カタールW杯が我々に残したものは「不安な未来の兆候」。感動に水を差す米有力紙の辛辣な総括
カタールで開催されたワールドカップ(W杯)に、世界中のスポーツファンが釘付けになった。
男子サッカーがそれほど強くないアメリカ。今大会の早い段階で代表チーム敗退後も、大会自体への注目度は高く、連日のように試合結果がニュースとして取り上げられた。決勝戦の日は盛り上がりが最高潮に達し、近年高まるサッカー熱を感じずにはいられなかった。
下記はアルゼンチンの優勝が決まった瞬間。ニューヨークの中心地タイムズスクエアで。
これだけ盛り上がったのだから、大会後に心にぽっかり穴が空いたような気持ちになる人も多い。
19日付けのNPRは「あなたが典型的なアメリカ人であれば、W杯終了後の今、何をしていいかわからないだろう」と題し、フロリダ州のインター・マイアミやフランスのパリ・サンジェルマンなど世界中のプロサッカークラブや国際選手権を紹介している。
またアメリカは女子の代表チームが強豪でFIFA(国際サッカー連盟)女子ワールドカップの優勝の常連だ。来年7月よりオーストラリアとニュージーランドで開催されるW杯も期待されている。
「熱狂が開催国の“汚染”払拭」
米主要メディアNYTの手厳しい総括
さて今回のカタール大会だが、大会当初から驚きの連続で、まるで映画か小説のようなドラマチックな試合展開となったアルゼンチンとフランスの決勝戦で盛り上がりは頂点に達した。
米報道も、優勝国アルゼンチンの表彰式でメッシが着せられた中東の伝統衣装ビシュトから、ゴールキーパーのマルティネスによる卑猥なジェスチャーの話題まで、さまざまなヘッドラインがメディアを飾った。
数ある報道の中で19日早朝に発信されたニューヨークタイムズのポッドキャストが興味深かったのでここで紹介する。
How This World Cup Changed Soccer(このW杯がサッカーをどのように変えたか)
この回は司会進行のサブリナ・タヴァニス記者が、ゲストにチーフ・サッカー特派員で現地取材をしたロリー・スミス記者を迎え、解説したもの。
タヴァニス記者は冒頭、「W杯に世界中が釘付けとなり、スター選手のメッシ、アルゼンチンがフランスに勝利。連日の熱狂で当初問題になっていた『汚染』がどのように覆され、未来にどう繋がるのか。このW杯がプロサッカーの不安な未来の兆候かもしれない理由を話しましょう」と、インタビューを開始。
そもそもの話だが、今大会は開催前から物議を醸していた。中東地域では21世紀の今も明らかな男尊女卑、男女格差が色濃く存在し、同性愛は犯罪だ。開催国カタールも例外ではなく、女性やLGBTQの人権が軽視されている。またスタジアムの建設作業に奴隷同然に駆り出され死亡した移民労働者の冷遇についても問題視されている。そのような国で国際大会を行うことに不安があるとして、人権擁護団体を中心に批判が高まっていた。それが「汚染」という言葉に表れたようだ。
メッシの活躍とフランスの攻防戦の物語がすべての不安を払拭
メッシのファンであろうスミス記者は、そのプレーを生で観ることができ「本当に光栄だった。彼は優勝に値すると心から感じた」と、悲願のトロフィーを手にした栄光の物語に感服した様子だ。「記者である以上公平な立場を心がけた上で、納得のエンディングだった」と、アルゼンチンが36年ぶりに3度目の世界チャンピオンになった試合運びを振り返った。
「ところで世界はこのW杯が始まった時のことを覚えているでしょうか?」と、タヴァニス記者は問う。
「移民労働者が亡くなったが(優勝決定戦の翌日の)今、人々の記憶に鮮明に残ったのはアルゼンチンとメッシの勝利だ」。お祭りムードに水を差し、冷静に総括する必要がある姿勢を見せる。
「当初渦巻いていた問題がありますね」とスミス記者も同意する。問題にはスタジアムでのビール販売の可否から、LGBTQの差別撲滅を訴える選手の腕章着用の禁止なども含まれる。
「FIFAとカタールは平等や人権といった厄介な問題を超えるため、自らの権威を見せつけ反発を封じ込めようと決意した。しかしそれによりさらに問題が注目を集めていったのだが」(スミス記者)
しかし実際試合が始まると、混乱からFIFAとカタールを救ったのは、観客の試合への熱狂そのものだった。その熱狂とは…。
衝撃はサウジアラビア、日本、そしてモロッコ
「まず、サウジアラビアがアルゼンチンを破った試合。その後日本がドイツとスペインを破った衝撃が続いた。さらにモロッコによる究極の躍進だ」とスミス記者。「今大会でのモロッコについて、これほどの強さを予想した人はいなかった。ベルギーを倒しスペイン、ポルトガルに勝ったことで(アフリカ勢初の準決勝進出という)新たな歴史を作った」。
スミス記者はさらに続ける。
「モロッコの人は自分たちをアフリカ人というよりアラブ人と認識している。そんな彼らを応援したのは北アフリカの人々。チュニジア人、エジプト人、レバノン人などイスラム教徒が多数を占める国だ。アラブの国で開催された初のW杯で、アラブ諸国の応援によりモロッコチームに力を与えたのでしょう」
