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2020年春・緊急事態宣言下に役者たちが感じたこととは…三島有紀子監督が語る“ささやかなこと”

壬生智裕映画ライター
佐々木史帆のエピソード(配給提供)(C)「東京組曲2020」フィルムパートナーズ

■2020年の春、あなたは何をしていた?

 新型コロナ対策で発令された緊急事態宣言下の2020年4月22日。くしくも映画監督・三島有紀子が、自身の誕生日に実際に体験したとあるできごとをきっかけに、20名の役者たちに「その日に何をしていたのか」を各自撮影してもらうよう依頼。その映像全体を三島監督自身が監修し、一緒に作りあげたユニークなドキュメンタリー映画『東京組曲2020』が渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開中。その後も大阪、兵庫、三重など、全国順次公開が予定されている。

 くしくも5月8日より、新型コロナの感染症法上の位置付けが、5類に移行したというタイミングに重なったということもあり、「2020年のあの頃にタイムスリップし、あの頃に感じたこと、気づいたことを思い出させてくれた」等々、観客の反応も上々だという。その声に応えるべく、5月18日の映画上映後には映画評論家の高崎俊夫氏を聞き手に迎えた、三島監督のトークショーを実施。そのレポートを通じて、あらためて本作の裏側に深く迫ってみたい。

■ささやかだけれど、役にたつこと

三島有紀子監督(左)と映画評論家・高崎俊夫氏(右)によるトークショーの様子(筆者撮影)
三島有紀子監督(左)と映画評論家・高崎俊夫氏(右)によるトークショーの様子(筆者撮影)

 映画を鑑賞したばかりの観客の深い余韻が会場を包み込む中、ステージに登壇した両者。まずは聞き手の高崎氏が「この映画を観ていろいろと思い出したのですが、僕はなぜかロバート・アルトマンの『ショート・カッツ』という映画を思い出したんです。これはレイモンド・カーバーという作家の短編集「ささやかだけれど、役にたつこと」の中に入っているいくつかの短編をシャッフルして、群像劇として描いた作品なんですけど、この“ささやかだけれど、役にたつこと”という感触をこの映画にも感じたんです」と指摘すると、三島監督も「『ショート・カッツ』を引き合いに出してくださって光栄だなと思い、うれしかったです。NHK時代も含めて、劇映画を撮っている時も、自分の中では“ささやかなこと”を丹念に描けたらいいなという思いがあったので。そういう意味では“ささやかなこと”というのがわたしの中でのキーワード。ちゃんと観てくださって、言葉にしてくれたんだなと思いました」と返した。

 その流れでまずは、本作が制作された経緯からトークを展開。「はじまりはささいなことだったんですけど、緊急事態宣言がはじまって。予定されていた映画の撮影が延びてしまったんです。でも本当にやることがなくて。せいぜい家で本を読むか、ネットサーフィンをするか、DVDを観るか、小説を読むかくらい。本当にベランダでただただ過ぎゆく季節の風景を見ていたという、ささやかな日々が過ぎていったんですが。そんな中、夜中の4時頃にどこかから女性の泣き声が聞こえてきたんです。その泣き声を聞きながら、その女性にどんなことが起きたんだろうと想像しはじめたんですね。もしかしたら肉親の方がコロナにかかったのかもしれないし、人に会えないと思ったのかもしれない。もしくは仕事がなくなったのかもしれないし、単純に今日食べたかったものが食べられなかっただけかもしれない。そういうささいな出来事をいくつも想像していくうちに、こういうささやかなことから生まれる感情をすくいとっていけたらいいなと思ったのが映画をつくろうとしたきっかけでした」

トーク中の三島監督。本作は三島監督にとって初のドキュメンタリー映画となる。(筆者撮影)
トーク中の三島監督。本作は三島監督にとって初のドキュメンタリー映画となる。(筆者撮影)

