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京王電鉄、値上げでも加算運賃廃止 サービス重視の鉄道を維持しなおも「格安私鉄」の座を譲らず

小林拓矢フリーライター
京王は安くてサービスのいい私鉄として知られている(写真:イメージマート)

 この春、鉄道各事業者は相次いで値上げしている。これまでの運賃が安かったことに加え、鉄道駅のバリアフリー整備や、その他の設備投資が必要なことに加えて、コロナ禍による利用者減の中で収入が減っていることが理由に挙げられる。

 関東圏ではJR東日本や東急電鉄などが値上げしている。とくに東急電鉄の値上げは、もともとの運賃が安かったことに加え、駅設備などのサービス向上のためという大義名分があるため、多くの人に好感をもって受け入れられた。サービスがしっかりしていてもともと安すぎる場合、多少の値上げはこのご時世仕方がないという受け止められ方をするいい実例となった。

 そんな中で、運賃の安い私鉄として知られる京王電鉄が、この10月に値上げをしたいと、国土交通大臣あてに申請した。

 京王電鉄は、もともと安かったことに加え、運賃自体の値下げや、京王相模原線の加算運賃の値下げを実施したため、安さが際立つ私鉄として知られていた。

 しかしそんな京王電鉄も、いよいよ限界となってきた。

鉄道事業に求められる水準が上がっていく

 以前なら、関連事業で潤えば鉄道事業にそこから補填していけばいいという考えも成り立ったかもしれないが、いまの時代は部門ごとの採算性が厳しく問われ、しかもコロナ禍でどの部門も厳しい状況になっている。鉄道事業はコロナ禍の中でもしだいに回復しているとはいえ、それでもコロナ禍前の水準までは戻らないと多くの事業者は考えている。

 とくに東急電鉄は、コロナ禍前に戻らないことを前提に値上げを行った。東急電鉄の場合、沿線住民の経済水準が高く、職業もテレワーク可能なものに従事している人が多いという理由で、利用者が減る状況にあった。

 その上、ホームドアなどの整備や駅構内のバリアフリー対応などが必要になり、どこの鉄道も設備投資をしなくてはならない状況にある。

 京王電鉄は、2021年10月に車内での傷害事件が発生したため、乗客の安全ということにも意識を向けなければならないという事情もある。防犯カメラ等の設置にも力を入れている。

京王電鉄は2021年10月の車内での傷害事件対応をかなり意識している
京王電鉄は2021年10月の車内での傷害事件対応をかなり意識している写真:ロイター/アフロ

 もちろん、「ステルス値上げ」のようにサービスを低下してコストダウンという方法もある。しかし、それはお菓子や新聞だから成り立つのであり、鉄道でこれをやったら社会全体から信頼されなくなる。

 そこで、やむを得ず値上げとなった。どんなふうに値上げをするのだろうか?

初乗り運賃を大改定、遠距離は上昇幅を抑える

 今回の値上げで、目につくのは初乗り運賃(1~4km)の改定だ。交通系ICカードが126円、紙のきっぷが130円だったものが、どちらも140円になる。とくに交通系ICカードの値上げ幅が大きい。

 これで、交通系ICカードと紙のきっぷを同額にするのか? というと、実はそうでもない。

 区間によっては、額を合わせないところも存続する。7~9km・10~12と、16~19から38~44kmでは、交通系ICカードと紙のきっぷに差をつける。平均で13.3%の改定、その他区間では改定額を極力抑える方針だ。

 運賃と通勤定期は値上げするが、通学定期は現行のまま据え置く。

 相模原線の京王多摩川~橋本間の加算運賃は、廃止とする。

 たとえば、新宿・渋谷~調布間は交通系ICカードでは242円から273円に、紙のきっぷでは250円から280円になる。新宿・渋谷~京王八王子間は、交通系ICカードが367円から409円に、紙のきっぷでは370円から410円になる。加算運賃が関係する京王相模原線関連では、交通系ICカードが387円から409円に、紙のきっぷは390円から410円になる。京王相模原線関連では、加算運賃のことを考えると値上げ幅は大きくない。

 ライバルと比較してみよう。新宿からJR東日本中央線に乗り八王子まで行くと、交通系ICカードで492円、紙のきっぷで500円だ。JR東日本では、3月18日のダイヤ改正時に電車特定区間内は普通運賃に鉄道駅バリアフリー料金を加算したものを新運賃としている。新宿~八王子間は私鉄との競合もあって安めに設定されているが、値上げしても京王のほうが安い。遠距離の上昇幅を抑えることで、遠くからの利用者にも京王を選んでもらえるようにしたいという考えなのだろう。似たような例は京急電鉄でもあった。

値上げして、何をする?

 値上げしてもサービスが向上しないと、利用者は納得しない。では京王電鉄は値上げして何をするのか。

 まずは安全性である。利用者のホームからの転落などを防ぐために、全69駅でホームドアの整備を実施する。井の頭線では2020年代中ごろ、京王線方面では2030年代前半を目標に整備を完了させる。沿線住民からもホームドア整備に関する要望は出ており、それに応える形だ。

 京王電鉄がとくに意識しているのは、駅構内や車内における防犯・セキュリティ対策である。車内や駅構内での傷害事件などへの対応強化や防止のために、車内防犯カメラやホーム上防犯カメラの設置・整備を進める。2023年度末を目標に全車両・全駅に設置する。車内での避難経路確保のために、全編成を貫通化した上で、車内通報装置を対話式にする。京王電鉄の場合は、複数編成を併結して全10両編成にしているケースもまだあるため、この状態の解消をめざすことにしている。

 また、踏切での障害物検知装置の整備や、自然災害対応に力を入れる。

 サービス面では、新宿駅の大規模改良や橋本駅の移設、「京王ライナー」にも使用される5000系の増備といったことも計画している。

「京王ライナー」に使用される5000系の増備が進んでいる。
「京王ライナー」に使用される5000系の増備が進んでいる。写真:イメージマート

 おもに安全面への投資のために、乗客に値上げへの理解を求めている。またトイレの充実やバリアフリー対応にも力を入れ、このあたりは東急電鉄と値上げの理由が同じといえる。

 鉄道の値上げは、サービスの質をともなっているからこそ利用者に理解されるものである。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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