東京・高知がトップで18日にさくら開花か、開花予報のルーツは「須密遜黌(スミソニアン)雑書」の翻訳
さくらの開花予想
気象庁が半世紀以上予想を続けてきた「さくらの開花」や「さくらの満開」の予想を、「国として役目を終えた」として撤退したのは、今から14年前、平成22年(2010年)のことです。
そして、この年から、さくらの開花等の予想はウェザーニューズ(千葉県美浜区)、日本気象協会(東京・豊島区)、ウェザーマップ(東京・港区)等の民間会社が行っています。
また、自治体や観光業者等でもさくらの開花等の予想を行っているところがあります。
このうち、ウェザーマップのさくら開花予報によると、令和6年(2024年)は、一部地域を除いて平年より4日〜7日くらい早いところが多くなりそうです。
すでに咲いている沖縄・奄美地方を除くと、最初にさくらが咲くのが東京と高知で、3月18日の見込みとなっています(図1)。
今冬は、寒気が流れ込む回数が少なく長続きもしない暖冬となっているため、休眠打破は弱めとみられますが、令和2年(2020年)ほどの大暖冬ではないため記録的な弱さではないところが多いとみられるとのことです。
また、2月はかなり暖かい日が多くなりましたが、3月のはじめにかけて寒の戻りとなっていて、これがもう少し長引くものの、3月中頃には暖かくなる見込みとのことで、このような予想になっています。
開花から10日くらいで満開となりますので、今月末は花見のシーズンとなりそうです(図2)。
「さくらの開花」と「さくらの満開」
気象庁では、令和3年(2021年)1月から、生物季節観測を植物 6 種目 9 現象の観測としています。
この6種目9現象は、気候の長期変化(地球温暖化等)及び一年を通じた季節変化やその遅れ進みを全国的に把握することに適した代表的な種目・現象です。
令和2年(2020年)12月までは、全国の気象台・測候所 58 地点で植物 34 種目、動物 23 種目を対象に、開花や初鳴き等を観測していましたので、観測種目・現象が大幅に減っています(表1)。
なお、測候所は、自動観測システム化による機械化・無人化によって、165か所から2か所(帯広・名瀬)に減っていますので、観測地点数は20年前に比べれば約3分の1となっています。
これは、生物季節観測は、季節の遅れ進み、気候の違い・変化を的確に捉えることを目的としていたのですが、近年は気象台・測候所周辺の生物の生態環境が変化し、目的達成が難しくなってきたからです。
植物においては適切な場所に標本木を確保することが難しくなってきています。
また、動物においては対象を見つけることが困難となってきています。
令和3年(2021年)1月からの生物季節観測の見直しで、「桜の開花」と「桜の満開」の観測は残りましたが、観測方法が少し変わっています。
気象庁ホームページには、次のように記されています。
さくらの開花日とは、標本木で5~6輪以上の花が開いた状態となった最初の日をいいます。満開日とは、標本木で約 80%以上のつぼみが開いた状態となった最初の日をいいます。
大筋での説明は、この通りで変わりませんが、気象庁が観測のもととしている細かい定義が記入してある「生物季節観測指針」が令和3年(2021年)1月に改正となっています。
「さくらの開花(図3)」については、「生物季節観測指針」では次のようになっています。
(新しい基準)標本木に5~6輪の花が咲いた日を開花日とする。なお、胴咲き(枝ではなく幹や根から咲く)による開花は、通常の開花とは異なるプロセスによると考えられることから、5~6輪に含めない。
(古い基準)標本木に5~6輪の花が咲いた日を開花日とする。
つまり、「胴咲きによる開花」については、観測者によって扱いがまちまちでしたが、含めないと全国で統一されたのです。
「沖縄・奄美地方を除いて一番先に桜が咲いた」というニュースは、全国トップニュースとして扱われますが、このニュースに、「胴咲き」も数えて開花とするのか、数えないのかが影響してきます。
このため、一部の気象関係者からは、「胴咲き桜の扱いがまちまちであること」が問題ではないかと指摘されていました。
また、「桜の満開(図4)」については、次のようになっています。
(新しい基準)咲き揃ったときの約80%以上が咲いた状態(同時に咲いている状態である必要はない)となった日を満開日として観測する。
(古い基準)咲き揃ったときの約80%以上が咲いた状態となった日を満開日として観測する。
「同時に咲いている状態である必要はない」という定義が加わったのは、暖かい地方を中心に満開の観測が難しい事例が相次いだからです。
過去に、「桜の開花」と「桜の満開」が同じ日ということがあります。
平成24年(2012年)5月2日の北海道・旭川です。
旭川地方気象台の職員が9時半頃に神楽岡公園にある標本木で開花を観測し、15時20分頃、満開の8分咲きを確認したからです。
旭川の2日の最高気温は25.1度、2日連続の夏日でした。
5月1日の開花していないという観測のあと、急激な気温上昇により5月2日に一気に開花から満開まで進みました。
この年の旭川の例は極端ですが、一般に北の寒い地方では、一本の木の中で先に咲く花と後に咲く花の時間差が短く、このことによって、開花から満開までの期間が短いという特徴があります。
これに対し、南の暖かい地方では、一本の木の中で先に咲く花と後に咲く花の時間差が長く、遅く花が咲くころには、先に咲いた花が散ってしまうために、なかなか標本木で全体の8分(80パーセント)で花が咲いた状態にはなりません。
このため、開花から満開までの期間が長く、沖縄ではときどき「満開なし」を観測しています。
また、近年では、沖縄以外でも、平成14年(2002年)の種子島測候所や、平成19年(2007年)の八丈島測候所では、「満開なし」と観測しています。
始まりは「須密遜黌(スミソニアン)雑書」の翻訳
