Yahoo!ニュース

映画『幻の光』に映し出される能登の風景…能登半島地震で被害を受けた石川県輪島市を訪れる

壬生智裕映画ライター
『幻の光』より鵜入の風景 (c)1995 TV MAN UNION(配給提供)

是枝裕和監督の長編映画デビュー作となった1995年の映画『幻の光』のデジタルリマスター版が現在、「能登半島地震 輪島支援 特別上映」と題して、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開中だ。同作は、能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県輪島市が舞台となったという縁から、リバイバル上映の収益から諸経費を除いた全額がロケ地となった輪島市に寄付されることになっている。その経緯については、同作プロデューサーの合津直枝氏、撮影の中堀正夫氏に話を聞いた拙インタビュー記事を参照していただきたい(是枝監督「長編デビュー作」に残る"輪島の風景")。

震災発生当時は「被災地への不要不急の出入りは控えるべき」といわれていたが、震災から半年以上の月日が経ち、能登地方の方からの「現状を知ってほしい」「まずは能登に来てほしい」といったコメントもSNSなどで見かけるようになった。そして実際に能登に行った人からも「被災者の方の話を聞くだけでも十分なボランティアである」と言われたこともあり、実際に『幻の光』の舞台となった能登・輪島に向かうことにした。以下に記すのはその時の備忘録である。(文中の交通ルートは2024年7月31日時点の筆者調べ。実際に向かう際は要確認でお願いします)

■輪島へ向かうルートは?

スタート地点の東京から輪島に向かうルートはいくつかあるが、候補として考えられるのは、「北陸新幹線」などを使って金沢まで行き、そこから輪島に向かうルートか、「飛行機」を使って、のと里山空港に行き、そこから輪島に向かうルートの2つだ。

「金沢」ルートで考えられるのは、東京駅から金沢駅まで行き(北陸新幹線のほかに、深夜バスなども運行している)、そこから「輪島特急」バスで、輪島駅前に乗り込むもの(片道2300円)。あるいはここからレンタカーを借りて行くと自由度も広がる。

どちらにしても距離としては110キロほどはあるので、2~3時間くらいは時間がかかるが、金沢方面は被害を受けた地域が少ないため、宿泊・移動なども含めてあらかじめ計画は立てやすい。輪島市内も、一部営業している民宿はあるが、基本はボランティアの方が利用することが多いため、直接、宿に連絡をとらなくてはならず、ホテル予約サイトなどで予約することはできない。輪島で宿が取れるかどうかは未知数であるため、金沢を拠点にするというのもひとつの手だ。

のと里山空港。羽田空港から往復便が運行している(筆者撮影)
のと里山空港。羽田空港から往復便が運行している(筆者撮影)

そしてもうひとつのルート候補は飛行機を使うもの。羽田空港から、のと里山空港まで飛行機で1時間強。そこから運行している「輪島特急」バスに乗り込めば、輪島駅前までおよそ17キロメートル強で到着。所要時間はおよそ1時間(片道590円)だ。ちなみにレンタカーも営業しているが前日予約が必須。もしくはこちらも前日予約制だが「ふるさとタクシー」(片道900円)を利用する方法もある。余談だが、空港1階で営業している売店で販売されているソフトクリームは評判の美味さなので、お立ち寄りの際はオススメしたい。

■輪島の街中を歩く

今回、筆者は飛行機+ふるさとタクシーを利用して輪島まで行くことにした。こちらはいわゆる乗り合いのタクシーで、それぞれの乗客の好きな場所で降ろしてくれる。道中は山道であるため、自然豊かな風景が広がるが、ところどころで倒れた木々や、崩れたままとなっている家が散見される。また白のスライム型の建物もチラホラ。あれは何かと尋ねたところ、「インスタントハウス」という住宅とのことだ。

「輪島駅」は、2001年に廃線となった七尾線の終着駅であり、現在は「道の駅」として輪島観光協会などがこちらに入っている。そこでまずは観光協会に立ち寄り、この日泊まる宿、取材などについて相談。観光協会のHPにはレンタルサイクルがある旨が記されていたが、現時点では自転車のレンタルは行っていないとのこと。だがタクシー会社はいくつか営業しているところもあるため、今回の移動は主に徒歩と、一部タクシーで行うことにした。

輪島市の街中では、倒壊したまま、手つかずとなっている建物も多い(写真:筆者撮影)
輪島市の街中では、倒壊したまま、手つかずとなっている建物も多い(写真:筆者撮影)

