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シンポジウム「サッカー・ヘディングの指導で、関連事故から子どもを守る」開催報告

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
シンポジウムのポスター(筆者撮影)

 2021年5月13日、JFA(Japan Football Association:日本サッカー協会)が、育成世代のヘディングの練習に関するガイドラインを発表した。

 それに先立ち、2021年3月27日、NPO法人 Safe Kids Japanは、一般社団法人 日本スポーツ法支援・研究センター他とともに、「これで防げる 学校体育・スポーツ事故ーサッカー・ヘディングの指導で、関連事故から子どもを守るー」と題するシンポジウムを開催した。Safe Kids Japanは、2017年1月に発生したハンドボールのゴールの転倒による子どもの事故死をきっかけとして、日本スポーツ法支援・研究センター他とともに、主に学校で起こるスポーツ関連の事故による傷害を予防するため、「これで防げる 学校体育・スポーツ事故」と題するシンポジウムを4回行ってきたが、今回はシリーズ5回目となる。

・2017年8月「これで防げる 学校体育・スポーツ事故

・2018年3月「これで防げる 野球練習中の事故 〜知っていますか? ケガのない野球指導〜

・2018年6月「これで防げる 学校体育・スポーツ事故ー繰り返されるプール事故から子どもを守るー」、「また起きた!プールでの『溺れ』

・2019年8月「 これで防げる 学校体育・スポーツ事故〜繰り返される跳び箱事故から子どもを守るー」

 近年、欧米から、小・中学生のサッカーのヘディングに関するガイドラインが出されている。シンポジウムを開催した3月時点では、わが国には小・中学生のヘディングについてのガイドラインはなく、教員の方は現場での指導で戸惑っておられるのではないかと考え、今回は「サッカーのヘディング」について検討してみようということになった。

 2020年1月から検討を重ね、その結果を、2021年3月27日にオンラインでのシンポジウムで発表した。ヘディングによる脳への障害を明確に示す科学的なデータがない中での検討はたいへん困難であった。しかし、日々、子どもたちはサッカーをしており、現時点での方針を示さねばならないと考え、「ヘディング指導に関する3つの提言」としてまとめた。発表いただいた方々は、各自、他で詳細な報告をされるので、ここでは3つの提言を中心に紹介することとした。

欧米の状況についてのニュース

 「ヘディングが発達中の子どもの脳に悪影響を与える可能性がある」として、イングランド・サッカー協会が11歳までの子どもの練習中のヘディング禁止を打ち出したのは2020年3月のことだ。

 一方、アメリカ・サッカー協会ではそれより早く、2015年11月に「10歳以下の子どものヘディング禁止」を発表している。

 イギリスでは、イングランド代表も務めたジェフ・アストル氏が2002年に59歳で亡くなったことを受け、グラスゴー大学が研究を行った結果、「プロのサッカー選手は、平均人口よりも認知症で死亡する可能性が約3.5倍高い」ことが示された。また、アメリカでは2015年、ひとりの少年がヘディングにより重大な障害を負ったとして、少年の保護者らがルール改正等を求めて集団訴訟を起こした。裁判所は「具体的な証拠が提出されていない」として訴えを斥けたが、この訴訟をきっかけに専門医を中心とした検討が行われ、子どもを対象とした「プレイヤー安全キャンペーン」が発表される等、ヘディングに関する新たな規定が作られた。

今回行った調査・研究

シンポジウムの開催に向け、次のような調査・研究が行われた。

1)小・中学校の教員を対象としたアンケート

 公益財団法人 日本中学校体育連盟の協力の元、全国の小・中学校の先生方にアンケートを依頼、小学校127校、中学校411校、中学校サッカー部314校から回答を得た。

2)日本スポーツ振興センターの災害共済給付データの分析

 2018年度の日本スポーツ振興センター災害共済給付のデータから、「サッカー」「ヘディング」をキーワードにして事例を抽出し、分析した。

3)ヘディングをめぐる諸外国での取り組みに関する調査

 アメリカ、イギリス等におけるヘディング禁止の流れや、UEFA(Union of European Football Associations:欧州サッカー連盟)のガイドライン等について調査を行った。