 そうしたことがきっかけとなって生まれた本作。「明け方の4時くらいだったんですけど、本当に眠れなくて。この先どうなるんだろう。映画の撮影はできるんだろうかと考えていた」と振り返った三島監督の言葉に、高崎氏は本作の併映作品となる佐藤浩市主演の短編『IMPERIAL大阪堂島出入橋』、そして2020年の長編映画『Red』との共通点を指摘した。

■これはドキュメンタリーなのか、フィクションなのか

 「『IMPERIAL~』は時間的には夜明けの時間ですよね。そして『Red』も終わりの方はそういう時間帯でした。今回の映画もそうですが、三島さんの映画にはわりとそういう時間帯が出てくるんですよね。そういう時間帯への執着のようなものはあるんですか?」という問いかけに、「今回に関しては、泣き声が止んだ頃にちょうど空が白んできて、街が動き始めたのを見て。その時が自分以外の人がちゃんと生きていて、人間の営みがちゃんとあるんだなと感じた瞬間だったので。それを同じように体感してもらいたいという思いから(舞台設定を)夜明けにしたんですけど、“夜明け三部作”みたいな感じになりましたね。『Red』といい、『IMPERIAL~』といい。でも微妙にちょっとずつ時間が違っていて。空が白んで来た頃が『IMPERIAL~』で、『Red』は自分の中の内なる情熱に向かって走っていくようなお話なので赤い夜明けかな」と返答した三島監督は、「もしかしたら暗闇の中から光のようなものをたぐり寄せたいという欲求がずっとあるのかもしれないですね」と付け加え、深くうなずいていた。

 本作に登場する20人の役者たちは、これまで三島監督がワークショップなどで出会った役者や、作品の感想を送ってくれた役者などに声をかけた人たちだったという。彼らが実際に体験したことをもとに自身での撮影を依頼した。「ただ皆さん、役者さんである以上、映像を撮るときは絶対にカメラを意識してしまうものなので、そこはどうしていこうかと話し合いました。基本的には緊急事態宣言下なので、わたしが撮りに行くことはできない。ですからご家族の方だったり、ルームメートの方に撮っていただくことになりました」

 彼らが2020年4月22日に体験したことを記録したドキュメンタリーでありながらも、「対象に撮影を任せる」「演出を提案する」という手法を使用しているため、その結果、不思議な効果をもたらした。そこに映し出されている映像は、現実なのか、役者が演じるフィクションなのか。その境界が曖昧となった。「より再現であっても自然に。仮に再現がきっかけだったとしても、その感情が生まれた後は、自然な行動を追いかける。これは再現なのか、今起こっていることなのか、そこはあいまいにして撮っていこうということが演出としてありました」と切り出した三島監督は、「ただ面白かったのは、自分が現場にいて、役者さんの近くで『よーいスタート』をかけるというのは、ある種、役者さんに緊張感を与えること。それがいいところもあるんですけど、今回、皆さんにご自身で撮っていただいた映像を見ると、何回でもやれてしまうわけですよ。ただ何回でもやれる代わりに終わりのない戦いみたいになって。だからものすごく膨大な映像が、何テイクも送られてくる時があって。これ撮るのに何回撮るんだろうと思うようなこともあったりしたんです。ただ面白いことに、最初は自分がどう見えるかということを意識してお芝居をされている時も、そこにたまたま家族の誰かが現れて話しかけたりとか、子どもが突如やってくるとか、突然に一緒に暮らしている子が違う話をはじめたりとか、そうしたアクシデントが起こるんです。そうするところに化学反応が起きて。ドキュメントが起こるというのが劇映画とは違う面白さでしたね」

本トークショーの聞き手を務めた映画評論家の高崎氏(筆者撮影)
本トークショーの聞き手を務めた映画評論家の高崎氏(筆者撮影)

