Yahoo!ニュース

新型コロナとワクチンの「男性不妊症」との関係

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 世界中を席巻している新型コロナウイルス感染症は、我々に様々な影響を及ぼしているが妊娠(生殖)についても諸説ある。感染者に男性の不妊症が増えるのではないかという研究も多いが、実際はどうなのだろう。これまでの研究から新型コロナとワクチンによる男性不妊症について探る(この記事は2023/07/04時点の情報に基づいて書いています)。

発熱すると精子の形成に障害が

 最初に結論から述べるとこれまでの研究によれば、新型コロナに感染した男性は、テストステロン値が極度に低くなったり、症状が出ている間に精子の数が減るなどの影響があるがそれは短期的なもので、症状が改善し、回復するにつれてこれらの影響は急速になくなると考えられている。また、新型コロナは性行為では感染せず、ワクチンにも男女ともに悪影響はないという。

 新型コロナではこれまで感染は男女の性差はないが、重症化や死亡などは男性のほうに多いとされてきた。オミクロン流行時は少し変わってきているようだが、これはウイルスが細胞へ入り込むメカニズムに対して女性のほうが防御的であり、エストロゲン、テストステロンといった男女で異なったホルモンの影響もあり、また社会的に活動的な男性のほうが感染しやすく、多くの国で男性のほうが重症化因子である喫煙率が高いことなどがあるからと考えられている(※1)。

 もともと男性の生殖器、特に精巣は高温に弱く、温度が上がると精子の形成に障害が出る。精巣の入った睾丸が体外に出ていたり、表面に放熱のためのヒダヒダがあるのもそのせいで、精子の形成には精巣の厳密な温度管理が必要と考えられている(※2)。

 そのため、インフルエンザや肺炎などの高熱を発する病気にかかると精巣がダメージを受け、短期的に精子の数は減少する(※3)。新型コロナの症状には多種多様なものがあるが、発熱は一般的で特に38度以上の高熱が続くこともあり、パンデミックの早い時期から男性の生殖機能への悪影響が危惧されてきた(※4)。

これまでの症例報告など

 また、新型コロナの感染による男性のテストステロン値の急激な低下が重症化を予見する指標になるのではないかという研究(※5)、こうしたテストステロン値の低下による勃起不全(ED)症状なども注目を集めてきた(※6)。

 こうした中には、新型コロナに感染し、中程度の症状にかかった55歳の男性で短期的な無精子症になり、回復するにつれて無精子症の症状が急速に改善したという症例報告(※7)、新型コロナに感染して回復した80人のイタリア人男性を調べたところ、発熱などによる短期的な精子の損傷を生じることがわかったが、長くても3カ月後には元に戻ったという比較対照研究(※8)、新型コロナに感染して軽度から中度の症状にかかった100人のエジプト人男性を調べたところ、約3割の男性に感染中の精子の質の劣化がみられたが回復後にその割合が急速に減ったという研究(※9)などがある。

短期的な障害にとどまる

 新型コロナ感染と男性不妊症の関係について多くの研究が出てくるようになってからは、複数の研究を比較し、統合的にまとめるシステマティックレビューやメタ分析などによる論文も出てきて、この問題について一定程度の結論が出るようになっている。

 2020年1月1日から2021年8月31日の間に出版された35の関連研究を比較したイタリアの研究グループによるまとめによると、新型コロナの感染は短期的に精子の形成とテストステロン値に障害を及ぼす危険性があるが長期的な影響はわからないとし、発症後の急激なテストステロン値の低下が重症化や死亡リスクと関係していることがわかったという。また、mRNAワクチンによる精子の質への影響はなかった(※10)。

 また、2022年1月22日までに出版された13の関連研究を比較した中国の貴州医科大学病院の研究グループによるまとめによると、無症状や軽度の新型コロナ感染後、発熱により精子に悪影響が出るがそれは短期的なもの(約70日以内)であり、これらの研究では精子の中にウイルスは発見されなかったが、ウイルスの変異によって異なった影響が出てくる危険性があるとしている(※11)。

 新型コロナ感染とワクチンに関しては女性についても国際的な研究グループによる最新のレビューが出ている(※12)。それによれば、新型コロナ感染は女性の生殖機能へ特に悪影響は及ぼさず、ワクチンの有害性は確認されていないものの今後の調査研究が必要としている。

