望まぬ妊娠をした女子アスリートの選択。キャリアか、子どもを手放すか?母国の養子縁組制度を背景に
埼玉県川口市のSKIPシティで毎年開催されている<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>が本日7月13日(土)に開幕を迎える。
白石和彌監督、中野量太監督、上田慎一郎監督らを名だたる映画監督たちを輩出する同映画祭は、いまでは若手映画作家の登竜門として広く知られる映画祭へと成長している。
とりわけメイン・プログラムの国際コンペティション部門は、海外の新鋭映画作家によるハイクオリティかつバラエティ豊かな作品が集結。コロナ禍もすっかり明け、今年も海外からの多数のゲストが来場を予定している。
そこで、昨年の<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023>のときに行った海外映画人たちへのインタビューを届ける。
一作品目は、ハンガリーのノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督が手掛けた「シックス・ウィークス」。養子縁組が成立していても、6週間の間に実母が気持ちを変えた場合、子どもを取り戻すことが可能というハンガリーの法制度を背景に、望まぬ妊娠に直面した卓球選手の心の揺らぎを描いた本作は、タリン・ブラックナイト映画祭のジャストフィルム(青少年映画)部門でグランプリを受賞するなど、世界中で高い評価を得た。そして、本映画祭でも見事に審査員特別賞に輝いた。
残念ながら妊娠中でノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督の来日は叶わなかったが、代わってプロジェクトの初期段階から深くかかわった編集のアンナ・ヴァーギー氏が映画祭に参加。
彼女に話を訊いた。全四回/第一回
ノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督との出会い
はじめにノエミ・ヴェロニカ・サコニー監督とはもともと知り合いで、本作「シックス・ウィークス」の前にすでにドキュメンタリー作品を一緒に作られたとのこと。その出会いについてこう語る。
「ノエミとの出会いは彼女が自身のお母さんとその家族についてのドキュメンタリーを作ることになって、そのとき、プロの編集者として作品に携わることになりました。
2016年ぐらいからずっと一緒に仕事をしています。
その間、ショートフィルムと、ノエミ監督とって初の長編ドキュメンタリーとなる『Afterglow』(18)と、そして今回の初長編劇映画『シックス・ウィークス』を完成させています。
彼女とは出会ってすぐに意気投合したといいますか。やはり最初にとりかかった長編ドキュメンタリーが彼女のきわめて個人的な話だったので、お互いにきちんと理解をしないと、信頼関係が結ぶことができなかった。
だから、お互いに相手のことを知ろうと思いましたし、もちろん配慮は必要なのだけれども、プライベートな部分も共有しなければならなかった。そこでいろいろと共有することができたので、ひじょうに親密な関係が築けて、いまでは仕事仲間ではあるのだけれどもよき友人でもあります」
実は、ノエミと出会うことになった最初のドキュメンタリーは現在も撮影が続いているという(※2023年7月時点の話)。
「ノエミが現在も制作中の自身の母親についてのドキュメンタリーは、たしか彼女が20歳ぐらいからプロジェクトを進めているから、もう10年以上続いていて実はまだ撮影が続いています。
彼女が今年(2023年)の12月に出産予定で、それで今回は日本に来れなかったんですけど、その出産をもってひとつ区切りをつけようかという話で動いています。つまりノエミ自身も母親になったところでまとめようと考えています。
ノエミ個人にとっても、映画作家としても重要な作品になると思うので、わたしも完成を楽しみにしています。来年中(2024年)には完成できればと考えています」
子どもを授かった女性の心理に寄り添い、見つめ、そして描く
では、改めて「シックス・ウィークス」の話に入るが、実は、本作もノエミ監督の母親についてのドキュメンタリーが出発点になっているという。
「さきほど少しお話しをしたようにこのドキュメンタリーはきわめてプライベートなことで、ノエミの母親を語ることでもあり、ノエミ自身のこれまでの人生を語ることにもなる。
そこでノエミは改めて考えてみたくなったようです。『母親になるということはどういうことか、子どもを産むということはどういうことなのか』と。
また、『子どもを諦めることはどういうことなのか、子どもを手放すことはどういうことなのか』と、いうある種の負の感情についても考えようと思った。
つまり出産を前にした女性たちの心の揺れや感情の変化、すべてを理解したかった。子どもを授かった女性の心理に寄り添い、見つめ、そして描くことで探求してみようと考えた。そのことが『シックス・ウィークス』の出発点にはありました」
脚本は、いろいろな立場にいる女性を中心に直接会い、話を聞いて
ハンガリーでは2014年に法案が改正。法律で、養子縁組が成立していたとしても、出産日から6週間の間に実母が気持ちを変えた場合、子どもを取り戻すことが可能になった。
このことに本作は焦点を当て、妊娠をしたアスリート女性の選択を描いている。
脚本はどのようにして作られていったのだろうか?
