ナイキの「デジタルスニーカー」特許について
米ナイキがメタバース内で靴や衣服などの仮想商品を販売するための商標登録出願を行っていた件について先日書きました。
同社が、メタバース内での仮想商品販売を想定した特許についても権利化を進めているというBusiness Insiderの記事(有料)がありましたので、それらの特許の1つをご紹介します(Business Insiderの記事自体は有料なのでここでは引用しません)。
”CryptoKicks”と呼ばれるブロックチェーンを利用したデジタルスニーカーに関する特許です(”kicks”とは米国におけるスニーカーの俗語表現です)。いくつか、分割出願がありますが、ここでは最初に登録されたUS10505726をご紹介します。発明の名称は”System and method for providing cryptographically secured digital assets”(暗号化技術により保護されたデジタル資産を提供するシステムおよび方法)、実効出願日は2018年12月7日、登録日は2019年12月10日です。欧州・中国にファミリー出願がありますが、日本には出願されていないようです。
特許の話の前に、まずは、メタバースとブロックチェーン(およびNFT)の関係について考察してみましょう。メタバースの実現にブロックチェーンやNFTが不可欠であるかのような主張を行う人がいるようですが(ブロックチェーンやNFTに利害関係を持つ人でしょう)、そんなことはないと思います。実際、今日のメタバース的なシステムはブロックチェーンなどなくても何の問題もなく動いています。
ブロックチェーンやNFTのポイントは、特定の管理者なしに非中央集権型で登記簿的な情報(所有者と物品の対応付け)を管理できることにあります。メタバース自体が特定の企業(たとえば、Meta Platforms社)によって管理されているのであれば、その企業がデータベースなりなんなりで登記簿情報を管理すればすみます。
将来的に、特定の企業や組織に依存しない、非中央集権型のメタバース・システムが普及すれば、そこではブロックチェーンやNFTが重要な役割を果たすようになるでしょう(ちなみに、”decenterized metaverse”が「分散型メタバース」と訳されることがありますが、「非中央集権型メタバース」と訳すべきだと思います、「分散型」では”distributed”との区別が付きません)。しかし、非中央集権型のメタバース・システムを実現するのは現実的課題が山積みだと思います。要するに「運営」のいないメタバース・システムということなので、何らかのトラブルが発生したときにどう解決するのかといった本質的問題が残ります。
さて、このあたりの議論の詳細は別途書くとして、特許の話に戻ります。メタバース内かどうかに限らず、ネット上でデジタルな商品(その実体はプログラムや画像です)を販売する際には、コピーをどう防ぐかという問題があります。物理的な商品のように、供給を限定することで、プレミア化するのは困難です。
本特許のポイントは物理的商品(靴)を購入した時にそれに対応するデジタルアセット(たとえば、メタバース内でアバターが着用できる靴(デジタルスニーカー))を生成して、ブロックチェーンに登録し、流通を可能にすることです。物理的商品を買った人しかそのデジタルスニーカーを生成できないことからプレミア性が確保され、ブロックチェーンに登録することでコピーの真正性を保証できる(コピーは可能かもしれないが、不正コピーはブロックチェーンを見ればすぐわかる)ようにするというのがポイントです。
本特許の権利範囲は、物理的なスニーカーの販売と連動させて、デジタルスニーカーIDを生成し、ユーザーと対応付けてブロックチェーンに登録し、他人に譲渡する時にも取引履歴をブロックチェーンに登録する、というだけのかなり広範囲のものになっています。従属クレームではNFT的な要素も権利化されています。こういうシステムを検討中の方もいるのではないでしょうか?しかし、クレームを見ると対象の商品を靴のみにしているといった不可解な限定が見られます。別に、衣服、グッズ、フィギュア等々を含めてもよいと思うのですが(補正によって苦し紛れに限定したというわけでもなさそうです)。ということで、靴以外の商品で同じような仕組みを使いたい人は一応安心です(均等侵害とされる可能性、および、商品一般に上位概念化して分割出願が今後特許化される可能性はゼロではないですが)。
ここで、物理的スニーカーからデジタルスニーカーへの対応付けですが、スニーカーの箱のバーコードを読む、スニーカーに埋め込まれた無線タグを読む等の方法が開示されています(この部分には大したイノベーションはありません)。なお、実施例には、デジタルスニーカーどうしを「交配」させて新たなデジタル・スニーカーを作るといった興味深いものがありますが、それはこの特許の権利範囲には入っていません(今後、分割出願で権利化される可能性はあります)。
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