生物季節現象が科学的に体系づけられはじめたのは18世紀中ごろといわれていますが、日本における生物季節の観測は、内務省地理局測量課が明治13年(1880年)7月に刊行した「気象観測法」からです(表2)。
これは、米のスミソニアン協会が明治5年(1872年)に刊行した「スミソニアン雑書(Smithsonian Miscellaneous Collections)」の「気象観測の指針と周期現象登録簿(Directions for Meteorological Observations, and the Registry of Periodical Phenomena)」を、地理局測量課の保田久成が翻訳したものです。
翻訳者である地理局測量課の保田久成は、最後の奥儒者(徳川幕府の侍講職)で、明治6年(1873年)に仮学校(のちの札幌農学校)の教員となっています。
のちに中央気象台の初代台長となる荒井郁之助は、函館戦争時の幕府側海軍の責任者で、敗戦後投獄されましたが、明治5年(1872年)に許されて出獄し、開拓使に出仕しています。そして仮学校の校長となり、札幌農学校の創設に尽くした後、明治10年(1877年)に内務省地理局測量課長になっています。
つまり、保田久成にとって、荒井郁之助は仮学校時代からの上司にあたります。
そして、保田久成、荒井郁之助ともに、農業(植物)という共通項がありました。
内務省地理局測量課の「気象観測法」には、生物季節に関する項目があり、これに準拠して生物季節観測が組織的に行われたのではないかと思われます。
そして、スミソニアン協会がアメリカ大陸における動植物の季節現象を各所の機関やボランティアの報告によって求めた方法にならい、各地の郡役所などに気象観測や動植物の報告を依頼していたのではないかと思われます。
というのは、和歌山県において、明治13年(1880年)に管内の各郡役所へ気温観測の訓令を発したという記録が残っているからです。
スミソニアンの気象事業
アメリカの国立特殊学術機関であるスミソニアン協会は、イギリス公爵で鉱物・化学者のジェームズ・スミソンの遺贈を基金として、江戸時代の弘化3年(1846年)に設立されています。
スミソニアン協会初代長官となったジョセフ・ヘンリーは、ニュージャージー大学(現在はプリンストン大学に名称変更)在職中から気象学に関心を持っていました。
そして、ジョセフ・ヘンリーによって、スミソニアン協会は、アメリカ大陸全域の気象研究センターの役割をする気象事業を始めています(表3)。
この気象事業は、電信会社が始業開始前に打っていたテスト電報(「本日は晴天なり」など、その場所の現在の天気を打っていた電報)をスミソニアン協会に集めることと、各所の機関やボランティアが毎月気象観測データの報告をスミソニアン協会に送付することが二本柱となっています。
前者により、天気図を日々作成することが可能となり、暴風警報を発表して災害を防ぐという、現在の各国の気象庁の業務につながりました。
また、後者によって、アメリカ全土の気候が動物や植物との関係を含めて解析されています。
この過程で作られたのが、「スミソニアン雑書(Smithsonian Miscellaneous Collections)」です。
しかし、スミソニアン協会の気象事業は、文久元年(1861年)から慶應元年(1865年)の南北戦争で停滞し、南北戦争後の明治2年(1869年)にアメリカ陸軍省通信部の下に設立された気象部に引き継がれ、終焉を迎えています。
アメリカ・ポトマック河畔のさくら
春を待つ気持ちは、アメリカや中国など、中緯度で生活する人々にとって共通の認識のようで、さくらの開花予報は、各国でおこなわれています。
例えば、アメリカのワシントンD.C.にあるポトマック河畔にあるソメイヨシノの桜並木は春の絶景ポイントとして有名ですが、この並木道がある国立公園のほか、ワシントンポスト紙や、放送局のNBCなどはが、さくらの開花時の予想を行っています。
このポトマック河畔のさくらは、明治45年(1912年)、日米の平和の親善の象徴として日本から送られたものです。
紀行作家のエライザ・シットモンドが、旧知のウイリアム・タフト大統領夫人(ヘレン・タフト)に提案したのがきっかけで、東京市長・尾崎行雄など多くの人の尽力で約2000本のさくらが送られました。
アメリカの春指数(Spring Index)と日米友好のあかし
日本人にとって春到来の代名詞は「さくらの開花した日」ですが、アメリカ人にとっての春の代名詞は「ライラック(Lilacs)の新芽が出た日」と「ハナミズキ(Dogwoods)の開花日」です。
ポトマック河畔のさくらの返礼として、3年後にアメリカから日本に贈られたものが「ハナミズキ(Dogwoods)」です。
なお、樹皮を煮てできた汁を犬の皮膚病に使ったことから命名されたという「犬の木(Dogwood)」は、バージニア州とノースカロライナ州で州の花となっています。
一青窈が平成16年(2004年)に歌って大ヒットし、今でもカラオケでよく歌われている曲のタイトルでもあるように、「ハナミズキ」は日本でも有名な花木となっています。
ポトマック河畔に植えられたさくらは、さくらの名所として名高かった足立区の荒川堤のさくらを接木したものですが、本家の荒川堤のさくらは、太平洋戦争や公害でなくなっています。
このため、サンフランシスコ講和条約によって日本が独立した昭和27年(1952年)に、ポトマック河畔のさくらが荒川堤に植えられています。
約半世紀ぶりの里帰りです。
つまり、春を告げている花木による日米友好のあかしが、今も、そして将来も続いています。
図1、図2の出典:ウェザーマップ提供。
図3、図4の出典:気象庁ホームページ。
表1、表2の出典:「気象庁(昭和63年(1988年))、生物季節観測30年報」と、気象庁報道発表資料をもとに筆者作成。
表3の出典:「荒川秀俊(昭和22年(1947年))、気象学発達史、河出書房」をもとに筆者作成。