タヴァニス記者も「モロッコはアラブ諸国を団結させる真の象徴になった」と同意した。
開催国カタールにとって、今大会はどんな意味があったか
モロッコが勝ち進んでいくにつれ、話題の中心も変化していった。
「モロッコのようなアンダードッグ(下克上とも取れる)の快進撃は、カタールが望んでいたもの」とスミス記者。人々の関心はスタジアム建設のために死んでいった移民の話から、脚光を浴び始めたモロッコとメッシの活躍に移行した。この時点で、もはやどこがW杯の主催かなんてことは誰も気にしなくなった。
スミス記者によると、スタジアムなどインフラ建設でカタールはこの10年で劇的に変化したという。
ドーハではやることがそれほど多くないから、中には退屈な街だと思った人もいる一方、「W杯でテコ入れされた中心地ムシャラフには、流行に敏感なカフェや理髪店などトレンディな店が集まった」。それらのおしゃれスポットは大会期間中、試合観戦に訪れた外国人のための場所だったが、大会終了後は、地元の人に使われていくことになる。
さらに、世界中からVIPが集まり開会式や試合に足を運んだ。フランスのマクロン大統領、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子、アントニー・ブリンケン米国務長官、ジャレッド・クシュナー(トランプ前大統領の娘の夫)、イーロン・マスクなどだ。
「外交、政治、ビジネスの場として国際的な地位を確立しようとしているカタールにとって大会誘致は信じられないほどの価値をもたらした。その点でも今大会は大成功だったと言える」(スミス記者)
このようにドーハが国際都市への第一歩を踏み出したことで、ビジネスをしたいと思っている人や国際社会へ安心感を与えたメリットがあるという。
「たとえ記憶の奥底に、このW杯がいかに物議を醸したか、開催までどんな代償を払ってきたかが残っていったとしても、カタールからすれば、W杯の恩恵によってそれらの代償は大幅に相殺されたと考えるだろう」(スミス記者)
「誰にとってもかつては『遠い外国』だった国が、W杯で『世界的な承認スタンプ』を押されたようなもの」とタヴァニス記者もうなずいた。
FIFAとサルマン皇太子の関係
FIFAは年々ビジネス寄りの傾向が強くなっているとファンの間で言われているが、これについてはどう考えているか。
「カタールと同国の政治家だけが大会誘致で莫大な資金と評判を得ているわけではなく、FIFAもそうですよね」とタヴァニス記者。
スミス記者は「FIFAにとってこれ以上にないほどうまくいっている」と答えた。報道によれば16日、FIFAは過去12回の大会で75億ドル(約9900億円)の収益があったとされる。また、前大会と今大会の間に生まれた利益は10億ドル(約1300億円)という。
さらにFIFAが潤沢な資金で、W杯を通して実行しようとしているのはディズニーランドのような「FIFAランド」だという。
「FIFAは開催国に到着し領土を主張し、(屋台やオフィスを大会中閉鎖し、多くのフェンスを設けて通行規制し、至る所で西洋の音楽をかけるなど)独自のルールを設定し、スポンサーだらけにし(主に西洋のブランド。中東のブランドでも西洋の有名人やサッカー選手を起用)、街ごとFIFA一色にする。これこそFIFAがやりたいものだ」(スミス記者)
資金と言えば、前述のサルマン皇太子が、今年のワールドカップで目に見える存在感を示してきた。
「サルマン皇太子はFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長と親交があり、FIFAに資金提供している。またサウジアラビアは近年イギリスのニューカッスル・ユナイテッドを始め、ゴルフやフォーミュラ1などスポーツに多額の投資を行っている」。イエメンでの内戦、そしてサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏の殺害をめぐり国際的な批判がある中、「スポーツ界への介入は同国の戦略の一部」という。
「FIFAはカタールでの成功で、今後大会をサウジアラビアに持ち込まない理由はなくなったと感じているかもしれない」(スミス記者)
大会は私たちに何を残したか?
大会中の数々の衝撃と感動、ヒーローとなったメッシの美談…。それらがこれまでの酷評のすべてを払拭し、人々は人的犠牲や人権問題の論争を忘れ去った。
「問題に直面しながら記者としてカタールをこのまま去るのは本当に残念だ。一方で、そんな問題を覆し成功を成し遂げられるのがスポーツの持つ力であり、これこそがカタールがW杯を開催したかった理由だ」とスミス記者。問題がありながら結果的にカタールとFIFAにとって大成功を収めたと言わざるを得ないという趣旨の内容で、エピソードを終えた。
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(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止