声も多く聞こえてきます。改正法案の条文がかなり複雑で難解なものになっており、一般国民も一読しただけではその内容が明確に把握できないことも議論が混乱している一因ではないかと思われます。

 そこで以下では、この改正法案の重要部分について、分かりやすく読みくだいて問題点を明らかにしたいと思います。

内閣官房:国家公務員法等の一部を改正する法律案(第201通常国会)

  1. 概要(pdf
  2. 要綱(pdf
  3. 法律案理由(pdf
  4. 新旧対照表(pdf
  5. 参照条文(pdf

■改正法案の具体的内容

 まず、検察官の組織は、検事総長をトップに、次長検事検事長検事、そして副検事から成っています。そして、とくに検事総長と次長検事、それに検事長は、内閣に任命あるいは罷(ひ)免する権限があり、天皇が認証(正当な手続きによったものだと確認すること)することとなっています。ここから、検事総長、次長検事、検事長は、一般に〈認証官〉と呼ばれて、特別な存在とされています。

 検事総長は、最高検察庁の長ですが、同時に全ての検察庁のトップであり、全職員を指揮監督しています。

 次長検事は、最高検察庁に所属し、検事総長を補佐する役目です。

 検事長は、全国に8箇所設置されている高等検察庁のトップであり、その下に全国50箇所に設置された地方検察庁と、さらにその下に設置されている区検察庁の職員を指揮監督しています。

 なお、地方検察庁の長は検事正と呼ばれ、地方検察庁とその下にある区検察庁の職員を指揮監督しています。

 検察官の定年ですが、現行検察庁法の定年に関する規定は、きわめて単純明快です。

検察庁法第22条 検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。

 そして、今回改正法案で問題になっているのは、これらの検察官の定年引き上げと定年延長です。

 具体的に改正法案の内容を見ていきます。

改正法案における定年と延長の仕組み

 まず、検察官の定年は、現行よりも2歳引き上げられて一律65歳になります(22条1項)。ただし、任命権者である内閣は、〈認証官〉に対して、国公法81条の7の規定(国家公務員の65歳定年の延長を規定した条文)の読み替え(下記参照)によって、内閣の定めによってその職のまま1年まで勤務させることができます(22条2項)。したがって、これらの職にある検察官は、66歳まで勤務することが可能になります。読み替え規定について誤解があり、この部分は誤っていました。次の文章に、お詫びして訂正します。

 まず、検察官の定年は、現行よりも2歳引き上げられて一律65歳になります(22条1項)。ただし、任命権者である内閣は、検事総長に対して、国公法81条の7の規定(国家公務員の65歳定年の延長を規定した条文)の読み替え(下記参照)によって、内閣の定めによってその職のまま1年まで勤務させることができます(22条2項)。したがって、これらの職にある検察官は、66歳まで勤務することが可能になります。そして、これは最大3年まで延長可能です(国公法81条の7第2項[の読み替え])。つまり、検事総長は最長で68歳まで勤務が可能だということになります。

 他方、法務大臣は、〈次長検事〉と〈検事長〉が63歳になったときは、翌日にその者を次長検事あるいは検事長から解き一般の検事に任命します(22条4項)。これがいわゆる〈役職定年〉です。ただし、内閣は、63歳になった〈次長検事〉〈検事長〉を、職務の遂行上の特別の事情を勘案して、公務の運営上著しい支障が生じると認めるときは、その職のまま1年まで延長させることもできます(22条5項)。つまり、63歳の役職定年が、内閣が認めるときは特別に1年の延長が可能になり、これはさらにもう1年まで(65歳まで)延長できることになりました(6項)。

 そして、この期限が来たときは、延長した〈次長検事〉〈検事長〉はその職を解かれ(65歳未満の場合は)一般の検事となるわけですが、22条の2項、つまり国公法81条の7の規定の読み替えによって定年延長された場合はこの限りではないとされ、国公法によってさらに1年の役職の延長が認められることになっています。

 ちょっとややこしいですが、図解すると次のようになるかと思います。

(c) sonoda 最初の画像は誤っていましたので差し替えました。
(c) sonoda 最初の画像は誤っていましたので差し替えました。

なお、上記とは別に〈検事正〉については、以下のような規定になっています。

  • 63歳になった検事は検事正にはなれない。(9条7項)
  • 検事正は、63歳で役職(検事正)を辞する。(9条2項)
  • 法務大臣の定める準則によって、63歳の検事正を1年まで延長することが可能(9条3項)
  • 3項で延長になった検事正をさらに1年まで延長可能 → 65歳まで検事正を続けることが可能(9条4項)
  • 3項と4項の規定によって延長した検事正は、期限の翌日に他の職を命じる。ただし、国家公務員の定年(65歳)に達した者であっても、その職のまま1年まで延長可能(国公法81条の7第1項)。なお、これは内閣の定める場合に限る。(9条5項)

