ウェスティンホテル東京<スイーツブッフェの魔術師>はいかにチーズデザートブッフェを流行させるのか?
イチゴからチーズへ
「100年に1度のいちごイヤーを疑う」ではイチゴフェアについて考察し、「ホテルニューオータニのいちごフェアが充実してしまう理由」ではイチゴフェアの盛り上がりをホテル ニューオータニを中心にしてご紹介しました。
春はイチゴフェアが終わると落ち着いてしまうだけに、できるだけ長く引っ張り、5月くらいまで開催しているところも少なくありません。
そのような中で、2月で「ストロベリーデザートブッフェ」を切り上げ(1月5日~2月27日開催)、3月から「チーズデザートブッフェ」を始めた(3月2日~4月30日開催)にも関わらず、人気が落ちずに客足を維持しているところがあります。
それはウェスティンホテル東京の「インターナショナルブッフェレストラン ザ・テラス」(以下、ザ・テラス)です。
ザ・テラスはどうして早々とストロベリーデザートフェアを切り上げ、チーズデザートブッフェを始めたのでしょうか。またチーズデザートブッフェはどうして人気を博しているのでしょうか。
様々なチーズデザートが勢揃い
エグゼクティブペストリーシェフ 鈴木一夫氏は「ストロベリーデザートブッフェは毎年ご好評いただいているので、3月も続けようかどうか迷った。しかし、いくら人気があるとは言え、同じことを続けていたのではお客さまに飽きられてしまう」と真摯に話し、加えて「チーズデザートブッフェは昨年よりもさらに素晴らしいものに仕上がったので、早く召し上がっていただきたいとも考えた」と自信を持ちます。
では、今年のチーズデザートブッフェは昨年と比べて何が違うのでしょうか。
「デザートは全部で40種程度、チーズを使ったデザートは20種近く取り揃えている。種類数は昨年と同じだが、ほとんどのデザートは今年新しく創り出したものばかり」と昨年の焼き直しではないとし、「ただチーズを使えばよいというものではない。流行しているポップオーバーのフィリングにチーズクリームを挟んでアレンジしたり、ハイブリッドスイーツが注目されているのでティラミスとプリンを合わせてティラミスプリンにしたりと、モダンなチーズデザートに仕上げている。世間ではチーズタルトが人気なので、口溶けにこだわった、とろとろチーズタルトもご用意した」と最新トレンドを取り入れたモダンなチーズデザートを志向したとします。
他にもおすすめのチーズデザートはあり、「グレープフルーツとフロマージュブランのポット ド クレームはポップな瓶に入れて可愛いらしくし、スフレチーズケーキは整然と高く重ねた。プレゼンテーションにもこだわっているので、目でも楽しんでいただきたい」として、味だけではなく見た目に対する追求心も尽きません。
オーストリアのデザートも
実はザ・テラスでは3月1日から31日の間に「オーストリア フードフェア」が行われています。
このことについて、広報担当者は「3月はチーズデザートブッフェと平行して、オーストリア フードフェアが開催されている。そのためチーズデザートはもちろん、オーストリアのデザートも食べられるので、非常にお得」と、もう一つの側面について触れます。
オーストリアのデザートについて、鈴木氏は「メレンゲと卵黄生地を使ったカーディナル シュニッテン、矢羽模様が印象的なフォンダンをかけたエスターハージーシュニッテン、黒い森を意味するシュバルツベルダーなど、オーストリアでよく食べられているデザートをたくさんご用意している」と紹介します。
定番だけではありません。他にも「渦巻きの形をしたシュークリームのブラントタイククラプフェン、目玉のように見えるアイアシュピーゲルなどユニークなデザートも食べていただきたい」と、幅広いレパートリーを挙げていきます。
シックな大人のイメージに
昨年よりも進化したチーズデザートに加えて、オーストリアのデザートまで食べられるのであれば、チーズデザートブッフェがストロベリーデザートブッフェと同じ以上の人気を誇ることは理解できることでしょう。
ただ、そう言えば、今回のチーズデザートブッフェは開始する前から各ウェブサイトで紹介されるなりして話題に上っていたことを思い出しました。
開始前から注目されていたのは何故なのでしょうか。
マーケティング ディレクター 松浦良美氏は「今年のチーズデザートブッフェは昨年よりも進化していることを伝えるため、商材写真の撮影には特に力を入れた。昨年は明るくて上品なイメージであったが、今年は高級感があってシックな大人のイメージに仕上げている」と説明します。
デザートブッフェの商材写真は集合写真であることがほとんどで、高級感を表現するためには、どのデザートも高級感を伴っていなければならず、そのためやりたくても中々できるものではありません。
