防衛省の世論工作研究が、あらゆる意味でズレているので心配になる
共同通信が防衛省が世論工作の研究に着手したと報じています。ロシアのウクライナへの侵攻、中国の台湾への圧力強化もあり、ソーシャルメディアを中心とした世論工作を含む「ハイブリッド戦・情報戦」に対する研究は日本においても必須だと考えています。しかしながら、あらゆる意味でズレているので心配になってきました。最もダメなのは民主主義国家なのに自国民を工作しようとしているところです。それロシアと同じやないか…
ハイブリッド戦研究は日本にも必要
筆者は、情報戦やインテリジェンスの専門家ではありませんが、フェイクニュース研究の一環として関連論文を分析し、EUとNATOが設置したハイブリッド脅威対策センターやリトアニアの国防省へのヒアリングを実施しています。フェイクニュース研究は欧米では「ハイブリッド戦・情報戦」研究とかなり結びついています。
参考:ロシアのフェイクニュース最前線、リトアニア軍は「マンガ」で対抗する(2019年の記事)
隣接するロシアや中国が世論工作や情報戦により選挙介入などを試みる国であり、国内は日本語という壁に守られていたもののAI翻訳の高度化もあり、状況的にも技術的にも、「ハイブリッド戦・情報戦」への研究が必須となっており、防衛省が研究を行うことそのものに反対しているわけではありません。
きちんとパブリック・リレーションズやりましょうという話
このイメージ図が正確に防衛省の研究計画を示しているかは不明ですが、内容的には世論工作ではなく稚拙なインフルエンサーマーケティングに見えます。防衛省はインフルエンサーが好きなようですが…
防衛省、芸能人らインフルエンサー100人に接触計画 予算増狙い(朝日新聞)
インフルエンサー、有識者、メディア関係者にアプローチするのは何ら問題ではありません。省庁が進めたい政策の理解を得るためのレク(説明)は、議員だけでなくNPOや有識者らに日常的に行われていますし、ソーシャルメディアの影響力が高まる時代に、インフルエンサーにアプローチするのは重要でしょう。
時々勘違いしている人がいますが、インフルエンサーは、効率よく自分たちの都合の良いメッセージを届けてくれる存在ではなく、意図したトレンドやバズりは簡単に起きません。このようなステマまがいの方法ではなく、防衛省に対する国民の理解を深めたければパブリック・リレーションズをしっかりやりましょう。
先に紹介した記事にも紹介しているのですが、リトアニア国防省の担当者は民主主義社会でロシアに対抗する「最大の武器はオープンであること」と述べていました。民主主義国家なのだからオープンに正面からやりましょう。
うまいことインフルエンサーを使っていきましょうみたいなのは、ダメPR会社に騙されているんじゃないか説すら疑われます。世論を誘導する前に、防衛省が誘導されてないか?
もしこの報道が間違っていて、国民に誤解を招いているのだとしたら、それこそパブリック・リレーションズの失敗であり、まずそこからだぞ、という話でしかありません。
自国民に混乱を起こしてどうするよ
記事に書かれている「有事で特定国への敵対心を醸成、国民の反戦・厭戦の機運を払拭したりするネット空間でのトレンドづくりを目標としている」ですが、瞬間的にはトレンドやバズりが作れる可能性があります。この目標がズレている理由を説明します。
「ハイブリッド戦・情報戦」としてフェイクニュースを使う場合、フェイクニュースに多くの国民が騙されることを目的としているわけではありません。一部の人が信じたり、「本当なの?」と疑問を持つ人が出て、混乱することで人々が敵対し、社会が脆弱になることが目的です。だから論争的な話題がフェイクニュースに選ばれやすいのです。
民主主義国家では表現の自由があり、多様な意見や考えが重視されるため世論を一方向に向けることは困難です。また、意思決定のためにはお互いの意見を尊重していく必要があるのですが、フェイクニュースによる世論工作が行われるとそこが破壊される、つまり民主主義のプロセスを破壊するのが目的なのです。
瞬間的にトレンドやバズりが起きることと、人々が共感したり、理解をしたり、することとは別です。特定国への敵対心や反戦などは、非常に論争的な話題であり、混乱が生じる可能性が高い。むしろ他国にとって有利な状況を自ら作り出す危険な方針にしか見えません。
防衛省が研究すべきは、自分たちの考えているように都合よく国民が動く方法ではなく、他国の世論工作に強い国になるためにはどうするか、ではないのでしょうか?
日本の大学でも世論工作研究を進めるべき
国内のフェイクニュースを調査した『フェイクニュースの生態系』を執筆する際も、ハイブリッド脅威対策センターやNATOのStratComのレポートを参考にしましたし、ウクライナ侵攻でもアメリカの戦争研究所(ISW)や 英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のレポートが取り上げられています。防衛省には、インフルエンサー工作の前に、各機関から出ているレポートのような研究を進めてほしいものです(というか各機関からのレポートを読んでいたらあんな研究にはならないと思う…)。
本稿では防衛省のことを指摘しましたが、日本の大学や研究機関は日本学術会議が軍事研究を禁止にしていることもあり対応が困難な状況にあります。これもズレた研究が打ち出される要因の一つになっている可能性があります。
海外では、オックスフォード大学の「DEMOCRACY & TECHNOLOGY」プログラムのような取り組みもあります。他国の世論工作に強い国になるためにはどうするかを、防衛省だけでなく大学や研究機関が取り組みを進め、プラットフォームやメディアの役割がどうあるべきか議論することも重要だと考えています。