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望まぬ妊娠をした女子アスリートの選択。キャリアか、子どもを手放すか?苦境の彼女に助けはあったのか

水上賢治映画ライター
「シックス・ウィークス」の編集を担当したアンナ・ヴァーギー氏  筆者撮影

 埼玉県川口市のSKIPシティで毎年実施されている<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>が現在開催中だ。

 白石和彌監督、中野量太監督、上田慎一郎監督らを名だたる映画監督たちを輩出する同映画祭は、いまでは若手映画作家の登竜門として広く知られる映画祭へと成長している。

 とりわけメイン・プログラムの国際コンペティション部門は、海外の新鋭映画作家によるハイクオリティかつバラエティ豊かな作品が集結。コロナ禍もすっかり明け、今年も海外からの多数のゲストが来場を予定している。

 そこで、昨年の<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023>のときに行った4作品の海外映画人たちへのインタビューを届ける。

 一作品目は、ハンガリーのノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督が手掛けた「シックス・ウィークス」。養子縁組が成立していても、6週間の間に実母が気持ちを変えた場合、子どもを取り戻すことが可能というハンガリーの法制度を背景に、望まぬ妊娠に直面した卓球選手の心の揺らぎを描いた本作は、タリン・ブラックナイト映画祭のジャストフィルム(青少年映画)部門でグランプリを受賞するなど、世界中で高い評価を得た。

 残念ながら妊娠中でノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督の来日は叶わなかったが、代わってプロジェクトの初期段階から深くかかわった編集のアンナ・ヴァーギー氏が来日。

 彼女に話を訊いた。全四回/第三回

「シックス・ウィークス」の編集を担当したアンナ・ヴァーギー氏  筆者撮影
「シックス・ウィークス」の編集を担当したアンナ・ヴァーギー氏  筆者撮影

ゾフィはいつも独りぼっちです。彼女に手を差し延べている人はいない

 前回(第二回はこちら)に続き、有望な卓球選手ながら望まぬ妊娠をしてしまうゾフィについての話から。

 作品全体を通すと、ゾフィが頼れないのかもしれないが、誰か信用して頼って相談したら、なにか打開策がみつかるのではないかと、思うところがある。

 アスリートとしてとにかく上を目指して、いち早く成功したいと気持ちから妊娠したこと言えないのもわかる。

 ただ、妊娠が判明した後、卓球のコーチや同僚が手を差し延べているようにも思えるのだが、むしろ悪い方向へ進んでしまう。

 なぜ、彼女は助けを求められないのかと思わざるえないのだが……

「おもしろいご意見ですね。

 正直なことを言うと、わたしから見ると、卓球の女性コーチも同僚の選手もゾフィに手を差し延べているようにはぜんぜんみえないんです。

 ゾフィはいつも独りぼっちです。

 この映画の中には二人の母親が出てきます。

 ゾフィの母親と、ゾフィの子どもを養子縁組で引き取ることになった養母です。

 ただ、二人とも自分のことばかり考えていて、ゾフィの気持ちを理解しようしない。

 ゾフィの母親は単にもうかわいい孫が欲しいだけで、育児に関してゾフィをサポートする気持ちはない。

 養子縁組にするにしろ、しないにしろ母親であれば、娘にとってなにが一番ベストかを一緒に相談にはのってあげられると思うんです。

 でも、そのことに関してゾフィの母親はまったく他人事で。ただ、孫の顔はみたいという。

 養子縁組の母親にしても、一定の配慮はしているけれども、関心はほんとうにゾフィが自分たちに子どもを引き渡してくれるかだけ。

 卓球のコーチにしても、妊娠が判明して彼女の体調の心配はしている。

 でも、その心配は変に倒れられて自分の責任問題になってはまずいといったもの。

 ゾフィは出産を経て選手としてもう一度トップを目指そうとするけれども、そこをサポートすることはしていない。

 もう妊娠してブランクが生じた時点で、脇に追いやっているところがある。

 真の意味で彼女に手を差し延べている人はいないと、わたしは思います」

「シックス・ウィークス」より
「シックス・ウィークス」より

ノエミが、母親が子どもを手放すということを考えたかったのには理由がある

 では、母親が子どもを手放すということを考えたかったと、はじめにノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督が言っていたということだが、その問いに対する監督の意見はきいているだろうか?

「まずわたし自身の話をさせていただくと、わたしは自分の子どもを手放すことは考えられないです。

 ただ、ノエミはちょっと違うといいますか。

 彼女が、母親が子どもを手放すということを考えたかったのには理由があるんです。

 それはここまで何度か話に出ている現在進行中(※今年完成予定)のノエミ自身の母親と家族についてのドキュメンタリーにもかかわることです。

 実は、ノエミの母親には、前の旦那さんとの間に息子さんがいた。

 でも離婚した当時ハンガリーは社会主義時代で、旦那さんの方が政治的にいろいろなコネを持っていて、最終的にはノエミの母親から息子を取り上げてしまったんです。

 しかも、その後、海外に行ってしまって、そこから行方がわからなくなってしまった。

 ノエミ自身がこの事実を知ったのが18歳のとき。このことを母親はノエミにひた隠しにしていたんです。

 だから、彼女はここ十年ぐらいずっと母親が息子を手放すということはどういうことなのか、答えはないと思うのだけれど、考え続けていた。

 そのことのひとつの答えがこの作品といっていいかもしれません」

(※第四回に続く)

【「シックス・ウィークス」編集アンナ・ヴァーギー氏インタビュー第一回】

【「シックス・ウィークス」編集アンナ・ヴァーギー氏インタビュー第二回】

「シックス・ウィークス」ポスタービジュアル
「シックス・ウィークス」ポスタービジュアル

「シックス・ウィークス」

監督:ノエミ・ヴェロニカ・サコニー

出演:カタリン・ローマン、ジュジャ・ヤーロ、ラナ・シュタウルスキ、

モーニ・バルシャイ、アンドラーシュ・メーサーロシュ、

キッティ・ケレステシ、カタリン・タカーチ、アンナ・ジェルジ

「シックス・ウィークス」に関する写真はすべて(C)Sparks Ltd.

<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>ポスタービジュアル 提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024
<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>ポスタービジュアル 提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024

<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>

会期:《スクリーン上映》 2024年7月13日(土)~7月21日(日)

《オンライン配信》 2024年7月20日(土)10:00~7月24日(水)23:00

会場: SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ映像ホール、

多目的ホールほか(埼玉県川口市)

詳細は公式サイト : www.skipcity-dcf.jp

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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