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医療・市民・技術者をつなげるフィンランドの取り組み 「急進的」ヘルスフェス誕生

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
健康データを実用化した最初の国のひとつであるフィンランド 筆者撮影

「ラディカル・ヘルス・フェスティバル・ヘルシンキ」が5月にフィンランドで2年目の開催を迎えた。このイベントは、単なる医療保健関係者の集まりではない。関係者は「このようなフェスは世界的にない」と口を揃える。一体、何が特別なのだろうか?

人・データ・イノベーションを結集させ、急速な変化を必要とする医療とケアのための祭典

「このフェスの個性とユニークさは、まさに、市民・医療関係者・技術者と、これまで別々の世界にいた人々をつなげる空間にある」と取材で話したのは、チャールズ・アレッシ医学博士。

英国国民保健サービスにおいて40年以上にわたり臨床のあらゆる面で経験を積み、米国の医療情報管理システム協会HIMSSインターナショナルの最高臨床責任者として、医療業界のオピニオンリーダーとして活躍するアレッシ博士は、次のように語る。

フェスの人気者として、常に多くの人から声をかけられていたチャールズ・アレッシ医学博士 筆者撮影
フェスの人気者として、常に多くの人から声をかけられていたチャールズ・アレッシ医学博士 筆者撮影

「医療の世界・テクノロジーの世界・政策立案者は、まったく違う場所にいます。私たちが時間をかけて考えたのは、これらの業界を一体どうすれば、コミュニケーションを取り、互いに話すことができるようになるのかということでした。一般的に、医師は医師会や学術会議に出席しますが、技術者に会うことはありません。」

中立的な場のデザインの難しさ

「これらすべての人が集まる中立的な場をデザインすることは、実は非常に難しいことなのです。私の知る限り、これは唯一の例であり、だからこそ私たちはこの場を『フェスティバル』と呼んでいるのです。通常の会議とは異なり、これは見本市ではありませんからね。見本市に医師がいることはないでしょうし、政策立案者がそこにいることもないでしょう。私たちがやりたいのは、共同でデザインしたものを作ろうとすることでした。このような中立的な空間を提供することに興味を示したのがフィンランド保健省だったのです。」

なぜ急進的な医療制度の変革が必要なのか?

フェス中はフィンランド社会保健省によるハイレベル・ディスカッションも開催された。左から3人目は京都大学の黒田 知宏教授。高齢化社会となっている日本のAI解決策に関心を抱く関係者も多い 筆者撮影
フェス中はフィンランド社会保健省によるハイレベル・ディスカッションも開催された。左から3人目は京都大学の黒田 知宏教授。高齢化社会となっている日本のAI解決策に関心を抱く関係者も多い 筆者撮影

そもそも、なぜ、今「ラディカル」(急進的)に医療制度を変え、異なる業界同士がつながる必要があるのか?人口の高齢化、医療従事者の不足と燃え尽き、生活習慣に関連する心代謝性疾患の増加など、各国では課題が山積みだ。急進的な変化のみが、持続可能な医療システムを生むことができる。そのために、患者、臨床医、技術者などをつなげ、デジタルトランスフォーメーションの旅を一緒にする「空間」が必要だと主催者側は考える。

フェスの規模と親しみやすさ

フェスの現場では空席が目立つプログラムもある。しかし、「これ以上、規模を大きくするつもりはない」とアレッシ医学博士は発言する。「互いに知り合い、話す時間を持ちたいのであれば、親しみやすさと包括性を体現できるほどの規模でいいのです。」

医療業界では有名な人物たちも講演するが、このフェスでは一般市民や政策立案者など、医師ではなくとも理解できるような言葉で語り掛けることが求められる。会場の参加者の25%が臨床医なのだが、臨床医がこのようなテクノロジー系のイベントに足を運んでいるということ自体が、「前代未聞なのです」とアレッシ博士は話した。

予防医療の効果を最大限に発揮する時代へ

プログラムには現地視察も含まれる。ヘルシンキにあるメトロポリア応用科学大学では病院の状況を安全にシミュレート(模倣)することができる。学生や企業にとって貴重なテスト環境となっている 筆者撮影
プログラムには現地視察も含まれる。ヘルシンキにあるメトロポリア応用科学大学では病院の状況を安全にシミュレート(模倣)することができる。学生や企業にとって貴重なテスト環境となっている 筆者撮影

今年のフェスのテーマは「予防と精度の導入 規模に応じた精密さ」だ。大きな健康問題に発展する前に危険因子を特定し対処すること、よりパーソナライズされた効率的なケアを提供すること、全体としてより良いアウトカムを達成すること、資源配分を最適化することなどに焦点が絞られた。

フィンランドの果てしない野望

2030年までに、ケア業界のデジタル化と健康データの活用により、フィンランドはデジタル技術と医療データの活用による医療改革の国際的パイオニアとして認知されることを目標としている。

予防があまりうまくいっていないという課題があるフィンランドだが、現状を変えるために各地域ではウェルネス・アプリケーションを開発するなど、対策を重ねている。

「2030年までに保健予算の50%を予防に充てる」という野心的な野望もフィンランドは掲げてもいるのだが、「予防にお金を使いたがらない」他国にとってこれは驚くべき理想だ。

あまりにも高い野望に、アレッシ医学博士は「達成は難しいかもしれない」としつつ、「たとえ50%に達しなかったとしても、考え方を変えるためには非常に大きなことが必要」とも評価する。

主催者としてビジネスモデルを優先するなら、出展者や出席者の規模を大きくしていくところだが、小さな丁度良い空間で対面で話ができる空間のためには、今ぐらいの規模が最適だそうだ 筆者撮影
主催者としてビジネスモデルを優先するなら、出展者や出席者の規模を大きくしていくところだが、小さな丁度良い空間で対面で話ができる空間のためには、今ぐらいの規模が最適だそうだ 筆者撮影

会場ではフィンランド発の血液健康スコア化サービスを提供するナイチンゲールヘルス社、欧州心臓病学会ESCなど、欧州の主要パートナー約20社による共同開催が行われている。

国際的な視点とフィンランドのリーダーシップ

今年は40カ国以上から約120人の講演者が集まり、最新の技術や研究成果を共有する場となっている。講演者には患者も含まれる 筆者撮影
今年は40カ国以上から約120人の講演者が集まり、最新の技術や研究成果を共有する場となっている。講演者には患者も含まれる 筆者撮影

このフェスは、「フィンランドばかり」の場にならないことも心がけている。いずれは「他国での開催もあり」とアレッシ医学博士は開催地が変わる未来にも肯定的だ。

米国や日本は競争を意識して、他者(他社)にライバル意識を抱き、情報を隠す文化もあるが、平等の価値観をアイデンティティとする北欧では「業種の垣根を超えた協働作業」がもともと得意だ。急進的なヘルスフェスはそのリーダーシップをもって、医療制度に革新をもたらし、いずれは誰もが幸福度がより高まった生活を送る未来がくるかもしれない。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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