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『喪の仕事』君塚匠監督自らの体験をベースにしたADHD題材の新作映画初上映!【第49回湯布院映画祭】

壬生智裕映画ライター
映画上映後のシンポジウムの様子(写真:筆者撮影)

 8月25日、大分県由布市の「ゆふいんラックホール」で開催された「第49回湯布院映画祭」内の特別上映作品として、ADHDにスポットを当てた映画『星より静かに』がクロージング上映された。上映後のシンポジウムには、君塚匠監督、本作に出演する内浦純一、蜂丸明日香、渡辺真起子、そしてドキュメンタリー協力の就労移行支援事業所にじ鶴見の脊尾昌壮、本作プロデューサーの森重晃も来場した。(本文中の敬称略)

 親友の死を嘆き悲しみながらも、自分を見つめ直していくさまを描き出した永瀬正敏主演の『喪の仕事』(1991)で映画監督デビューを果たし、その後も『ルビーフルーツ』『激しい季節』『おしまいの日』『月』と5本の劇映画を発表。その一方で、数々のドキュメンタリーや情報番組、テレビドラマ、テレビCM、企業VPなどを手掛ける君塚匠監督。本作は、55歳の時にADHD(注意欠如/多動性障害)と診断された君塚監督が、自らの体験をベースに、実際の障害者や支援者、施設のスタッフらと語るドキュメンタリーパートと、プロの役者が共演し、ADHDである夫と彼を支える妻、障害を持つ息子を持つ母親の思いや葛藤などが描かれるドラマパートが、その境界線をなくしたかのようにお互いの領域を飛び越えて、それぞれを補完しあうようにして登場。ドキュメンタリーともドラマとも形容しづらい、不思議な感触の映画となっている。

シンポジウムに参加する君塚匠監督(写真:筆者撮影)
シンポジウムに参加する君塚匠監督(写真:筆者撮影)

 君塚監督が本作をつくろうと思ったのは、ある時にADHDへの偏見からくる暴言を受けたことをきっかけに、世間にはADHDについての誤解や偏見があると感じ、「ADHDについて理解を深めてもらいたい。ADHDの人が少しでも生きやすい世の中になれば」という思いがあったという。監督の思いは映画公式のXに記されているので引用する。

 今年4月に撮影が行われた本作は、映画が完成したばかりとのことで、公の場では初上映。森重プロデューサーが「関係者でもまだ観ていない人がいる」と語るほどに、この日の上映は貴重な機会となった。

 映画をつくる経緯として「映画をつくろうと思ってクラウドファンディングを始めて。(目標を)90万からはじめたんですが、どんどんと集まって。最終的に207万になった。これはいけるんじゃないかと思ってそろばんをはじいたけど、どう考えてもこれでは映画はつくれない。どうしようかと思って(『さよなら渓谷』『火口のふたり』などを手掛けたプロデューサーの)森重さんに相談したところ、配給と、どこかから出資者を探してきてくれた」と説明する君塚監督。

シンポジウムに参加する森重プロデューサー(写真:筆者撮影)
シンポジウムに参加する森重プロデューサー(写真:筆者撮影)

 監督自身がドキュメンタリーパートに出演するというアイデアは森重プロデューサーのものだったという。君塚監督も「森重さんが言った通り、僕は出る予定がなかった。でも当事者が出ることで説得力が出るから、出ろと言われて。僕は滑舌が悪いんで、本当はいやだったけど、出ると決まったからには滑舌矯正のレッスンを受けました」と笑いながら述懐。しかしその提案によって、森重プロデューサーも「逆に森重さんも出てよと言われたのが、失敗の元だった」と苦笑い。その言葉の通り、ドキュメンタリーパートには、森重プロデューサーも多くのシーンで出演することとなった。

