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米国で「アイコス承認」の背景と影響を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
米国で販売されるIQOS 2.4 PLUSのホルダーとチャージャー(写真:ロイター/アフロ)

 日本の厚生労働省と消費者庁を合わせたような存在である米国FDA(食品医薬品局)が、加熱式タバコのアイコス(IQOS)のデバイスとヒートスティックの米国内での販売を認めると発表(※1)した。米国市場にアイコスは受け入れられるのだろうか。そして今回のFDAの決定の影響はどう出るのだろうか。

FDA長官人事が影響か

 2017年3月、アイコスを製造販売するフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)は、同製品の販売申請をFDAに提出した。同社の有害性低減の主張について、FDAの諮問委員会(Premarket Tobacco Product Applications、PMTA)が審理し、2018年1月、有害性は従来の紙巻きタバコより低いことは確かだが、アイコスの使用によってもタバコ関連疾患のリスクが下がるとはいえないとして同社の主張を却下している。

 つまり、アイコスの健康への害は、容量依存性ではないということだ。有害成分の低減は必ずしもリスクの低減を意味しない。その後、アイコスは米国内で販売できなかった。

 米国FDAの長官は、医師でもありベンチャー起業家としても成功した経歴を持ち、がんサバイバーでもあるスコット・ゴットリーブ(Scott Gottlieb)だった。ゴットリーブ長官は、タバコ規制に積極的で、電子タバコ規制やニコチン総量規制に動き、タバコ産業の主張に対して懐疑的だった。

 しかし、ゴットリーブ長官は辞意を表明し、すでにFDAを去っている。現在の長官代行(Acting Commissioner)は米国立がん研究所(NCI)の元所長、ノーマン・シャープレス(Norman E. Sharpless)だ。がん腫瘍の研究者としての実績が主で、シャープレスの公衆衛生の能力は未知数で、タバコ問題に本腰で取り組む姿勢はまだ見えない。

まずはアトランタで

 そんなシャープレスが長官代行に就任して約1ヶ月後、FDAは突如として限定的ながらアイコスを米国内で認めると発表した。2019年4月30日付けで承認されたのは、アイコスのデバイス(IQOS 2.4 PLUSのホルダーとチャージャー)、3種類のヒートスティック(マールボロ、マールボロ・スムースメンソール、マールボロ・フレッシュメンソール)となっており、デバイスのアイコス3とアイコスマルチは未承認だ。

 これにより、PMIと米国内でのタバコ製品の販売ライセンス契約を結ぶアルトリア・グループ(Altria Group)は、子会社のフィリップ・モリス・USA(PMUSA)を通じ、まずジョージア州アトランタでテスト販売を開始するとアナウンス(2019/05/05アクセス)している。そして、PMUSAは、迅速かつ効率的にアイコスの全米展開を進めていくだろうと表明した。

 FDAによれば、アイコスは安全だというわけではなく、FDA承認のお墨付きは出していないという。しかし、紙巻きタバコからよりリスクが低い製品に切り替える可能性があることに公衆衛生上の意味があると判断した。

 そして、未成年者がアイコスを喫煙することや広告展開の制限、健康への悪影響やニコチンの習慣性についてのパッケージ警告表示義務などに対し、公衆衛生当局として厳しく管理監督し、特に若年層へのアクセスについて監視し続けると述べている。

影響する電子タバコの蔓延

 しかし、アルトリア・グループは、米国でシェア7割という人気の電子タバコ(ニコチン添加)のジュール(JUUL、ニコチン5%、3%、1.5%)を製造販売する企業に対して出資し、実質的な傘下に取り込んでいる。ジュールは特に米国の高校生など若い世代に広がっており、FDAもニコチン依存症が広がり、それがゲートウエイになって紙巻きタバコなどの喫煙率が上がるのではないかと強い懸念を示してきた。

 FDAは、JUULなどの電子タバコに若い世代が引き寄せられることを防ぐ緩衝材としてアイコスを利用しようとしているのかもしれない。アルトリア・グループなどのタバコ産業は長く社会を欺いてきたが、それらを管理下・監視下におくことができるという自信をFDAは持ちつつあるのだろう。

 逆に、電子タバコ会社に対するコントロールに自信を失っているともいえる。電子タバコの広がりが公衆衛生上の大きな問題になっている米国の事情は日本と異なり、若い世代に受け入れられている電子タバコの存在が今回の判断に影響を与えたことは確かだ。より害の少ないほうへという苦渋の決断だが、FDAによるアイコス認可が遅れたため、電子タバコの蔓延を招いたという批判もある。

 また、加熱式タバコには、アイコスのライバル製品が数多くあるが、アイコス以外のグロー(glo)、プルーム・テック(Ploom TECH)、パルズ(PULZE)は未承認だ。これにより米国という巨大市場をしばらくの間、アイコスが独占することができる。

 同時に、アルトリア・グループとしては、ジュールとアイコスの共食いに注意を払わなくてはならないだろう。ひょっとするとFDAは、アルトリア・グループと何らかの交渉を経て、アイコス承認とのバーターでニコチン総量規制へ動く足がかりを得ているのかもしれない。

 また、電子タバコや加熱式タバコの喫煙者は、紙巻きタバコとの二重使用者になる傾向があるが、FDAはアイコスを利用し、電子タバコとアイコスの二重使用へ誘導できると考えている可能性もある。そうすれば、紙巻きタバコへ戻る危険性を減らし、より害の少ない2種類の新型タバコの二重使用に収まるからだ。

 しかし、ゴットリーブ元長官がいたら今回の決定はなかったかもしれない。明らかにFDAの姿勢が変わったといえ、この流れが続けばいずれは他社の加熱式タバコ製品も認可されるだろう。ただ、すでに電子タバコの洗礼を受けている米国の喫煙者にアイコスが受け入れられるかどうかはわからない。

 いずれにせよ、FDAの権限が強い米国でアイコスが販売されるということは、タバコ規制と公衆衛生にとって重要な事件だ。米国との経済戦争が複雑にからみ、中国という巨大市場に加熱式タバコが進出する契機になるかもしれず、タバコ産業は息を吹き返すことになるだろう。

※1:FDA, "FDA permits sale of IQOS Tobacco Heating System through premarket tobacco product application pathway." FDA News Release, April 30, 2019(2019/05/05アクセス)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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