アメリカで除草剤裁判の判決相次ぐ。びっくりの結果は……
このところ、アメリカでは除草剤に関する裁判結果が立て続けに出た。それが、ちょっと驚く展開。
まず6月3日、カリフォルニア州サンフランシスコの控訴裁判所(日本の高裁に相当)で、独バイエルなど3社が発売した芳香族カルボン酸系のジカンバを使った除草剤について、登録を無効とする決定を下した。ようするに販売できなくなるのだ。多くの農家は、この除草剤の散布を前提にジカンバに耐性を持つ遺伝子組み換え作物の作付けを進めてきただけに、突然の決定に大混乱に陥っている。
こうした記事が世界中に配信されると、おそらく除草剤や遺伝子組み換え作物の反対派は「アメリカは、除草剤禁止に舵を切ったぞ」と歓声を上げるかもしれない。
ところが6月24日には、アメリカ合衆国の控訴裁判所は、カリフォルニア州当局に対し、グリホサートを主成分とする製品(ラウンドアップ関連製品)に発がん性物質が含まれるという警告文の表示を永久的に禁じる判断を下したのだ。
いずれの判決も、ちょっと説明がいる。
まずジカンバ系の除草剤は「スーパー雑草」対策として開発された。アメリカでは、1980年代より農家が「ラウンドアップ」に代表される主成分がグリホサート系の除草剤を使ってきたことで、2000年代に入るとグリホサートに耐性を持つ「スーパー雑草」が次々と出現していた。
この「スーパー雑草」に対抗する「スーパー除草剤」として登場したのが、ジカンバ系除草剤だ。そしてジカンバに耐性を持つ遺伝子組み換え品種が開発された。この品種の作物だけは、除草剤を撒いても枯れないのだ。
ところがこの薬剤、風などで周囲に飛散しやすい。そのためジカンバ耐性のない作物を栽培していた農地で作物を枯らしてしまう事件が多発したわけである。同じことは、日本でも起きている。2年前にJR九州が線路脇の雑草対策に散布したところ、近隣の作物が枯れてしまい、賠償することになったことがある。
アメリカではこの被害に対する裁判が起きて、今回登録抹消、つまり新たに売買できないようにしたのが前者の判決だ。
ちなみに、ほかにもスーパー除草剤はいくつかあるので、そちらはどうなるかよくわからない。すでにほかの除草剤をつくっている会社の株価が高騰しているという情報もある。
むしろ問題は、アメリカ産農産物の収穫量への影響だろう。大豆や綿花のジカンバ耐性品種のシェアは約6割に達するそうで、それらの畑の雑草対策が上手くいかないと収穫量が目減りする恐れがある。農家にとっては深刻な問題だ。
一方でグリホサート系除草剤は、発がん性の恐れを指摘されていた。
2015年に世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関がグリホサートを「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と分類したからだ。そのためカリフォルニア州法によって、発がん性があると判断した化学物質を含む製品への警告文の表示を義務付けた。また消費者12万5000人が、9万5000件もの訴訟を起こしたのである。
ところが今回の判決は、その発がん性を否定したのだ。正確に言えば、その表示義務を否定した。アメリカ環境保護庁やWHOの別の機関など世界中の規制当局が「グリホサートの発がん性を示す証拠は不十分あるいは存在しない」と指摘したことを取り上げ、カリフォルニア州は警告文の表示義務を課すことはできないと判断した。そして同州の異議を退け、この命令を永久的なものとした。
一方でバイエル社は、アメリカ国内のラウンドアップ訴訟を終わらせる合意に達したと発表した。最大109億ドル(約1兆1670億円)を支出してラウンドアップ訴訟を決着させるという。原告の75%のほか、将来の潜在的な原告と合意したそうである。ただし和解が責任や過ちを認めるものではないとし、今後もラウンドアップの販売を継続する。ラウンドアップを開発したモンサントを2018年に買収したために頻発した訴訟に決着をつけるための判断だが、バイエルにとっては長期的には勝利だろう。
なかなか複雑だが、今回の2つの判決は、グリホサート系除草剤の発がん性を否定する一方で、ジカンバ系除草剤の飛散問題を断罪したのである。ジカンバそのものを否定したわけではないが、実質的に販売をできなくした。
このアメリカの判決が日本にどんな影響を及ぼすかは、まだはっきりしない。日本でもグリホサート系やジカンバ系の除草剤は使われている。だが、科学的には人体への悪影響は否定されているし、残留性もほぼないとした。数週間で分解されるものが大半だからだ。
人力で行う雑草対策の過酷さを考えると、私も、雑草対策の一つとして除草剤を全否定するべきではないと思っている。ようは使う量や散布の仕方、時期……などを見極めることが重要だ。私は、無農薬野菜を栽培している農家が平気でタバコを吸って吸殻を畑に捨てているのを見てげんなりしたことがあるが、消費者も同じだ。胃薬や風邪薬、頭痛薬、さらにビタミン剤などを気軽に摂取しながら農薬や除草剤を嫌うのはオカシイ。
もしかしたら、裁判結果の日本への最大の影響は、アメリカの大豆や綿花の収穫量が落ちて、輸入される価格が上がり、量も不安定になることかもしれない。