 シリアスな題材であるがゆえ目指したのは「エンタメ」とのことで、「コメディー映画のつもりでつくりました」と語る君塚監督。オフビートな笑いだったため、観客からは、確かにコメディーだと思った人、コメディーとはとらえられなかった人など、いろんな反応があったが、ADHDの当事者だという観客からは「ADHDあるあるというエピソードがたくさんあって。ゲラゲラ笑った」という意見もあった。

シンポジウムに参加する内浦純一(写真:筆者撮影)
シンポジウムに参加する内浦純一(写真:筆者撮影)

 主人公・佐藤はじめを演じた内浦は「今までなら、なんとなくこの映画はこういう形で、こういう感じの映画なのかな、というのは想像できるし、その中で役者としていろいろと考えていくんですが、今回はさっぱり分からない。最初に台本を読ませていただいたら、フィクションだけでなく、ドキュメンタリー部分にもはじめが出るのかと驚いて。はじめとして出るべきなのか、内海として出るべきなのか。自分でもすごく考えましたし、不安でもあり、楽しみでもありました。ADHDを演じるにあたって、最初は調べたり、本を読んだりしてたけど、むしろ監督とずっと一緒にいようと。撮影の前から、監督とよくデートをしてましたね。映画を観たり、美術館に行ったり、電話も何時間もしゃべったときもあった」と述懐。

シンポジウムに参加する蜂丸明日香(写真:筆者撮影)
シンポジウムに参加する蜂丸明日香(写真:筆者撮影)

 一方、はじめの妻・朱美を演じた蜂丸は、制作の初期段階から関わっていたという。「脚本をつくるときも、監督はタイピングが苦手なので、監督がしゃべったことを口述筆記で文字を打ったりしていたんですが、最初は何を言っているのか分からなくて。監督にいろいろ聞いていくうちに、ドラマの方はストーリーが分かったんですが、ドキュメンタリーの方はだいたい皆さんにこういうことをお話してもらうという感じで。どういう風に展開していくのかも、ざっくりしたところしか分からなくて。撮影がはじまって撮っていく中で、なんとなくこういうことなのかなとフワッとは思いましたが、それでも今日、完成したものを観るまではどういうものに仕上がるのか想像もつかなくて。ワクワクしながら観させていただきました」。

シンポジウムに参加する渡辺真起子(写真:筆者撮影)
シンポジウムに参加する渡辺真起子(写真:筆者撮影)

 そんな不思議な撮影スタイルだが、渡辺自身が「かつて、台本はなく、俳優と即興芝居でシーンをつくりだす”監督と俳優との共同脚本”という異色のスタイルでつくりあげた諏訪敦彦監督の映画『M/OTHER』に参加したことがあった」ということを指摘されるひと幕も。それを踏まえ、映画に映し出されているのが自分自身なのか、役柄なのか、という質問を受けると、「わたしも映画づくりに参加し始めたころに、特殊な手法の映画に参加したことがあった。それきっかけに、いろんな監督ともやらせていただくようになったので。確かにそういうつくりかたには、なじみがあるというか。そんなに違和感がなかった。ただどこまでがわたしなのか、どこまでが役なのか、ということは、すでに考えていない。それはわたしが意識しても、考えても、他者にはなりきれないという思いがわたしの中にはあるから。だから物語に与えられた立ち位置でわたしが立って。観る方たちが、もうひとつ別の世界を想像してくれるんだなと思っているので。それは観てくださる方に甘えてるというわけではないけど、その場所にいるのが精いっぱいなんです」と説明。君塚監督も「(ドキュメンタリーパートで)渡辺真起子さんと僕がしゃべてるところは、渡辺さんがいろいろと話しかけてくれたので、まるっきり自分の素の部分でした。台本になかったこともあったけど、渡辺さんからは自由にやった方がいいと言われたから」というと、渡辺も「だってあそこは渡辺真起子(の役)だから。それは台本にもしっかりと書いてありましたからね」と笑いながら振り返った。

本作は来年公開を予定している。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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