30万人を戦場に送り出せる「部分的動員」――プーチンを決断させた3つの理由
- プーチン大統領は予備役30万人を任務につかせる部分的動員を発令した。
- これは実効支配しているウクライナ東部を「手放さない」という暗黙のメッセージである。
- それと同時に、部分的動員の発令には、国内のナショナリストの不満を慰撫する目的も見受けられる。
プーチン大統領は9月21日、テレビ演説で予備役を軍務につかせる「部分的動員」を発令すると発表した。ロシア国防省によると、これによって約30万人の兵士が追加されることになるという。
ロシアがこうした動員をかけるのは、ソビエト連邦の時代の第二次世界大戦以来のことだ。
もっとも、大戦中の動員は成人男性すべてが対象の「総動員」だったのに対して、今回のものは招集の対象をあくまで予備役に限定した「部分的動員」だ。ロシア国防省によると、総動員の場合には2500万人が対象になり、今回の動員対象はその1%強に過ぎない。
それでも、この決定が緊張を高めたことは不思議でない。ウクライナ政府は「予測できたこと」と述べ、徹底抗戦の構えを崩さない姿勢を示している他、NATOをはじめ欧米各国も、部分的動員が対立のエスカレートを招くと批判している。
一方、ロシア国内では戦場に駆り出されることを恐れる市民により、抗議デモが各地で発生する一方、国外脱出を目指す動きも加速している。
ウクライナ侵攻後の2月末から、高学歴の若者ほどロシアから脱出する動きがみられた。しかし、部分的動員が発令された21日以降、対ロシア制裁に加わっておらず、ロシア人の入国が可能なブルガリアやセルビアなどへの片道航空券の価格が高騰していると報じられている。
部分的動員の背景 ①戦局悪化による追加派兵の必要
内外から批判や拒絶が高まることが目に見えていたなか、なぜプーチン政権は部分的動員に踏み切ったのか。そこには大きく三つの理由があげられる。
第一に、兵員を追加で派遣しなければならない必要に駆られていることだ。
先週、ロシアとの国境に近い、ウクライナ北東部のハルキウ州の大部分で、ロシア勢力は駆逐された。
さらに9月20日には、ロシアが実効支配していた東部ルハンシクの中心都市リシチャンシク郊外も、ウクライナ側が奪還した。
当初100万人近い兵員を国境に配備し、短期間でウクライナ全土を制圧しようとしたロシア軍だが、ウクライナ側の抵抗により、戦闘は長期化している。
とりわけロシアにとって重要度の高いウクライナ東部(後述)で、ウクライナ側が巻き返しを進めていることにより、ロシア軍は国境警備に当たっていた兵力を追加で侵攻させる必要に迫られている。それによって空白となる国境警備に当てるため、部分的動員によって予備役を招集したとみられる。
部分的動員の背景 ②「ウクライナ東部で譲歩しない」のメッセージ
第二に、「本気度」を海外にアピールすることだ。たとえ批判されても部分的動員を発令したとなると、それだけプーチンは本気だというメッセージを内外に発信することになる。
その焦点になるのが、ウクライナ東部のドンバス地方だ。
①にも関連するが、3月に首都キーウの攻略に失敗して以来、ロシアが「勝利」を叫ぶうえで最低限のラインは、この地域の確保になっている。この地にはもともとロシア系人が多く、2014年以降はウクライナからの分離独立を要求するロシア民族主義勢力によって実効支配され、これをプーチン政権が支援してきたからだ。
今年2月にウクライナ侵攻を開始する直前の3月21日、ロシア政府はこの地域で「独立」を宣言していたドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国を国家として承認していた。これは「ドネツクやルハンスクはウクライナの一部ではない」と認めたことになる。
そのウクライナ東部では9月23日から、ドネツクやルハンスクだけでなく、ヘルソン、サポリージャの4か所で、ロシアへの編入への賛否を問う住民投票が行われている。これらの地域はウクライナ全土の約15%を占める。
こうした住民投票は2014年のクリミア危機の際にも行われ、その結果をもってロシアはクリミアを事実上併合した。
これと同じことが繰り返されようとしているわけだが、その直前に部分的動員が発令されたことは、住民投票を批判するウクライナ政府や欧米に対して、あくまでこの地域を確保しようとする姿勢を打ち出すものといえる。
21日にテレビ演説で部分的動員を発表した際、プーチンは「欧米がロシアに対して‘核の脅し’ を仕掛けている」と述べ、「欧米に負けない強いリーダー」を改めて演出した。
部分的動員は欧米の圧力があってもあくまで東部を譲らないというメッセージを発する効果もあったといえる。
部分的動員の背景 ③強硬派からの突き上げ
そして第三に、国内の強硬派にも「ウクライナ侵攻で妥協しない」というメッセージを発することだ。
職業軍人以外を戦闘任務につかせる動員は内外の反発を招きやすく、先述のように、実際にウクライナ侵攻が始まって以来、若者を中心に国外脱出を目指す動きも加速していた。だからこそ、プーチン政権は動員令を否定し続けてきたといえる。
ただし、ロシア国内では戦争に反対する声がある一方、保守派を中心に、総動員を求める強硬意見すらある。こうした立場からは、動員を否定するプーチン政権の方針が「生ぬるい」とみなされてきた。
例えば、共産党党首ゲンナジー・ジュガーノフは大統領選挙に立候補した経験もあり、プーチンのライバルではあるが、ウクライナ侵攻に関しては全面的に賛成しており、むしろ「総動員を発令すべき」と主張している。
もともとプーチン政権は強い国家や伝統的価値観などを強調し、ナショナリズムを鼓舞することで支持基盤を固めてきた。そのプーチン政権にとって、ウクライナ東部で占領地が奪還されるなど戦局が思わしくないなか、これ以上動員を躊躇すれば、ナショナリストからの支持をも損なうことにもなりかねない。
かといって、総動員はコアな支持者や熱狂的なナショナリスト以外からの拒絶反応が強すぎる。予備役に限った部分的動員の発令は、こうしたジレンマのなかでの決定だったといえる。
いわばナショナリズムを鼓舞して支持基盤を拡張したプーチンは、逆にナショナリズムに絡め取られているといえるだろう。
そのため、ウクライナ東部を諦めないロシアの方針は、もはやプーチンの意図にかかわらず、これまで以上に強固になるとみてよい。ウクライナ侵攻はしばしば「プーチンの戦争」と呼ばれてきたが、たとえプーチンがいなくなったとしても、それですぐ終結するとはいえないのである。