新潟の参加型「聖地創生」イベント15年の歴史に幕 主催者明かす続けることの難しさ
コスプレイベント、同人誌即売会、痛車展示会などなど、全国のいたるところで地方創生を企図した新たなイベントが展開されています。こうしたものは単発や数回だけで終わってしまうものも少なくない中、10年以上にわたって地域に定着している例もあります。
こうしたイベントで一風変わったものとして、「その地域を舞台にした物語を募集する」というものがあります。自分達が住むまちを舞台にした作品を誰かに書いてもらうことで、それを元にして「聖地巡礼」に繋げようとするものです。
地域の舞台作を募る取り組み
例えば脚本形式のものでは、北海道函館市で毎年開かれる函館港イルミナシオン映画祭の「シナリオ大賞」があります。小説ではより幅広く実施されており、例えば徳島をテーマにした全国公募の掌編小説コンクール「阿波しらさぎ文学賞」などがあります。
単に小説を公募するだけでなく、さらに深く踏み込んでいた取り組みもあります。「阿賀北ノベルジャム」です。これは新潟県の「阿賀北地域」と呼ばれる、阿賀野川以北を舞台にした作品を、「著者」と「編集者」と「デザイナー」がチームを作り、ゼロから小説を書き上げ編集・校正して表紙を付け「本」にして販売まで行うものです。
元々は2009年から続いていた、同地を舞台にした小説作品を募る「阿賀北ロマン賞」を20年より発展的にバージョンアップしたものです。主催は「阿賀北ロマン賞」から新発田市にある敬和学園大学。共催に新発田市・聖籠町が加わっています。学校法人が主体となり、自治体がそれを支えているのも特徴です。
20年に「阿賀北ロマン賞」から「阿賀北ノベルジャム」に変え、以来実行委員長を務めていた松本淳(まつもとあつし)さんはこう振り返ります。
「私は19年に敬和学園大に赴任したのですが、当時『阿賀北ロマン賞』の開催が10回を超え、応募者の顔ぶれや応募作品の傾向も年々同じようになってくる課題がありました。それで、賞そのものを止めるかどうか議論されていたことがあったんです。そこで、伝統的な地域文学賞の弱点を埋めるべく、『ノベルジャム』という形式のイベントを阿賀北でもやろうと思ったわけです」
文学賞の欠点を補う「ノベルジャム」
「ノベルジャム」とは、元々松本さんらが理事を務めていたNPO法人 HON.jpが17年から東京で不定期に主催しているイベントです。これまでの文学賞とは一線を画すべく、「著者」と「編集者」と「デザイナー」が一堂に集まってチームを作り、短期集中で小説を「本」にする取り組みです。「ジャム」というのはジャムセッション(即興演奏)に由来しています。
松本さんは、旧来の文学賞形式にはある課題があると言います。
「文学賞には、毎年のように応募する熱心な人が少なくありません。にもかかわらず、これまでの文学賞では受賞者以外の応募者に『ここを直したら良くなるよ』というフィードバックが十分に提供されてきませんでした。編集者とデザイナーとのチーム制にすることで、書き手の経験にも繋がりますし、その人の良さを最大限引き出すことができます」
一般的な文学賞では、受賞作品がそのまま書籍化され、作家デビューに繋がるものもあります。一方で、その人が商業作家として執筆活動を続ける上では、編集者の指摘も参考に原稿を直せる能力が不可欠です。これがミスマッチとなり、受賞作の出版だけで終わってしまう作家も少なくありません。「ノベルジャム」はこの問題の解消にも迫っていると言えるでしょう。
「さらに『阿賀北ロマン賞』のように地域を舞台にした賞では、内外のチームで創作活動経験を積むことで、双方で地域への理解や愛着も強まります。まさに『ノベルジャム』形式との相性が抜群だと考えたわけです。それが私が『阿賀北ロマン賞』を発展的に引き取るような形で、20年から『阿賀北ノベルジャム』に変えた理由です」(松本さん)
参加者の声は?
