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悪魔のようなパワハラ上司に、締め上げられ葛藤する幕末の”今どき若者”『斬、』

渥美志保映画ライター

今回は塚本晋也監督の最新作『斬、』を、監督のコメントを挟みながらご紹介します。主演は池松壮亮さん、蒼井優さんの実力派のおふたり。塚本作品にはちょっと珍しいスターの顔合わせですが、お二人は揃って塚本作品の大ファンなんだとか。

作品は幕末の小さな農村で起こった騒動の顛末を描いていて、お二人の渾身の演技と、一触即発な空気に、ぐいぐい引き込まれるものになっています。以前にアップした塚本さんの前作『野火」との関連もあるので、よろしければこちらも併せてお読みくださいませ!

ということでまずはこちらをどうぞ。

まずは物語。舞台は幕末。脱藩浪人で凄腕の剣士である杢之進は、とある農村で農作業の手伝いをしながら、江戸・京都に出るタイミングを待っています。そんな中、江戸に向かう剣豪・澤村が村に立ち寄り、杢之進の腕を見込んで「ともに江戸へ、そして京都へ」と誘います。ところが、いざ、というその朝に、杢之進は発熱し昏倒、旅立ちの日程は数日間延期に。折も折、村の周辺にたむろしていた怪しいならず者たちとの間にトラブルが起こり、村人たちは二人の武士に彼らを退治してほしいと望むようになってゆきます。

さて。この映画では人物のキャラクター設定がすごく効いていると思いますので、そのあたりから解説してゆきましょう。

まずは主人公の杢之進。上記のような事態で、このキャラクターに持ちあがる問題は、「よくよく考えてみたら、俺、人を殺すのめっちゃ怖い」と思い始めることです。他でインタビューした池松さん曰く、杢之進は“幕末に迷い込んだ、今どきの若者”なんですね。

塚本晋也監督(以下、塚本監督)「普通なら江戸や京都に行って大活躍する流れですが、ここで一気に話が変わりますよね。浪人と言えども武士である杢之進は、“大義のためなら相手を斬ることもいとわない”と頭では理解しているし、そのつもりで剣の腕も磨いてきたわけです。でもその一方で、刀を見つめながら“なんで人を殺さなきゃいけないんだろう”と考え続けてもいて、それが、ここぞ!という時に身体の拒絶反応として出てしまう。立ち上がった瞬間にひざカックンをくらったみたいにズッコケて、ちょっと冷静になってしまうんです」

池松壮亮演じる杢之進とゆう。左はゆうの弟・市助。
池松壮亮演じる杢之進とゆう。左はゆうの弟・市助。

ここに絡んでくるのが、蒼井優演じる村の娘・ゆうです。人を殺す武士である杢之進と、杢之進に感化され血をたぎらせる弟・市助を、嫌悪を含んだ冷めた視線で見ている彼女は、その一方で杢之進に思いを寄せてもいます。

ところが。騒動による恐怖と怒りが村に充満してゆく中で、腰が引ける杢之進を「あんたそれでも武士?!何のために刀持ってんのよ!」とけしかけるようになってゆきます。「武士」を「男」に変えてみると……ありがちな女子って気がしなくもありません。

塚本監督「ゆうは最も“一般大衆”に近いキャラクターだと思います。愛する人が死ぬかもしれない戦いに出るとなれば悲しみ恐れるのですが、目の前に“恐ろし気な敵”が現れれば「誰かやっつけて!」と思い、その戦いに勝利すれば快哉を叫んだりする。実際の現場で起きていることの陰惨さや、そこから始まる暴力の連鎖をイメージできず、彼らが気づく頃には、暴力は完全にはびこってしまっているんですよね」

そして塚本晋也監督自ら演じる剣豪・澤村は。この人を何と呼ぶか、人それぞれの感じ方で別れるところかもしれません。私が表現するなら「超絶パワハラ上司」。いわゆる時代劇に登場する冷徹な剣豪である澤村は、ズバッと一閃で人を斬り殺す剣の腕を持ち、その腕前をもって、動乱の時代で「大義」を成そうと考えている男です。

なんとなく「七人の侍」の志村喬風に登場して、どんどんどす黒くなっていく澤村(左)
なんとなく「七人の侍」の志村喬風に登場して、どんどんどす黒くなっていく澤村(左)

塚本監督「澤村に関しては、脚本を書いている最中はそこまでひどい人物とは思わなかったんです。“仲間の仇を討つ”というのは時代劇によくある剣豪の行動パターンですし、むしろ好ましいと思われるのではと想像していました――が、映画の中では本当に悪魔のような存在になっていましたね。もちろん、そうしたヒーロー像にだんだん懐疑的なものを覚え始めるというのは頭にありましたが、あそこまで恐ろしい人間になるとは思っていませんでした」

