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「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」を評価する

佐藤丙午拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長
(提供:外務省/ロイター/アフロ)

○失望と嘲笑

 2023年5月19日にG7(広島)は、核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン(以下広島ビジョン)を発表した。広島ビジョンは、核軍縮を願う国際社会の期待を背景に、広島でしか、なおかつ岸田首相の議長のもとでしか成立しなかったであろう文書である。その内容の多くは、岸田首相が2022年8月のNPT運用検討会議の一般討論演説で示した「ヒロシマ・アクション・プラン」をベースにした内容であり、日本の軍備管理・軍縮・不拡散外交の結晶とも言える。

 ただ、広島ビジョンは評判が悪い。

 一つには、ロシアのウクライナ侵攻において核兵器使用の恫喝をかけ、中国が核弾頭の大幅な拡大を目指していることが報じられ、国際社会の圧力にもかかわらず、北朝鮮が核開発を進めるなど、核兵器をめぐる戦略環境が変化している中で、核兵器の軍拡が必要な時代に入ったと認識されているためである。評判の悪さは、そのような時代に軍縮を語る必要ない、と言ったところだろうか。

 さらに、実効性の問題がある、確かに広島ビジョンには素晴らしい内容が含まれる。しかし、その多くは政治的関与や、相手側に規範やルールの遵守を求めるものが多く、そもそも国際社会のルールを無視して核軍拡を進める国に、外交面での働きかけが有効だとは思えない、という批判もある。

 さらに、その安全保障を核抑止に依存する各国が(また日本も、G7直前の日米首脳会談で核抑止の実効性の向上に合意している)、核軍縮を語ること自体に矛盾を感じる人も多いようだ。このような主張を行うのは、戦略研究者や市民社会勢力に多いように感じる。

 軍備管理軍縮を、軍備縮小や廃絶につながる措置と誤解している人は多い。たしかに伝統的な戦略研究や歴史研究の中で、軍備管理軍縮がそのような捉えられ方をされてきたことは理解する。しかし今日、軍備管理軍縮では、もう少し違う側面が重視されているように思う。

○広島ビジョンを分解する

 条文の個別解説ではなく、広島ビジョンの内容を分解しよう。

 広島ビジョンはまず、「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する」という文言から始まる。ここでは、「再確認」と強調されており、実はこのビジョンの背景にある主張の根幹は、これまでと変わっていないことを示唆している。

 日本や世界では、オバマ大統領の「核兵器なき世界」演説を、「核兵器廃絶」のための政治宣言と誤解する人は多い。しかし発言内容を精査し、その後オバマ大統領のノーベル賞受賞演説を分析しても、「核兵器なき世界」は、そのような政策を選択することができる国際社会の条件を整備した後に実現するかも、としか述べられていない。その際に、それぞれの安全を、無視することは前提とされていない。つまり、過去数十年、核の軍備管理や軍縮では、外部の戦略環境の変動とは無関係に、目指すべきは好ましい環境や条件の実現、としか主張していない。

 その上で、広島ビジョンでは、ロシアのウクライナ侵攻以降出現した諸問題を挙げながら、過去の「核兵器の不使用」の記録の重要性を想起し、核兵器の存在意義として、防衛目的、侵略の抑止、戦争及び威圧の防止、としている。つまり、核兵器の使用の可能性に強い警告を述べているのである。

 そして、広島ビジョンでは、核兵器削減に関する国際的な動向と、透明性向上についての言及がある。この二つの意義を疑問視する人は多い。新STARTは崩壊寸前であり、中ロが透明性向上に協力するとは思えない、という批判である。

 その指摘は正しい、しかしこれら二つの措置は、NPTなどの舞台で、中ロ両国も合意した経緯がある措置であることを考慮すべきである。つまり、G7側は、国際社会の「主流(メインストリーム)」がどちらにあるか、そこから離脱し、混乱を引き起こしているのはどちらかを、明確にするための文言である。

 特に透明性向上の問題において、G7は「中国及びロシア」に対し、「関連する多国間及び二国間のフォーラムにおいて実質的に関与する」ことを求めている。国際政治において、法的及び政治的に正当性を確保する競争が重要であることを、日本が過去の歴史の中で、また2022年以降のウクライナ戦争の中で、極めて痛切に感じてきた。広島ビジョンは、その「歴史の教訓」が十分に反映されているように感じる。

 広島ビジョンでは、その後、FMCTやCTBTの重要性が強調されている。この二つの条約にはさまざまな経緯があるが、これも国連安保理決議などで推進が合意された内容である。

○核不拡散と核セキュリティ

 広島ビジョンでは、NPTのフォーマットを踏襲したかのように、核軍縮に関連する内容に続き、核不拡散と原子力の平和利用関連の内容が続く。特に核不拡散の問題では、北朝鮮とイランの核開発に対処する国際社会の働きかけが再確認されている。この二つの核開発国に対する対応では、制裁を含む、外交的解決を模索するとの方針が示されている。

 この方針は、これまでも採用されてきたものであるが、両国の核計画に実効的な影響を及ぼさなかった。その意味で、改めて広島ビジョンで問題提起する必要があるのか、というシニシズムにとらわれても不思議ではない。