 新型コロナ感染と精子形成の障害などによる男性不妊症のメカニズムについては、発熱に加え、感染によるサイトカイン暴走、酸化ストレスなどが影響を及ぼしているとされ、特に短期的な障害があるので注意が必要だ(※13)。

 以上をまとめると、特に新型コロナに感染して無症状や軽症、中等症の場合、男性の生殖機能には大きな障害は残らないが、短期的にはテストステロン値の低下による勃起不全(ED)、無精子症、精子の質の低下などの悪影響が出ることもある。そのため、研究者らは症状が完全に改善した後に子作りをするように推奨している。また、ワクチンによる男性の生殖機能への悪影響は、これまでのところ確認されていない(※14)。

※1:Jarin Taslem Mourosi, et al., "The sex and gender dimensions of COVID-19: A narrative review of the potential underlying factors" Infection, Genetics and Evolution, Vol.103, September, 2022

※2:Kodai Hirano, et al., "Temperature sensitivity of DNA double-strand break repair underpins heat-induced meiotic failure in mouse spermatogenesis" Communications Biology, 5, Article number: 504, 26, May, 2022

※3:Martin Sergerie, et al., "High risk of temporary alteration of semen parameters after recent acute febrile illness" Fertility and Sterility, Vol.88, Issue4, 970.e1-970.e7, October, 2007

※4-1:Amir Vahedian-Azimi, et al., "Does SARS-CoV-2 Threaten Male Fertility?" Clinical, Biological and Molecular Aspects of COVID-19, 139-146, 4, March, 2021

※4-2:M Gacci, et al., "Semen impairment and occurrence of SARS-CoV-2 virus in semen after recovery from COVID-19" human reproduction, Vol.36, Issue6, 1520-1529, June, 2021

※4-3:Mohamed Hadi Mohamed Abdelhamid, et al., "An Assessment of Men Semen Alterations in SARS-CoV-2: Is Fever the Principal Concern?" Reproductive Sciences, Vol.30, 72-80, 22, February, 2022

※5:Andrea Salonia, et al., "Severely low testosterone in males with COVID-19: A case-control study" ANDROLOGY, Vol.9, Issue4, 1043-1052, July, 2021

※6-1:Mehmet Kaynar, et al., "Tip of the iceberg: erectile dysfunction and COVID-19" international journal of impotence research, Vol.34, 152-157, 12, February, 2022

※6-2:Hayder M. Al-kuraishy, et al., "Long COVID and risk of erectile dysfunction in recovered patients from mild to moderate COVID-19" scientific reports, 13, Article number: 5977, 12, April, 2023

※7:Parviz Gharagozioo, et al., "Rapid impact of COVID-19 infection on semen quality: a case report" Translational Andrology, and Urology, Vol.11(1), 110-115, January, 2022

※8:D. Paoli, et al., "Male reproductive health after 3 months from SARS-CoV-2 infection: a multicentric study" Journal of Endocrinological Investigation, Vol.46, 89-101, 9, August, 2022

※9:Nasreldin Mohammed, et al., "Semen quality changes during infection and recovery phases of mild-to-moderate COVID-19 in reproductive-aged patients: a prospective case series" Basic and Clinical Andrology, 33, Article number: 2, 19, January, 2023

※10:G. Corona, et al., "Andrological effects of SARS-CoV-2 infection: a systematic review and meta-analysis" Journal of Endocrinological Investigation, Vol.45, 2207-2219, 9, May, 2022

※11:Bang-Wei Che, et al., "Effects of mild/asymptomatic COVID-19 on semen parameters and sex-related hormone levels in men: a systematic review and meta-analysis" Asian Journal of Andrology, Vol.25(3), 382-388, May-June, 2023

※12:Taiyang Leng, et al., "Effect of COVID-19 on sperm parameters: pathologic alterations and underlying mechanisms" Journal of Assisted Reproduction and Genetics, doi.org/10.1007/s10815-023-02795-y, 28, April, 2023

※13:Soheila Pourmasumi, et al., "Effects of COVID-19 Infection and Vaccination on the Female Reproductive System: A Narrative Review" BALKAN MEDICAL JOURNAL, Vol.40(3), 153-164, May, 2023

※14:Ohara Yasuhiro, et al., "Effect of BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine on sperm morphokinetics and DNA integrity: A prospective observational study in Japan" Asian Pacific Journal of Reproduction, Vol.12(2), 58-63, March, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事