阿賀北ノベルジャムは、23年の開催で4回目を迎えました。実際に参加者の声はどうでしょうか。「阿賀北ノベルジャム2023」のグランプリに輝いた、千葉県市川市から参加した鹿嶌安路(かしまあんじ)さんはこう振り返ります。
「これまで地域をテーマにした文学賞を中心に応募していたのですが、阿賀北では『ノベルジャム』という新たな形式で、とても貴重な経験になりました。一般的な文学賞ですと、審査員の方々や他の参加者の顔が見えないわけですが、自分の立ち位置も知ることができ、とても勉強になりました。おかげで、今回グランプリが取れなければ作家の夢を諦める背水の陣で臨むことができました」
第4回では、執筆期間が23年10月から12月までの3ヶ月間にわたりました。この期間で、著者は企画・プロットから小説の完成まで制作します。今回は人間の編集者は置かず、代わりにChatGPTによる生成AIを活用しているのも特徴です。
松本さんによると、他にも今回実現できた取り組みがあったといいます。
「参加者から希望制で、阿賀北地域のうち、新発田市と聖籠町をバスで回ることができました。参加者は県外の方が多いのですが、地域の物語を書いてもらうのに、その見どころを紹介したかったのです。本当はずっとやりたかったのですが、第1回からコロナ禍に入ってしまい、4年目にしてやっと実現しました」
バスツアーでは、新発田市立歴史図書館の方と参加者との交流の機会を提供したり新潟有数の温泉地の月岡温泉、聖籠町立図書館などを見て回ったりしたといいます。
「鹿嶌さんもその参加者の一人でした。鹿嶌さんが今回書いた『黒羊羹』もこの時の取材がよく活かされていると思います。『黒羊羹』では新発田市のある意味、歴史の闇をよく描いてくれたと評価しています」(松本さん)
『黒羊羹』は幕末の戊辰戦争の北越戦争や会津戦争を舞台に描いた時代小説。戦闘の舞台となった、有力譜代大名である長岡藩や会津藩に対し、藩の立場を明確にできず、最終的に新政府軍についた外様大名の新発田藩の葛藤を描いています。主人公を実在の新発田藩家老・窪田平兵衛に据え、郷土史としては知られているものの、地元の人があまり触れようとしない歴史を白日の下に晒したレポート的な作品と言えます。
鹿嶌さんは、阿賀北ノベルジャムに参加して良かった点をこう話します。
「敬和学園大の学生さんをはじめとする地域の方々と交流できたことで、新発田の歴史が抱えた悲哀を見つけられました。そして編集者がついていたことで、こうした歴史を上手く物語として構成することができました。草稿やプロット組みのところで生成AIを活用できた発見も大きく、今後の作家人生に役立てていきたいと思います」
15年の歴史に幕
ところが、今回をもって阿賀北ノベルジャムは終了する予定です。前身の阿賀北ロマン賞から数えると、15年の歴史に幕を閉じる形になります。コロナ禍も明け、来年以降への布石も打てている中、なぜなのでしょうか。松本さんが明かします。
「私が4月から別の大学に移るためです。私がいなくなっても阿賀北ノベルジャムが続けられる体制を整えていたのですが、大学としてはやめるという判断となりました」
阿賀北ノベルジャムに限らず、地方創生の取り組みは属人性がどうしても高くなる傾向にあり、その中心人物がいなくなってしまうと急に頓挫してしまうことがあります。例えば「らき☆すた神輿」で知られ、1983年から続いていた埼玉県久喜市鷲宮のお祭り「土師(はじ)祭」も、祭りの中心人物が2018年1月に亡くなってしまったことで、その前年の17年の開催をもって現時点で最後となっています。
他にも、09年から徳島市で27回にわたって続き、8万人以上を動員していたアニメ・ゲームの総合エンタメイベント「マチ★アソビ」も、徳島県知事が交代したことで、24年の開催は中止となっています。
10年以上続いていたイベントでも継続することの難しさについて、松本さんもこう話します。
「私のような出版やITなどの実務経験があり、地域外の目線やセンスを持つ人間がいないと続けられないと判断されてしまった部分はあると思います。個人的には何らかの形で文芸による地域振興の火種を受け継いで欲しいところですが、仮にこれが続かなかったとしても、歴代の作品は地域の図書館で読み継がれます。過去の参加者達がこの土地に関わりを持った、いわゆる『関係人口』となって、また別の形でこの地域に何か一石を投じてくれないか……そんなことを期待していたりもしています」
松本さんは新潟、そして阿賀北ノベルジャムからは今回で離れてしまうものの、4月から関東に拠点を戻し、「ノベルジャム」のようなコンテンツによる地域振興の取り組みは今後も続けていく方針です。
10年以上にわたって続いており、一見地域に根付いているような取り組みでも、終わるのは一瞬と言えます。人口が減り続ける社会の中、特に地方でイベントを続けることの難しさを象徴しているとも言えそうです。
(クレジットのない写真は全て筆者撮影)