街中を少し歩いただけでも、被害の甚大さは伝わってくる。街のあちこちで建築会社の方々が修復作業を進めていて、少しずつ復旧に向けて動き出していたが、その一方でいまだ手を付けられていない建物も多い。

■映画にも映し出された輪島朝市を歩く

市民の台所として親しまれた輪島朝市も震災による火災により焼失した(写真:筆者撮影)
市民の台所として親しまれた輪島朝市も震災による火災により焼失した(写真:筆者撮影)

『幻の光』より。主人公たちが訪れた輪島朝市の風景 (c)1995 TV MAN UNION(写真:筆者撮影)
『幻の光』より。主人公たちが訪れた輪島朝市の風景 (c)1995 TV MAN UNION(写真:筆者撮影)

石川県輪島市の観光名所であり、市民の台所として親しまれた「輪島朝市」は、震災により発生した火災で200棟以上が焼け、およそ5万平方メートルが焼失した。半年以上たった今でもその被害の大きさが伺えるような風景だったが、地元の方に聞くと「これでもだいぶ片付いた方」だという。

現在の輪島朝市の風景(写真:筆者撮影)
現在の輪島朝市の風景(写真:筆者撮影)

『幻の光』より。輪島朝市の風景 (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)
『幻の光』より。輪島朝市の風景 (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)

「朝市通り」の入口に倒れていた、輪島市朝市組合の看板の説明書きによると、輪島朝市の起源は平安時代。神社の祭日ごとに行われていた海の幸、山の幸の物々交換がはじまりだと言われ、1000年以上の歴史がある。「輪島の一日は朝市の呼び声からはじまり、活きのいい魚、貝、海藻や季節季節の野菜、花などが売られ、市民の台所であり、主婦の良い情報交換の場でもあります」という言葉に、『幻の光』で、主人公たちが輪島朝市を歩いていたワンシーンを思い出す。

■映画にも映し出された鵜入の漁港を歩く

『幻の光』より。能登の美しい風景が印象に残る (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)
『幻の光』より。能登の美しい風景が印象に残る (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)

『幻の光』撮影場所となった鵜入漁港の現在の風景(写真:筆者撮影)
『幻の光』撮影場所となった鵜入漁港の現在の風景(写真:筆者撮影)

そこからタクシーで20~30分ほど走り、『幻の光』主人公の家が撮影された漁港の鵜入に向かうが、こちらはまだ道路の修復が完全に終わっておらず。途中の神社も崩れたままだったが、ただしタクシーで向かうことは可能ということで、お願いすることにした。目の前に広がる海の沿岸には、海底が隆起したことにより、震災前は見えることがなかった岩が隆起して現れている。

海岸線付近の様子。海底の岩が隆起し、白くなっている(写真:筆者撮影)
海岸線付近の様子。海底の岩が隆起し、白くなっている(写真:筆者撮影)

そしてその隆起した岩をよく見ると白く変色した部分が見える。地元の方に聞くと、白く変色したところは岩が隆起した箇所だという。そしてこの岩があるため、船が港に入ることができずに、漁に出ることもできない。もともと鵜入の近くには海水浴場があり、通常ならこの時期は海開きが行われた後で、多くの人たちでにぎわっていたはずだった。

鵜入の漁港の入口(写真:筆者撮影)
鵜入の漁港の入口(写真:筆者撮影)

そこから街中に戻る。コンビニやスーパー、家電量販店や、衣服店、ドラッグストア、ホームセンター、銭湯なども一部店舗は通常通りに営業している。飲食店も「8番らーめん」や「ゴーゴーカレー」といったチェーン店や、個人経営と思われる喫茶店、居酒屋、寿司屋、そば屋など営業している店舗はいくつかあった。輪島の街を歩くと、人は少なめだが、それでも駅前には高校生らしきグループが談笑し、小学生らしき子どもたちがバスを待っている。スーパーでは夕食の買い物に来たと思われる女性客、男性客の姿がチラホラ。どこも穏やかな景色だった。街の方々からは「輪島に来てもらうだけでもありがたい」と言っていただいたので、滞在中はできる限り地元で飲食をし、地元のものを買うことにした。

『幻の光』はBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開中 (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)
『幻の光』はBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開中 (c)1995 TV MAN UNION(写真:配給提供)

現在公開中の映画『幻の光』の中にはかつての輪島の風景が映し出されている。リバイバル上映の収益から諸経費を除いた全額がロケ地となった輪島市に寄付される。Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下では8月29日まで上映が続き、その後も全国で順次公開される予定となっている。映画を観る、ということも支援のひとつとなる。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

壬生智裕の最近の記事