明るい写真を使うことが多いデザートブッフェの中で、今回のチーズデザートブッフェの写真はかなり個性が際立っていることでしょう。
スイーツブッフェの魔術師
鈴木氏は日本経済新聞「専門家推薦 食欲の秋、ホテルでスイーツビュッフェ」で私が「スイーツブッフェの魔術師」と名付けたほどデザートブッフェに精通したシェフです。
ザ・テラスで行われるフェアは期間が2ヶ月程度であり、その度にほとんどのデザートを入れ替えていますが、鈴木氏は「いつもフェアが開始する4ヶ月くらい前にはメニューを完成させている。PRするにはそれくらいの期間は必要なので当然のこと」と意に介しませんが、それだけのメニューを数ヶ月前にどうやって考えているのでしょうか。
「チームビルディングに励んでいるので、私がいなくても現場のオペレーションは問題なく回るようになっている。通常オペレーションは現場に信頼して任せ、私は流行をリサーチしたりアイデアを練ったりして、新しいデザートを作ることに注力している」と丁寧に答えます。
マーケティングするシェフ
現場に任せていると言いますが、実は現場によく足を運ぶシェフとしてもよく知られており、デザートブッフェの開始時には必ず様子を見に来て、マーケティングリサーチを行っています。
私が連載を持つ「東京CHEFS」(全日本司厨士協会東京支部)で「シェフとマーケティングを考える」という特集を組んだことがありますが、この時に出ていただいたほど鈴木氏はマーケティングについて日頃からよく考えるシェフなのです。
例を挙げると、客のグループ構成からブッフェ台の流れを推測したり、開始初日の様子だけから残り2ヶ月の推移を予測したり、ブッフェ台の配置を微調整して取られるデザートを調整したり、西欧はもちろん、東欧やアジアから知られていないデザートを発掘して人気に火を点けたりと、エピソードには枚挙の暇がありません。
トータルでデザイン
鈴木氏はさらに理論を展開し、「デザートブッフェは甘いものばかりなのでトータルで考えることがとても重要。それがお客さまの満足感につながる」と話し始め、「デザート1品1品だけで、おいしくしようと考えてはならない。全てを食べた時にどうおいしく感じられるかをデザインしていく必要がある」と結びます。
ザ・テラスに併設された「ウェスティン デリ」では昼過ぎになると売り切れる「シュークリーム」や「スペシャルウェスティンプリン」といった人気商品を販売しています。
ザ・テラスのデザートブッフェでは、このウェスティン デリと比べてもあまり遜色がないほど、1品1品おいしいデザートが提供されているだけに、トータルで考えなければならないという鈴木氏の発言は示唆に富むものです。
トータルということで言えば、例えば、フランス料理のコースでも最初から最後までメインディッシュを提供することはありえません。
アミューズ ブーシュから緩やかに始まり、前菜を食べてからメインディッシュを迎え、そこからデザート、小菓子へとダウンしていった方が満足感は高くなるものなので、デザートブッフェをトータルでデザインするという鈴木氏の理論はとても理に適ったものなのです。
デザートブッフェでは負けない
最後に鈴木氏は、私も聞いたことがない興味深い理論を披瀝します。
「ブッフェは終わらせ方が非常に大切。最後を大切にしないとリピートしていただけない」として、その理由を問うと、「帰るお客さまはブッフェ台を非常によく注目している。ブッフェ台にデザートが全くないと寂し過ぎてしまうが、あり過ぎてもいけない。おいしいと思って食べてくださったお客さまほど、たくさん残っているともったいないと思ってしまう」と述べた後に、真剣な眼差しで「それだからこそ、デザートブッフェが終わった時の状態を考えながら補充していき、終わり方を定めなければならない」と、スイーツブッフェの魔術師たる金言を残します。
昨年ウェスティンホテル東京が20周年を迎えた時にホテル内のレストランを巡る記事を執筆しましたが、ザ・テラスやウェスティン デリについては触れる機会がなかったので、鈴木氏の哲学についてご紹介することができず、非常に残念に思っていました。
独自のデザートブッフェ哲学を啓く鈴木氏は、特定の師匠がいないが故に広い視野で世界中のお菓子を研究し、そこから創り出した珠玉のデザートと、現場での鋭い洞察力と経験に裏打ちされたマーケティング能力によって、多くの人を満足させていますが、「デザートブッフェを行うからには極める。絶対に誰にも負けたくない」と語る熱い想いこそが、絶大な支持を誇っている理由なのかも知れません。
情報
詳しくは公式サイトをご確認ください。
参考
すみれ草201にもインターナショナルブッフェレストラン ザ・テラスのチーズデザートブッフェとストロベリーデザートブッフェが詳しく掲載されていますので、ご参考にどうぞ。
元記事
レストラン図鑑に元記事が掲載されています。