■Alone Togetherという英語版タイトルに共鳴する

 そんな本作を「なかなか定義しづらい作品だなと思うんですよね」と笑う高崎氏は、「もともとよく言われるように、ドキュメンタリーって再現ドラマみたいなところがあるんですよ。原一男さんなんかもそうですし。そういう定義、ジャンル付けをしなくてもいいような作品じゃないかなと思います」と指摘。三島監督も「この映画をつくるときは記録だと思ってつくり始めたんです。もちろん女性の泣き声がきっかけとはなったんですが、その後にジャ・ジャンクー監督の短編映画(『来訪』)を観て。それは、2人の男がかつての映像を観るところで終わるんですが、その映像というのが裸の男たちがすごくたくさんひしめき合っているというカットだったんです。あの時は人が裸でぶつかり合うなんて言語道断だという時期だったから。そんな素敵な人間の営みがなくなってしまうのかもしれないと思わされたので、自分が今感じていること、役者さんたちが感じている人間の営みをしっかりと残さないといけないと思った」と述懐。

映画『ミセス・ノイズィ』で注目を集めた大高洋子(左)と彼女の夫(右)のエピソードより(配給提供)(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ
映画『ミセス・ノイズィ』で注目を集めた大高洋子(左)と彼女の夫(右)のエピソードより(配給提供)(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

 さらに女優・大高洋子が出演した映画『ミセス・ノイズィ』がコロナ禍のために公開延期となったことに落ち込む姿を映し出したエピソードを例に出し、「実際に大高さんの映画が公開延期となったのは(撮影時より)もっと前のこと。リアルタイムではなかったんですけど、でもそれを再現することによって、彼女の中にもう一度その感情が生まれてくる。その感情をしっかりと記録することは、それはそれでひとつの記録になるんではないかと思うんです。そこに旦那さんがいて『いつか日の目を見るよ』と言ってくれる関係性があってという。この感情と関係性というのは嘘じゃない。わたしにとっては、そこに生まれてくるのはドキュメンタリーだなと思いました。脚本もないですしね」と語った。

 本作の英語タイトルは“Alone Together”。「ジャズファンなら皆さんご存知だと思いますけど、有名なスタンダードナンバーなんですよ。昔、大橋巨泉が『ふたりぼっち』と訳したことがありますね」という高崎氏の指摘に、「5月に韓国のチョンジュ映画祭に行ってきたんですが、その時に“Alone Together”というタイトルが、すごくわれわれの気持ちを表していると。誰かと一緒にいたいと思いたい。でも一方で、誰かと一緒にいても孤独を感じる。それってすごくコロナ禍の、世界中の気持ちを表現しているのではないかと。そう言ってくれました」と振り返った。

 そして最後に、高崎氏が「三島さんの作品は僕もファンで観ているんですけど、コロナ禍というひとつのターニングポイントがあった上で、短編2本(『IMPERIAL大阪堂島出入橋』『よろこびのうた』)を、いわゆる映画の演出とは違った方法論で撮られていて。この数年間で、特に三島さんの中で大きな変化が起きていたと思うんです。それが今後の作品でとう反映されるのか楽しみです」と語ると、「すごくうれしい」と笑顔を見せた三島監督。「自分の中でもコロナ禍で大きな変化があって。その形は、まさに今、仕上げをしている最中の次の作品でお伝えしたいなと思っています。この作品は、登場しているのは役者さんではあるんですが、先ほど高崎さんがおっしゃった通り“ささいな時間”を描いていると思うので、皆さんの中の2020年春がよみがえってくると思うんです。ここに出てきた役者さんが言ってくださった言葉ですけど、“これはわれわれの物語であるけれども、皆さんの物語でもある”と思っています。ですからどこかに感想を書いていただき、広げていただければ」と会場に呼びかけ、トークを締めくくった。

チラシのビジュアル(配給提供)(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ
チラシのビジュアル(配給提供)(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

『東京組曲2020』

監督:三島有紀子

出演:荒野哲朗、池田良、大高洋子、長田真英、加茂美穂子、小西貴大、小松広季、佐々木史帆、清野りな、田川恵美子、長谷川葉月、畠山智行、平山りの、舟木幸、辺見和行、松本晃実、宮﨑優里、八代真央、山口改、吉岡そんれい (五十音順)

声の出演:松本まりか

配給:オムロ

2023/日本/ドキュメンタリー/カラー/95分/アメリカン・ビスタ/5.1ch

渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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