「脚本にわたしはほとんどタッチしていないので、伝え聞いた話になるんですけど、まず、この脚本は3人の脚本家が参加して書き上げられていきました。
脚本を作る過程では、いろいろな人から直接話を聞いて、その逸話を参考に物語に反映させていったようです。
たとえば、ノエミの旦那さんもドキュメンタリーの作り手で。15年をかけて作った作品があるんですけど、それはロマの女の子たちが3歳、4歳の時にモルモン教の養父母に引き取られて、18歳になるまでの15年間を追い続けたというものになります。ですから、ノエミと彼女の旦那さんは、養父母に関してはある程度の認識を持ち合わせていた。そこから養父母側の気持ちや心理を脚本に反映させたところがあった。
それから、ノエミには養父母になった友人がたまたまいて、二人からも話を詳しくきいたそうです。
また、先ほど触れていただいたように、ハンガリーでは、たとえ養子縁組が成立していたとしても、出産日から6週間の間に実母が気持ちを変えた場合、子どもを取り戻すことができる法律ができた。
このことについてどのようなことが想定されるのか、どのような状況が実際に起きているのか。そういうことを知るためにたとえば、法律の専門家や社会学者、NGOの人などから話を聞いたそうです。
あと、物語に深くかかわることでもあるので、現在のハンガリーにおける性教育の現状についてもリサーチしたそうです。実情を申しますと、わたしたちの時代からあまり変わっていないといいますか。ハンガリーではいまだにきちんとした性教育がなされていない。
妊娠したらどのようになるのか、体がどう変化するのかとか、避妊の仕方であるとか、そういうことをまったく知らずに妊娠してしまうケースがある。
また、そのような形で妊娠してしまった若い女の子たちを、社会や親が『恥』と蔑視する傾向がある。そのような状況になるともう人生はお先真っ暗で、日陰の道を歩むしかないぐらい冷たい現実がある。
ハンガリーでは流産してしまうことや、離婚することが女性として恥ずべき事みたいな風潮がいまだに強いんです。
そういうノエミやわたしをはじめ女性たちがおかしいと思う社会の在り方も脚本には盛り込まれていきました」
(※第二回に続く)
「シックス・ウィークス」
監督:ノエミ・ヴェロニカ・サコニー
出演:カタリン・ローマン、ジュジャ・ヤーロ、ラナ・シュタウルスキ、
モーニ・バルシャイ、アンドラーシュ・メーサーロシュ、
キッティ・ケレステシ、カタリン・タカーチ、アンナ・ジェルジ
「シックス・ウィークス」に関する写真はすべて(C)Sparks Ltd.
<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>
会期:《スクリーン上映》 2024年7月13日(土)~7月21日(日)
《オンライン配信》 2024年7月20日(土)10:00 ~ 7月24日(水)23:00
会場: SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ 映像ホール、
多目的ホールほか(埼玉県川口市)
詳細は公式サイト : www.skipcity-dcf.jp