4)安全なヘディングの指導方法についての検討

 子どもが獲得するべきヘディングに必要な運動機能の指導方法について分析し、検討した。また、指導のポイントや、サッカーをはじめとするスポーツ全般を安全に行うための身体づくりについても検討を行った。

5)過去の裁判例調査

 学校・体育スポーツ関連の裁判例の調査を行った。

シンポジウムでの発表

 上記の調査、分析を経て、シンポジウム当日は次のような発表が行われた。それぞれの詳細な内容については、後日Safe Kids Japanのウェブサイトに掲載する予定であるので、ここでは発表のタイトルと関連画像のみ紹介しておきたい。

1)サッカー中のヘディングに関する傷害について-日本スポーツ振興センターのデータ分析・頭部シミュレーション結果から

 発表者:北村 光司氏(産業技術総合研究所 主任研究員、Safe Kids Japan 理事)

当日の発表資料から。北村 光司氏作成。
当日の発表資料から。北村 光司氏作成。

2)海外におけるヘディング規制の背景と最近の動向について

 発表者:石堂 典秀氏(中京大学 教授)

当日の発表資料から。石堂 典秀氏作成。
当日の発表資料から。石堂 典秀氏作成。

3)小・中学校の授業およびサッカー部におけるヘディングに関する調査結果

 発表者:菊山 直幸氏(日本中学校体育連盟 参与)

当日の発表資料から。菊山 直幸氏作成。
当日の発表資料から。菊山 直幸氏作成。

4)学校スポーツ・体育における裁判例

 発表者:金刺 廣長氏、柳川 豊氏(愛知県弁護士会)

5)安全なヘディングの指導方法について

 発表者:北田 利弘氏(竹川病院 理学療法士)

当日の発表資料から。北田 利弘氏作成。
当日の発表資料から。北田 利弘氏作成。

3つの提言

 今回は「ヘディング」という難しいテーマに挑戦し、提言をまとめる作業は難航したが、現時点で明らかになっている事実を踏まえ、子ども達が安全にヘディングを行うための提言として発表した。

当日の発表資料から。筆者撮影。
当日の発表資料から。筆者撮影。

ヘディング指導に関する3つの提言

1)最新の知見に基づく「危険」を学ぶ

過去の事故事例や裁判例、諸外国の動向などから、ヘディングに関して「何が危険か」を学ぶことで、安全なプレーを意識する。

2)未発達なジュニア期には必要に応じて制限をする

子どもの身体及び判断能力の発達・発育度、ヘディングの習熟度(練習の有無)に応じて、「ヘディングをさせない」という指導も必要である。

3)子どもの発育・発達に応じた基礎体力を高める

ヘディングを行う以上は、ヘディングのための練習を行うべきであると同時に、ヘディングに耐えうるだけの基礎体力と頚部・体幹を作るトレーニングも必要である。

おわりに

 今回のシンポジウムの開催は、海外の動向がきっかけであったが、学校の先生方へのアンケート、および日本スポーツ振興センターの災害共済給付のデータから、日本国内の、主に学校現場におけるヘディングの状況について概要を知ることができた。また、将来的にはヘディングを禁止することも視野に入れつつ、ヘディングをサッカーのひとつの技術として尊重し、指導法によって安全にヘディングを行うための方策についても示すことができた。

 本来であれば、このような調査・研究は、文科省やスポーツ庁、JFA等、公的機関が行うべきであると考えているが、子ども達の安全という喫緊の課題であることから、今回はわれわれが自発的に行った。関わった全員がボランティアであることから、調査の規模も自ずと限られたものとなったが、それでも一定の成果を示すことができたと考えている。 

 学校の先生方を対象としたアンケートでも、「ガイドラインを示してほしい」という要望が散見された。上述したとおり、筆者らは「ヘディング指導の3つの提言」として指導内容のおおまかな方針を示したが、今回、JFAから、子どもの年代によって段階的に「現状」および「指針」が示され、合わせて具体的な練習内容の例も示されたことは評価したい。報道によると、ガイドラインは近日中にJFAのホームページに掲載されるとのことなので、小・中学校の先生方や地域のサッカー教室等の指導者、保護者の皆さんにはぜひ参照していただきたいと考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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