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ロシアのフェイクニュース最前線、リトアニア軍は「マンガ」で対抗する

藤代裕之ジャーナリスト
リトアニア国防省が制作した「マンガ」でプロパガンダを学ぶ冊子の一部=筆者撮影

次期防衛大綱にも盛り込まれた「ハイブリッド戦」は、フェイクニュースによる世論操作やサイバー攻撃などあらゆる手段を駆使した新たな「戦争」とも呼ばれる。その最前線のひとつがバルト三国にあるリトアニアだ。旧ソ連から独立したバルト三国にはロシアからの圧力が絶えない。リトアニア国防省は、北大西洋条約機構(NATO)との連携を強めるだけでなく、「マンガ」でフェイクニュースやプロパガンダを学ぶ冊子を制作して対抗している。

「ハイブリッド戦」に脆弱な民主主義

「ロシアに比べれば、私たちの対応は十分ではないかもしれない。権威主義的な国家であれば、命令を下して動くことは容易だが、民主主義国家は、議論して結果を見て…と時間がかかる。だが、ルールを守り、民主主義の価値観を守ることで、私たちは勝利を手にできると思う」

フェイクニュース調査のため、リトアニアの首都ビリニュスの旧市街にある国防省を訪問した我々に、担当者は取り組みを紹介するプレゼンテーションを用意していた。そして、それは民主主義体制における「ハイブリッド戦」対応の難しさから始まった。

民主主義とクレムリンレジームは異なるゲームルールで行われている=リトアニア国防省提供
民主主義とクレムリンレジームは異なるゲームルールで行われている=リトアニア国防省提供

「私たちは防御しかできない。スポーツでもそうだが、防御しているだけでは勝てない。けれど、私たちは経験を蓄積している。日々、新しい経験と知識が増えている」

国防省の担当者は、テレビ、インターネット、ソーシャルメディア、ドキュメンタリーなどの映像、書籍、カンファレンス、ゲーム、と多岐にわたるロシアの影響をひとつひとつ説明していく。

リトアニアは、歴史的に、ポーランド、ロシア、フランス、ドイツ、ソ連など、様々な勢力の影響を受けてきた。杉原千畝がナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ系住民にビザを発行したことで知られるのは第二の都市カウナスだが、現在の首都ビリニュスはロシアの攻撃とポーランド併合によりカウナスが臨時首都になっていたためだ。1990年にソ連から独立し、2004年にNATOに加盟した。

複数のEU当局者は「ロシアは、旧ソ連から独立したバルト三国を再び取り戻す野心を持っており、その実現に向けたハイブリッド攻撃だ」とみる。

出典:【国際情勢分析】EU独自の防衛協力に米国の「壁」 ロシアの脅威、ハイブリッド戦、テロ…課題は山積(産経新聞)

リトアニア国防省の建物内=筆者撮影
リトアニア国防省の建物内=筆者撮影

深刻なロシアのソフトパワー

「ロシアはアニメなど子供用コンテンツを無料で見られるようにしている。ロシアのエンブレムやユニフォームがアニメの中に現れる。YouTubeですぐ見れるし無料だ。こうしたコンテンツではロシア人は、良い人として描かれ、その他は悪者といった描かれ方をする。ソフトパワーの典型例だが、なかなかこの深刻さを分かってもらえなかった」

リトアニアでは、2008年にソビエトやナチス・ドイツ時代の軍などのシンボルマークを禁止する法律を制定した。しかし、このような規制は表現の自由と関連するため慎重な運用が求められる。

「ロシアの影響を受けたテレビ局が、他のヨーロッパの国で登録されている場合もある。ブリュッセルからやってきた官僚に、『これはロシアのプロパガンダ番組なんだ』ということを説明しなければならない時もある。ロシアのやり方はクレバーだ」

国防省は、NATO軍と共同で訓練を行うだけでなく、ソフトパワーに対抗するために学校、地方自治体、企業などに出かけてリテラシー教育を行っている。

2016年には、国内のアーティストに呼びかけ、マンガ、風刺画、アニメでフェイクニュースやプロパガンダを学ぶコンテンツのコンテスト「Humor militaris informacinio karo fronte」を実施。冊子を制作し、展覧会を実施した。また、Tシャツやテーブルゲーム、マグカップなどのグッズも作っている。

最大の武器はオープンであること

国防省がリテラシー教育やグッズ制作まで行うのは「やり過ぎではないか」そんな思いもよぎる。

「我々が情報戦争のスペシャリストだからだ。今は、いろいろな組織や研究をしているアカデミアもあるが、前はそうではなかった。情報戦争について最も知っているのは軍だったという経緯がある」

プレゼンテーションと質疑はあっという間に2時間を超え、次のアポイント時間が迫ってきた。「分からないことがあればいつでも連絡してほしい。オープンであることが最大の武器だ」。担当者はそう締めくくった。

【この記事はJSPS科研費 JP18K11997(ミドルメディアの役割に注目したフェイクニュース生態系の解明)の助成によるものです】

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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