米国「FDA長官辞任」は日本の「タバコ対策」に影響を及ぼしかねない
米国でタバコ規制に乗り出していたFDA(食品医薬品局)の長官が辞任する。公衆衛生当局であるFDAの影響力は強い。電子タバコが若い世代に急速に広まりつつある中、FDAはタバコ産業と対峙し続けてきた。この突然のトップ辞任の波紋は大きい。
がんサバイバーの医師、ゴットリーブ
米国のワシントンポスト紙は、スコット・ゴットリーブ(Scott Gottlieb)米FDA長官がこの1ヶ月以内に辞任すると報じた。ゴットリーブは医師であり、ベンチャー起業家としての成功者であり、あくまで患者目線で働いた過去のFDAでの成果も高く評価されている人物だ。
辞任の理由は、家族と過ごすプライベートの時間を増やしたいということのようだ。ゴットリーブは悪性リンパ腫(ホジキンリンパ腫、Hodgkin lymphoma)に打ち勝った生還者だが、ひょっとすると健康上の問題も考えられる。
トランプ米大統領は2017年5月にゴットリーブをFDA長官に指名したが、その後の彼の仕事ぶりは献身的で超人的なものだった。特に医療政策と公衆衛生に対する知見は深く、がんの先進的研究や医療費の削減などを推し進めるとともに、オピオイド(米国で蔓延する鎮痛剤)の社会的な影響を弱め、タバコ対策、特にニコチンの総量規制に動く。
2017年7月28日、ゴットリーブとFDAは、タバコ関連疾患を低減させるための規制計画を発表し、タバコ製品に含まれるニコチンの割合を依存性がなくなるレベルまで引き下げなければならないとした。この発表後、各タバコ会社の株価が下がったが、その前から米国ではタバコの葉を使わず、電気で加熱したリキッドをニコチンと一緒に吸い込む電子タバコが若い世代を中心に広まりつつあった。
ニコチンの規制計画の中では、タバコ会社や電子タバコ会社に対し、ニコチンの量を減らすための時間的な猶予を与えている。例えば、2016年8月時点で新たに規制されたタバコ製品の審査申請提出期限を2021年以降に延長するというように、段階的な過程を経てニコチンの量を減らしていくという内容だ。
FDAのタバコ対策に影響が
FDAはタバコ製品の規制当局として大きな権限を持つが、ゴットリーブはニコチンの依存性こそが問題ということに早くから気付いていたようだ。それはタバコの葉を使うタバコ製品のみならず、ニコチンが添加された電子タバコでも同様であり、ゴットリーブは蔓延しつつある電子タバコの規制に動く。
2018年9月、FDAは電子タバコを製造販売している5社に対し、青少年に対する電子タバコ製品の使用を防ぐための具体的な対策案を示すように伝え、それに従わない場合、2017年7月のニコチン規制計画を前倒しにし、猶予期間をなくすこともあり得ると警告した。
さらにFDAはタバコ製品に添加されているメンソール規制にも乗り出す。すでに、メンソールに未成年者の喫煙を助長し、ニコチンの依存性を高める作用があることはわかっていた。そのため、カナダのオンタリオ州はすでにメンソール・タバコの販売を禁止している。
タバコ製品にはメンソール以外にも多種多様な香料が添加され、複合的な影響はまだはっきりわかっていない。FDAは、メンソール以外のフレーバーを添加した電子タバコの規制強化も打ち出したが、電子タバコのメンソール添加は容認している。つまり、ニコチンの本質をよく知っているゴットリーブは、紙巻きタバコに含まれるメンソールこそメイン・ターゲットと考えたようだ。
こうした方針に対し、タバコ規制のより一層の強化を求める団体などから批判が起きる。強い権限を持つFDAと深い知見を備えたゴットリーブだが、実際のところ、こうした複雑な背景を持つタバコ問題に手を焼いていたのかもしれない。FDAにおける彼の仕事は道半ばといえるが、そうした厄介な状況も負担になっていた可能性がある。
先日、米国内でマールボロなどを製造販売するアルトリアが、電子タバコの人気製品JUULを出している企業の株式を買収して傘下に置いた。フィリップ・モリス・USAは、米国でのアイコス(IQOS)の販売認可をFDAに求め続けている。
こうした状況の中、ニコチンと電子タバコの規制というFDAの基本方針は変わらないまでも、トランプ米大統領の信任も厚かったゴットリーブという求心力を失うことで米国のタバコ対策が迷走する危険性もある。そうなれば、タバコ産業が巻き返しに出るかもしれず、ようやくタバコ対策が軌道に乗りつつある日本への影響も少なくない。