パチンコ業界どうすんのよ?「出玉上限5万円に」報道
警察庁から発表されたパチンコ機の射幸性に関する新基準に関して、一般メディアにまで「出玉上限が5万円に!」などと報じられ、パチンコ業界が右往左往しております。また、それに加えて「出玉制限なんて意味ない」といった論調までが、一般メディアによって形成され始めており、血の涙を流しながら本規制強化を受け入れる(受け入れざるを得ない)業界としてはガッカリ事案となり始めております。以下、J-castニュースからの転載。
パチンコ「出玉規制」意味あるのか? 「依存症の人しかいなくなる」
https://www.j-cast.com/2017/07/11302989.html?p=all
「この対策では、パチンコ店には依存症の人しかいなくなってしまいます」――「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんは、そう憤る。
2017年7月11日、警察庁は、パチンコの出玉などの規制を強化する風俗営業法施行規則の改正案を発表した。客の得られる「儲け」を少なくすることで、ギャンブル依存症の対策を進める、というのがうたい文句だ。しかし田中さんをはじめ、この改正案には批判の声が少なくない。
まぁ、私自身も田中紀子さんのことは良く存じ上げており、正直、今回の新基準の意味を彼女が本当に理解してコメントしているとは思えず、いつものポジショントークにしか思えないわけです。彼女は元々は競艇とカジノを対象とした依存者であったわけで、パチンコのことを判って発言をしているわけではないのですが、メディアが「元依存者が無意味な規制といってる」と報じれば、徐々にそういう一般論調が形成されていってしまうのですね。
ただ、今回の規則改正に関する警察庁の意図は、単純に単発の大当たりの出玉数を制限するだけではなく、今までよりもより細かく遊技機の性能試験を行いながら、当該遊技機を継続的に遊んだ場合の玉の「入」と「出」のバランスを抑制して行きましょうというものになっています。この基準にもとづけば、原則的にはこれまで(相対的に)急激に玉を減らしながら遊び、大当たりで一気にそれを取り返すようなゲーム仕様であった遊技機が、もうちょっと小さな出玉を重ねながら緩やかに遊んでゆくものへと変化してゆくはず。(詳細はコチラを参照)
その辺が良く判ってないマスコミ側は、より判り易い「出玉上限5万円」だけにフォーカスして報じるわけですが、その逆側で運悪く一気に負け込んでオケラになってしまう人も(相対的に)少なくなるわけで、パチンコ店において風営法が本来的に定める「遊技」の定義により近いゲームの提供が行われてゆくことになるわけです。
というのが、ザックリとした今回の機器基準に関する解説であるわけですが、その辺をキッチリと説明をしてゆくべき立場にある業界人が、マスコミによる「出玉上限5万円」という報道に引っ張られて、その誤解を助長してゆくだけのコメントを発しているのを見ると、個人的にはガッカリしてしまうわけですね。以下、マネーポストからの転載。
パチンコ出玉規制 現行と比べてどれくらい減るか検証
https://www.moneypost.jp/175429
現行では、パチンコの大当たり出玉の上限は1回あたり2400玉だが、改正案では1500玉が上限となっている。パチンコ玉は1玉4円で貸し出すのが一般的であり、等価交換として計算すると、1回の大当たり出玉は9600円相当から6000円相当となる。これはパチスロについても同等の出玉減少となっている。パチンコライター・A氏はこう話す。
「今回の改定案で重要なのは、1回の大当たり出玉が減ることよりも、射幸性の抑制という部分です。この改定案が施行されれば、パチンコで大きく勝つことがかなり難しくなります」(以下、「」内同)
私は正確にはパチンコ業界の人間ではなく、そのお隣にいるカジノ業界の人間であるわけですが、老婆心ながら申し上げます。今回の規則改訂をキッチリと説明すべき立場にあるパチンコ業界関係者が結局こうやって「出玉上限5万円」みたいな情報だけに引っ張られて発言すれば、当然ながら「こんな規制が出来ても意味がない」という社会評価が付いてしまいますし、肝心のファン側も「じゃぁ止める」みたいな流れにしかなってないワケで、業界の皆さんはもうちょっと先を見た論調を作るつもりでメッセージを発信すべきなのでは?と思ってしまうわけです。
冒頭にも申し上げたように、今回の規則改定は業界として文字通り「血の涙を流しながら」受け入れる(受け入れざるを得ない)ものであるにも拘わらず、このままの社会評価が定まった挙句、この先に「これじゃ足りない。更に規制強化せよ」みたいな論調になってしまったらどうするんでしょうか?というか、既にそういう論調になり始めています。
私は究極的にはカジノ側の人間なので、どうでも良い話であるといえばそれまでの話なのですが、もはや傍から見ていても笑うに笑えない状況になっているので、老婆心ながら。。