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イスラエル兵の米女性射殺事件に苦慮するバイデン政権――人権侵害国家への軍事援助を禁じる法律のゆくえ

六辻彰二国際政治学者
【資料】ヨルダン川西岸へブロン近郊に立つイスラエル兵(2024.9.1)(写真:ロイター/アフロ)
  • 抗議デモに参加していたアメリカ人女性がイスラエル兵によって射殺された事件は、ヨルダン川西岸でのイスラエルによる人権侵害の氷山の一角といえる。
  • アメリカには人権侵害に加担する政府・軍への武器提供を禁じる法律があるが、同盟国イスラエルはその対象になってこなかった。
  • しかし、ガザ侵攻をきっかけにアメリカでも対イスラエル軍事援助見直しを求める声は徐々に大きくなっていて、今回の事件はこれを加速させる公算が高い。

アメリカ人女性の射殺

 ヨルダン川西岸の小都市ベイタで9月6日、アメリカとトルコの二重国籍者である女性アイセヌル・エジ・エイジ氏がイスラエル兵によって射殺された。

 エイジ氏は頭部を撃たれ、搬送先の病院で死亡が確認された。

 26歳のエイジ氏はパレスチナ支持団体、国際連帯運動とともにイスラエル批判のデモに参加していた。

 これに関してアメリカのブリンケン国務長官は「悲劇的な損失」とエイジ氏の死を悼み、「アメリカ市民の安全と保護を何より優先させる」と述べた。

 ただし、その一方で「イスラエル兵による射殺」とは断定せず、「詳しい調査が必要」と強調した。バイデン大統領の反応もほぼ同じで、同盟国イスラエルへの配慮がにじむものだった。

 これに対して、イスラエル軍は「詳しいことは調査中」としながらも、「デモ隊が兵士に投石するなどしたため発砲し、その結果外国人が死亡した」と発表した。イスラエルは「暴動に対応するため」という論理で、アメリカ人射殺を暗に認めたといえる。

 イスラエル軍の主張に対して、病院までエイジ氏と同行したイスラエル人のデモ参加者は英BBCの取材に「彼女が銃撃された場所は投石があった場所から離れていた」と証言している。

ヨルダン川西岸で何が発生しているか

 この事件はいわば起こるべくして起こったとも言える。ガザ侵攻をきっかけにイスラエル批判はアメリカでも高まっており、とりわけ若い世代にパレスチナ支持の動きは目立つ。

 その一方で、ガザほど注目されないものの、ヨルダン川西岸でも人権状況は深刻だ。

国連によると、イスラエル軍やイスラエル人入植者によって殺害されたヨルダン川西岸のパレスチナ人は今年上半期だけで228人にのぼり、16万戸が破壊された。

 ヨルダン川西岸は国連決議でパレスチナ人のものと定められているが、イスラエルによって実効支配されている。イスラエルは過剰なまでの取り締まりと破壊を「テロ対策」と正当化しているが、国際司法裁判所はこれが違法という判断を下している。

 しかし、イスラエルのスポンサーであるアメリカをはじめ先進国の多くはこの問題をほとんどスルーしてきた。

 エイジ氏に同行していたイスラエル人のデモ参加者はBBCに「この問題にスポットが当たるのは彼女がアメリカ人だから」とも述べている。

【資料】ヨルダン川西岸カリョウトで行われた、イスラエル兵に射殺された13歳のパレスチナ人少女の葬儀の参列者(2024.9.7)。ヨルダン川西岸ではイスラエル兵や入植者による暴力が常態化している。
【資料】ヨルダン川西岸カリョウトで行われた、イスラエル兵に射殺された13歳のパレスチナ人少女の葬儀の参列者(2024.9.7)。ヨルダン川西岸ではイスラエル兵や入植者による暴力が常態化している。写真:ロイター/アフロ

アメリカ製兵器による人権侵害

 エイジ氏射殺事件はアメリカの一つのダブルスタンダードを改めて浮き彫りにしたといえる。

 ヨルダン川西岸におけるイスラエル軍の活動に人権侵害が目立つことはアメリカ自身が認めている

 ところで、アメリカには対外支援法やリーヒ法など、深刻な人権侵害にかかわる政府や軍隊への軍事援助を禁じる法律がある。冷戦終結後のアメリカがアフリカの貧困国などに武器をほとんど供与しないのは、これが理由である。

 アメリカ製兵器が市民に向けて使用されることを防ぎ、ひいては相手国に自由と民主主義を尊重させる、という考え方はいいかもしれない。

 しかし、これらの法律はイスラエルには適用されてこなかった。米国務省は8月、イスラエル向けに35億ドルの追加の軍事援助を発表している。

 このタブルスタンダードは中東をはじめグローバルサウスから「偽善」と批判されてきたが、アメリカ国内でも見直しを求める声は上がってきた。

 米連邦議会上院では昨年12月、バーニー・サンダース議員がイスラエルへの武器支援が対外支援法に違反すると主張し、支援停止のための動議を提出したが、72対11で否決された。

武器支援の見直しは進むか

 こうした背景のもと、エイジ氏射殺事件はアメリカでイスラエル向け武器支援の見直しを求める声をさらに強くする可能性がある。

 ヨルダン川西岸ではこれまでもアメリカ人が犠牲になることがあった。例えば、2022年にはアメリカ市民権を持つ80歳の老人がイスラエル兵に拘束され、路上に放置されて死亡した。

 この際アメリカでは批判が噴出し、バイデン政権は武器支援停止を検討したものの、イスラエルの強い反発を受けて取りやめになった経緯がある。

 しかし、現在ではアメリカ国内の突上げがさらに強くなりやすい。

 ガザ侵攻に対する批判が強くなっていて、そのなかでアメリカのイスラエル支援に対する「ジェノサイドへの加担」という批判も珍しいものでなくなっているからだ。

ギャロップの調査によると、ガザにおけるイスラエル軍の活動を支持するアメリカ人は2023年11月の段階で50%だったが、2024年7月には42%にまで下落している。

 もっとも、軍事援助の全面停止は想定しにくく、たとえ着手したとしても、せいぜい部分的な縮小にとどまるとみた方がいいだろう。

 逆に、それさえできなければ、アメリカ国内でも批判はさらに強まるとみられる。

 その先行きは予断を許さないが、アメリカがこれまでになくイスラエルとの関係を問われていることだけは確かなのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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