ウィシュマさん最後の日と岸田首相の冷血
昨年3月、名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が、著しい体調悪化にもかかわらず、適切な医療をうけられないまま死亡した問題で、今月20日、参院本会議で岸田文雄首相への質疑が行なわれた。岸田首相は入管側の主張をなぞるだけで、ウィシュマさんが亡くなる直前の名古屋入管内の映像も確認していていないという。他方、野党側は複数の議員達が映像を視聴。ウィシュマさんのおかれていた痛ましい状況に「緩慢な殺人」と憤った。
○晒された岸田首相の無知さ、冷血さ
ウィシュマさんが亡くなったのは、偶発的な悲劇ではなく、出入国在留管理庁(入管)に対する度重なる国際機関からの是正勧告に、日本政府が耳を傾けてこなかったからではないか―水岡俊一参議院議員(立憲民主党)の質疑は、ウィシュマさん事件の核心を突いた。
これに対し、岸田首相の答弁は「心より哀悼の意を表する」との言葉とは裏腹に、国際機関からの勧告や批判についての、「国際人権諸条約の締約国として条約が定める義務を誠実に履行している」と、組織防衛的な入管側の主張をなぞるだけ。しかも、是正勧告や批判を受け入れていれば、ウィシュマさんが亡くなることはなかったのではないかという点については、答えないという、極めて不誠実なものだった。入管に対する国際機関からの勧告や批判は多岐にわたるが、ウィシュマさん事件との関連では、
- 裁判所の判断が介在せず、入管の裁量によって収容が決定される(自由権規約9条4項違反)
- 収容を続けられる限度の規定がなく、無期限
という点を問題視されている。名古屋入管は、外部病院での治療を渇望していたウィシュマさんを最後まで収容施設から出すことなく死なせてしまったが、裁判所が収容及びその継続の是非を判断する制度があったら、ウィシュマさんは収容を解かれ入院することができたかもしれない。そもそもウィシュマさんは、当時の交際相手からDV被害を受けていた可能性が極めて濃厚で、裁判所が判断していれば、収容ではなく、DV防止法に基づいた救済が行なわれていたことだろう(関連記事)。また、ウィシュマさんの体調悪化がいよいよ深刻となってきたのは、2020年8月の収容から約6ヶ月後の2021年2月。入管収容の限度については、例えば、EU加盟国は6ヵ月を超えない範囲に期限を定めることをEU指令により求められており、同様の制度が日本にもあれば、ウィシュマさんは亡くなる前に仮放免され、外部病院に入院することができたはずだ。
これらのような制度が日本の入管制度に無いことは明白であり、「国際機関からの勧告や批判を受け入れていればウィシュマさんが命を落とすことはなかったのでは」との水岡議員の問いに岸田首相は正面から答えることなく逃げた。甚だ不誠実だと言えよう。また、入管が「国際人権諸条約を誠実に履行している」等、嘘の上塗りしていることも、岸田首相は国際法や入管法を理解していないか、或いは理解していても順法精神がないということなのだろう。
○ウィシュマさん最後の日の映像
水岡議員は、ウィシュマさんが亡くなる前や亡くなった当日の状況を記録した名古屋入管内の監視カメラ映像に触れ、岸田首相に「日本の公権力が命を軽んじていたかどうかを総理は自分の目で確認されてはどうですか」と勧めている。だが、これについても岸田首相は、まだ映像を閲覧していないことは認めつつも、自身が今後、映像を観るか否かは話をすり替えている。
ウィシュマさんが亡くなった当日やそれに至る2週間の状況の映像が重要なのは、入管側の調査報告にいくつも事実と異なる、或いは矮小化したような部分があり、その信頼性が問われており、上記の映像こそ真相究明のための重要な証拠だからだ。この映像を、複数の野党議員達が視聴しており、中でも、有田芳生参議院議員は、その内容をメモし、自身のSNSで公開している。それによれば、ウィシュマさんが亡くなった日の映像は以下のような状況だったという。
*有田議員のフェイスブックから部分的に転載。( )の中は有田議員の感想
3月6日以前のメモは別の記事で既に紹介したが(関連記事)、有田議員は一連の映像を閲覧しての感想として、「ウィシュマさんは、医療放棄、介護虐待の結果、生命を奪われました。緩慢なる殺人と言われても仕方がないでしょう」と述べている。
岸田首相は上述の国会質疑の中で「(ウィシュマさんの事件について)このような事案が二度と起こらないよう、法務省においてしっかりと取り組んでもらいたいと考えております」と答弁している。だが、法務省や入管に自浄能力がないことは、記録が残っている1998年以降、少なくとも20人以上の被収容者が、適切な医療を受けられなかったり、自殺したりと入管の収容施設内で死亡していることからも明らかだ。本当に入管行政の改善を考えているならば、まずは上述の名古屋入管内映像を、岸田首相も閲覧し、国際機関からの勧告や批判についても学びなおすべきだろう。
(了)