【姫路発 防災豆知識】約330年前から続くコメ不足を防ぐ食の防災|神河町「新野の水車」を取材
ここのところ「令和の米騒動」と呼ばれるほど、米不足が深刻になっていますよね。
理由は去年の猛暑が原因で不作になり、流通量が減少したこと。加えてインバウンドにて、コメの消費量が増えたことなどが挙げられています。
このような天候によるコメ不足は昔から発生しており、先人たちはいかにコメ不足を防ぐか、知恵を巡らせていたのです。
今回は、約330年前から神河町新野に現存する、水車による食の防災を取材してきました。
神河町は姫路城から約30km|兵庫県の中央に位置する中山間地域
神河町は兵庫県の中央に位置する中山間地域であり、姫路城から約30kmの場所にあります。
町の地形から「ハート型のまち」と、PRしているのが特徴。昔から稲作は盛んで、2020年の農林センサスデータでは、194の経営体が今でも水稲によるコメを生産しています。
新野の水車は約330年前から続く食の防災アイテム
今でも多くの農家がコメを生産していますが、平らな場所ばかりではありません。
水路よりも高い場所に広い土地があっても、水を引くことができなければコメ作りは不可能です。
また、一時的に水を引くことができても、水稲は常に水に浸かっている期間が必要なため、水を供給し続けることが重要です。
そこで先人たちが考え出したのが、水車による水路からの水の供給でした!
約330年前の1693年(元禄6年)から考案され、今でもそのシステムは稼働しており、コメ作りを支えています。
水路よりも高い位置の田んぼに、水を供給する天然のシステム
これは、新野の水車の仕組みを、簡単に解説した画像です。
水路より高い位置にある土地を「田んぼ」として利用するため、水車を利用して水をくみ上げる天然のポンプを開発したのです。
このシステムの重要な動力は水路に流れる豊富な水にあり、不思議にこの水路の水は枯れないのだとか。
先人たちはこのような自然のメリットも見逃すことなく、コメを量産できるシステムを作り上げていたのです。
さらに、この水車のメリットは水をくみ上げるだけではありません。全国的に珍しい竹枠式の構造で非常に軽く、乾けば2人で運ぶことも可能。
冬は雪が降り積もる地域なので、取り外しが可能になる構造まで計算されていたとは驚きです。
きっとみなさんの地域にも昔からの水路や水道橋など、先人たちが残した防災アイテムが存在しているはず。
車で通るだけでは見逃してしまう風景を、ゆっくり見直してみてはいかがでしょう。意外にも「おっ、こんな工夫があったのか!」と、驚くアイテムが見つかるかもしれませんよ。