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テレビ時代劇の幅を広げた、永山瑛太×向井理『幕末相棒伝』

碓井広義メディア文化評論家
『幕末相棒伝』より

正月から、いいものを見せてもらいました。

3日に放送された、正月時代劇『幕末相棒伝』(NHK)です。

舞台は、大政奉還が迫った京都。様々な思惑が渦巻く中、将軍・徳川慶喜(渡辺大)が狙撃される、暗殺未遂事件が発生します。

老中・永井尚志(杉本哲太)から、犯人を探し出す密命を受けたのは、なんと坂本龍馬(永山瑛太)と新選組の土方歳三(向井理)でした。

しかも期限は、わずか2日間。

まず、因縁の2人が「バディ=相棒」となる、この発想が面白い。

原作は、五十嵐貴久さんの小説『相棒』(2008年刊)。

ただし、土橋章宏さん(『十三人の刺客』など)が手掛けた脚本は、かなりのアレンジが為されていました。

本来は敵対関係にある2人が、反発し合いながらも協力して、事件を解決する。

2日という期限で思い出すのが、往年のヒット映画『48時間』(1982年)です。実際、原作者の五十嵐さんも、この映画を下敷きにしたそうです。

野外労働をしていた囚人が、仲間の助けで脱走。

犯人に相棒を殺された刑事ジャック(ニック・ノルティ)は、服役中のレジー(エディ・マーフィ)に捜査協力を求めます。

とはいえ2人は水と油ですから、何度もぶつかる。その関係性は土方と龍馬にも移植されています。

両者の「対立」と「協調」の妙こそが、このドラマの見どころであり、物語の推進力となっていました。

しかも暗殺未遂事件の真相だけでなく、龍馬の死までが描かれていきます。

龍馬を殺害した人物と向き合った土方が、怒りを抑えながら言いました。

「お前が殺したのは、ただの男じゃない。お前が斬ったのは、日本の明日(あした)だ!」

いいセリフです。

原作には「てめえが殺したのは坂本じゃねえ。この国の明日だ」とありますが、この場面の“向井歳三”には、上記のセリフがぴったりでした。

近年の「NHK正月時代劇」は、20年が向井さん主演の『そろばん侍 風の市兵衛SP~天空の鷹~』。

21年は瑛太さんと中村七之助さんのダブル主演で、『ライジング若冲 天才 かく覚醒せり』。

それぞれ、力作でした。

ホップ、ステップ、ジャンプじゃありませんが、今回は、瑛太さんと向井さんの組み合わせが悪魔的に素晴らしい。

愛すべきノンシャランぶりと硬骨漢ぶりのメリハリが効いた、瑛太さんの坂本龍馬。

自分の信念に従って生き切ろうとする男の熱と憂愁を静かに演じた、向井さんの土方歳三。

どちらも、しばし忘れられない男になりました。

想像力で史実から跳躍した、意外性あふれるストーリー展開。

互いが刺激となり、ドラマならではの人物像を現出させた俳優陣。

深みのある色彩と陰影が美しい映像。

そしてキレのいい演出は、堀切園健太郎さん(『ハゲタカ』『外事警察』など)です。

テレビ時代劇の幅を広げてくれました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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