この男の何が悪魔的って、「あの人たち“ならず者”っぽくみえるけど、話してみたら意外といい人で」とか言う杢之進を、「仲間がやられてるのに、そんなぬるいこと言って、お前腰抜けか!ここで斬らないで大義がなせるか!」とギュウギュウに絞り上げ、「斬れ!斬れ!」と追い詰めて渦中に放り込み、「お前がやらないからこうなった」と責めさいなみ、彼の目の前で殺戮の限りを見せつけるという、こんな上司がいたら絶対に精神が壊れるなと思いますが――ここまでの命のやり取りはないものの、いますよね~、実際今の時代にも「ミニ澤村」みたいな人って。

要するにこうしたパワハラを是とする、やくざとか軍隊みたいな精神性は、途切れることなく脈々と受け継がれ、太平洋戦争の時代を経て、現代に繋がっているんですね。この作品のオープニング、刀を打つ「炎」のアップが、太平洋戦争の悲惨を描いた塚本さんの前作『野火」のラストシーンの「炎」と同じであることは、決して偶然ではありません。

どうにか人を斬らずに済む方法はないもんかと葛藤する杢之進と、けしかけるゆう。
どうにか人を斬らずに済む方法はないもんかと葛藤する杢之進と、けしかけるゆう。

塚本監督「この作品は『野火」と直結しているという意識を強いです。時代的には『斬、』の後に『野火」が来るのですが、遡りながら連環していくというか。『斬、』というタイトルの「、」は、斬って、それからどうなる?という投げかけの意味があります。『斬、』の杢之進は「なにも考えずに生きられたら、葛藤せずに生きられたら楽なのに」と思っているキャラクターなのですが、そういう時代があったから、『野火」のような時代がきたんだということだと思います」

さて最後に、この映画で個人的にすごく印象に残ったふたつのシークエンスについて。

ひとつは旅立つ予定だった前夜に、精神を統一した杢之進が、剣術の「型」を確認する場面です。池松さんによれば、あの場面では殺陣師の方が、誰が見ても美しい「型」をいくつか用意してきたらしいのですが、塚本監督がこだわって「抜刀(刀を抜き、鞘に納める)のみ」の場面になっています。つまりこの映画は、「刀を抜くのか、それとも鞘に納めるのか」を描いた映画なんですね。

もうひとつは、やはりその夜、いよいよ「死にに行く」杢之進と、思いを通わせるゆうが――という場面です。ところが出立の場面をズッコケさせた塚本さんは、ここで誰もが期待する展開も「スカす」んですね~。どうしてですかと塚本さんに尋ねた私は、「セックスだと達成感がありすぎる」という言葉に、私の理解としての合点がいきました。

つまり作品は、いわゆる戦争モノで、戦地に赴く前夜に愛する人と一夜だけ結ばれる……みたいな、戦争にまつわる様々な「ロマンチシズム」を、片っ端から潰しているわけです。復讐のカタルシス、勝利の痛快、戦いに身を投じ散る人間の高潔さ――そういったものの真の正体を、映画はつぶさに描いているんですね。

二人は結局ことには至らず、杢之進はその代わりに……。塚本さん曰く「時代劇ではそういう場面を見たことなかったので、入れると決めていた」んだとか。どんな場面かはお楽しみに!って言う私も私ですが
二人は結局ことには至らず、杢之進はその代わりに……。塚本さん曰く「時代劇ではそういう場面を見たことなかったので、入れると決めていた」んだとか。どんな場面かはお楽しみに!って言う私も私ですが

塚本監督「武器は実際に人を殺す道具で、それを使えばひどく陰惨な形でお互いの肉体と精神を破壊することになる。戦後70年経って、そうしたことを実体験として知る人がいなくなり、「戦争は怖い」という感覚が薄れてきている。そのタイミングを見計らって、もともと戦争をしたい人たちが、戦争は「懐古主義的な美徳」であるかのように喧伝し、世の中の舵をそちらに切ろうとしているのが今の時代。「戦争なんてすべきじゃない」という以前なら当たり前の考えを、「いまさら何言ってんの?」みたいな空気になった時にはもう手遅れだと思います。

主人公はそういう時代に踏みつぶされてゆく男ですから、お客さんはスカッ!としないでしょうが(笑)、逆に「スカッ!とさせてたまるか」という気持ちがありました。ここでスカッとして、問題が解決したような気持になってもらっては困る。映画を見て、「なんなんじゃこの気持ちは!」となってもらえたらと思います」

【関連記事】塚本晋也インタビュー「戦争に美学を求め、『自分の命を懸けてもかまわない』という作品に熱狂する観客は、確実に増えている。

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

『斬、』公開中

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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