 この問題では、二つ重要な点がある。一つは、国際的な場で問題提起され続けなければ、彼らの核計画は政治的に既成事実化してしまうということである。もう一つは、国連での取り組みと、G7による関与を連接したことである。これらにより、これら二国に続く核開発懸念国に国際社会の正当性の圧力を「見せしめ」として示すことになる。

 原子力の平和利用については、次世代原子力技術の必要性を再確認し、核セキュリティなどに関わる措置(かつてG8洞爺湖サミットで確認した原子力の3Sが想起される)の重要性を提起したことに意義がある。医療分野を含む原子力技術の多用性について言及されたことも、評価されるべき点であろう。

 これらに加え、民生用プルトニウムの管理や、軍縮不拡散教育とアウトリーチも、これまでも問題提起されてきた課題ではある。ただ、NPTでの合意が困難になっている状況で、軍備管理軍縮に対する国際社会のハイレベルな関与が必要であるとされてきた。NPTにおける合意が困難な状況が続き、TPNWを支持する勢力がラディカルな主張を繰り返す中で、G7は、核に関わる軍備管理軍縮の現在地を確認したといえるのだろう。

○広島ビジョンの役割

 広島ビジョンに記載された内容が、安全保障政策上の具体的な措置を含まず、なおかつ実効性が期待できないことをもって、失望感を感じるのは間違いである。いうなれば、広島ビジョンは軍備管理軍縮の具体化を期待したものではないし、これを国際社会が受け入れるようにと迫っているものでもない。

 軍備管理軍縮の基本は、「相手国との合意」がなければ成立しないということである。例えば中国の核兵器増強にせよ、北朝鮮の核開発にせよ、これら諸国が削減や制限に「同意」しなければ、核兵器を含め、軍備が削減されることはない。重要なのは、相手がいかに合意できるような内容で、相互に妥協するか、であり、一方的な勝利はない。

 例えば現在の国際環境のもとで、戦略論的な観点から、核軍拡が必要と主張することは当然である。しかし、一方の軍拡は、必ず相手に口実を与え、それに対する対抗策が正当化されるだろう。それに対してさらに対抗策をステップアップさせると、相手もそれに対応することになる。つまり軍拡のスパイラルな状況が生まれ、最後は「物量勝負」になる。そのような状況であっても軍事的に勝利する方策を考えることは必要である。しかし、ほぼ同等な競争相手で地理的な優位性を持つ相手に対峙する際、軍事技術競争にも消耗戦に持ち込んだとしても、そこで得られる勝利はどのようなものになるだろうか。

 広島ビジョンは相手との対話や、競争相手や懸念国の説得を具体的に試みているものではない。あくまで、G7諸国が不透明で不確実な国際環境に直面する中で、核兵器をめぐる問題で合意できる共通の内容を確認したものに過ぎない。

 ただ、G7で共通の内容に合意でき(核兵器国や拡大核抑止のもとにある国が含まれる中で)、国際社会で停滞する核軍備管理軍縮の進展を図ることができた意義は大きい。少なくとも、G7は国際社会における正当化の理由を示し、たとえ自分たちが核抑止力の向上や、核軍拡の道を選んだとしても、それがなぜ必要かを、個別の戦略的利益ではない理由で説明することが可能になった。

○期待と安心

 国際主義の崩壊が指摘されて久しい。G7をアナクロな「先進国クラブ」と批判するのは容易いが、国連を含め、合意の成立可能な国際枠組みが少なくなる中で、特に難しい核軍備管理軍縮の面で合意が成立したことを素直に歓迎する。同時にこれは、厳しい国際政治において、G7が先導的役割を果たすことの表明と見ることもできる。

 広島ビジョンを批判するのは簡単だが、これに代わり、上回る現実的なビジョンが示せるのであれば示してほしい、と願う。核軍縮の実現を語るのは簡単である。その実現が困難であるからこそ、G7はまずは「陣取り」から始めた。これはナラティブの戦争でもある。

 核兵器能力の増強や拡大を語るのも簡単である。核抑止の時代が到来しているのは正しいと思う。しかし、抑止という曖昧な状況をゴールを前に、その競争をノーガードで行うのは危険である。どこでどのように止めるべきかを考えながら行わないと、非常に困った状況になる。つまり、核軍拡も、相互の同意(理解やコミュニケーションともいう)がなければ「ゲーム」は成立しない。

 つまり、広島ビジョンは核軍備管理軍縮の出発点に過ぎないのである。ここで確保した立場をもとに、軍備管理軍縮をどこまで進めるか、今後の国際社会の議論に期待したい。

拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長

岡山県出身。一橋大学大学院修了(博士・法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官(アメリカ研究担当)より拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、国際関係論、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍備管理軍縮、防衛産業、安全保障貿易管理等。経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省核不拡散・核軍縮に関する有識者懇談会委員、防衛省防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会委員、日本原子力研究開発機構核不拡散科学技術フォーラム委員等を経験する。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の自律型致死兵器システム(LAWS)国連専門家会合パネルに日本代表団として参加。

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