■問題点

 現行の制度では、検事総長だけが65歳を定年とし、その他の検察官は例外なく63歳で検察庁を去るということになっています(だから黒川検事長の定年延長はありえないことが起こったわけです)。例外なく年齢でスパッと職を切るということは、すべての犯罪についての捜査権を持ち、公訴権を独占し、起訴するかどうかの裁量も一手に委ねられている検察官が、いかなる者や組織からも独立性を保ち、癒着が生じないようにするためであるといわれています。検察官は頻繁に全国を異動しますが、これも独立、廉潔性を保つためであるといわれています。

 定年の引き上げについては、年金支給年齢が段階的に上がることにつれて、一般社会の定年もそれに連動することが望ましく、国家公務員の定年を段階的に引き上げていこうという流れがありました。さらに、裁判官の定年が65歳であるため、検察官もこれに合わせるべきだという意見もありました。そうして準備された最初の検察庁法改正法案(本年1月17日以前)は、

「検察官は、年齢が65年に達した時に退官する。次長検事及び検事長は、年齢が63年に達したときは、年齢が63年に達した日の翌日に、検事に任命されるものとする。」

という、定年の引き上げと役職定年制を規定したきわめてシンプルなものでした。

 それがその後、東京高検黒川弘務検事長の定年延長問題が起こり、政府は、国家公務員法の規定を(脱法的に)持ち出して、強引に認めてしまったのでした(これは、63歳の定年直前であった黒川検事長を、65歳定年の検事総長にするためだといわれています)。

 この事件があってから出てきた検察庁法改正法案は、定年引き上げと役職定年制だけではなく、内閣の判断による定年延長と役職延長を認めるというものでした。そこで、この法案については、黒川検事長に対して行った脱法的な延長を、法改正といういわば後付けで正当化するものではないのか、そして、そこに内閣の強い関与を規定することによって、ときの政権に都合のよい者についてだけ定年延長と役職延長を認めることになり、検察への政治介入を強めることになるのではないのかといったようなことが懸念されるものとなっています。

■まとめ

 このようにかなり複雑な内容になっていますが、定年の延長や役職の延長について、内閣が非常に強く関与する制度が目指されているということは、客観的な評価として言えるのではないかと思います。これは上の図を見ていただければ、一目瞭然ではないでしょうか。

 今年の2月8日が誕生日で、その日に退職する予定であった黒川検事長は、定年が半年延びました。8月に検事総長になられているかどうかは分かりませんが、検察庁法改正法が成立すれば2022年4月1日が施行予定日です。つまり、そのときには黒川検事長は65歳をすぎているわけで、実は改正法の恩恵は受けられません。だから、今回の改正は、黒川問題とは一応関係はないといえます。しかし、黒川問題と改正法案には因果関係はあるでしょうし、これが成立すれば、政府が検察に今以上の強い影響力をもつことになることは否定できないと思います。(了)

【改正国公法81条の7の読み替え条文】(取消し線の箇所を太字に読み替える)

―改正国公法第81条の7―

 任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係る定年退職日が定年に達した日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該定年退職日を当該職員が定年に達した日において従事している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、第81条の5第1項から第4項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第1項又は第2項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して3年を超えることができない。検察庁法第22条第5項又は第6項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該次長検事又は検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする。

(1) 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で内閣が定める事由

(2) 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

2 任命権者は、前項の前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項各号前項第1号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、人事院の承認を得て内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が63年に達した日)の翌日から起算して3年を超えることができない。

3 前2項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、人事院規則で内閣が定める。

[参考URL]

政権介入「検察全体が萎縮」 定年延長法案、改めて反対 日弁連

郷原信郎:検察官定年延長法案が「絶対に許容できない」理由 #検察庁法改正案に抗議します

前田恒彦:ねじれの発端は「えこひいき」 検察官の定年延長、いま急いで決める必要はある?

園田寿:検事長定年延長は指揮権発動よりひどい

園田寿:検事長定年延長問題は、なぜこんなにも紛糾しているのか

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

園田寿の最近の記事