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イスラエルがシリアのダマスカス国際空港を爆撃で破壊:黙殺する欧米諸国と日本、非難するロシアとイラン

青山弘之東京外国語大学 教授
Sawt al-‘Asima, June 10, 2022

ロシアがウクライナで「特別軍事作戦」(ウクライナ侵攻)を開始してから100日以上が経つ。欧米諸国や日本のメディアでの報道は、当初の見立て、あるいは期待に反してロシア優位の戦況、そしてこの優位を覆すことができない現実に直面し、徐々に下火になっている。

都合の悪いことから目を背けようとする傾向が、情報を発信する側の政府やメディアに端を発しているのか、受け手である市民の側に端を発しているのかは定かではない。

だが、友好国が行う暴挙についても同じようなことは言える。

6月10日、イスラエルは再び、シリアに対してミサイルによる爆撃を行った。欧米諸国や日本の政府やメディアはこれまでと同様、イスラエルを追及することも、シリアに同情することもなく、市民の反応もほぼ皆無だった。

イスラエル軍戦闘機がダマスカス国際空港をミサイル攻撃

国営のシリア・アラブ通信(SANA)が、シリア軍筋の話として伝えたところによると、ミサイル攻撃は10日の午前4時20分に行われた。

イスラエル軍戦闘機複数機が、占領下ゴラン高原の上空から首都ダマスカス南方の複数カ所を狙ってミサイル多数を発射、シリア軍防空部隊が迎撃によりそのほとんどを撃破したが、民間人1人が負傷、物的被害が出た。

イスラエルは2022年だけでも、シリアに対して戦闘機によるミサイル攻撃などを11回(1月5、31日、2月9日、16日、23日、24日、4月9日、14日、5月11日、13日、20日、6月6日)も行っている。これらは、レバノンのヒズブッラーなどいわゆる「イランの民兵」やシリア軍の拠点を標的としていた。

だが、12回目となる6月10日の攻撃において、イスラエルが狙ったのはダマスカス国際空港だった。

Sawt al-‘Asima, June 10, 2022
Sawt al-‘Asima, June 10, 2022

空港は利用不能に

ミサイル攻撃の数時間後、運輸省は声明を出し、ダマスカス国際空港の滑走路、第二ターミナル・ビルなど一部施設が被害を受けて利用不能になったことを受け、同空港の発着便全便の運航を中止すると発表した。

反体制系NGOのシリア人権監視団や反体制系サイトのサウト・アースィマなどによると、攻撃は、北側の滑走路、管制塔、さらには空港の敷地内にある「イランの民兵」の倉庫3棟などに及んだ。

ダマスカス国際空港では、2021年9月に二本目の滑走路(南側の滑走路)の建設が開始されたが、度重なるイスラエル軍の爆撃によって建設作業が中断し、完成には至っていない。南側の滑走路は、大型輸送機でイランからの武器・装備などを輸送するために建設されているとされるが、今回のイスラエル軍のミサイル攻撃で北側の滑走路が破壊されたことで、空港の離発着は不可能となった。

「イランの民兵」、「イランからの武器・装備」は、イスラエルや反体制派の主張で、真偽は定かではない。

SANA、2022年6月12日
SANA、2022年6月12日

対応に追われる航空会社

イスラエル軍の攻撃を受け、各航空会社は対応に追われた。

シリアの民間航空会社のシャーム・ウィング社は10日に声明を出し、ダマスカス国際空港の発着便の運航を一時中止し、アレッポ国際空港発着便に切り替えるとともに、ダマスカス国際空港からアレッポ国際空港への利用客の移動の費用を全額保障すると発表した。

国営のシリア・アラブ航空も11日に声明を出し、ダマスカス国際空港発着のすべての定期便、追加便の運航が中止されたことを鑑み、国内外で発行された予約チケットの処理は、運航再開が発表されるのを受けて行うと発表した。

SANA、2022年6月12日
SANA、2022年6月12日

ロシア、イラン、レバノンは攻撃を非難

欧米諸国や日本が友好国であるイスラエルの暴挙を黙殺するなか、イスラエルによるダマスカス国際空港へのミサイル攻撃を非難した国は、ロシアやイランなど一部の国に限られた。

ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は10日に声明を出し、イスラエル軍によるダマスカス国際空港へのミサイル攻撃を厳しく非難し、こうした行為を停止するようイスラエルに要請した。

ザハロワ報道官はまた、イスラエルのシリア領内への断続的な爆撃は、国際法違反であり、決して受け入れられない挑発行為だと述べ、こうした無責任な行為が国際的な航空交通を体系的な脅威に晒し、無辜の民間人の生命を危険に晒すことになると警鐘を鳴らした。

イランのホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣も10日にファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣と電話会談を行い、イスラエル軍の卑劣な行為を非難すると伝えた。

レバノン外務省は11日に声明を出し、攻撃を「テロ行為」だと非難、レバノンは繰り返されるイスラエルの攻撃を迎撃するシリアに常に寄り添うと発表した。

復旧までには2週間を要するとの見方も

6月11日に被害現場を視察したフサイン・アルヌース首相は、作業チームに迅速に復旧作業を進めるよう指示した。だが、シリア人権監視団によると、空港の再開には2週間あまりを要することが予想されるという。

2017年4月7日に、米軍がシリア軍による化学兵器攻撃を理由にヒムス県のシャイーラート航空基地などをミサイル攻撃した際、同航空基地の滑走路は1日あまりで復旧した。ダマスカス国際空港という民生施設と市民生活に甚大な被害を与えた今回のイスラエル軍の攻撃は、その卑劣さもさることながら、ドナルド・トランプ政権下の米国がこの時シリアに対して行った攻撃が、化学兵器の使用に対する懲罰、そして再利用阻止という「大義」を口実としながらも、いかに中途半端なものであったかを再認識させる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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