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朝ドラ『エール』が描いた、怒涛の「ラスト2週間」の意味とは!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

NHKの連続テレビ小説『エール』が幕を閉じました。コロナ禍の中の制作・放送は大変だったと思いますが、しっかり完走したスタッフ・キャストに、まず拍手です。特に最終週とその前の週の「ラスト2週間」の展開は見事でした。

以前、ドキュメンタリーの取材で旅客機の機長さんに話を聞いたことがあります。一般的に航空機の操縦は離陸と着陸が難しい、特に着陸はベテランでも神経を使うと仰っていました。だから、機内で脱いだ靴も「降下が始まったら履いておいてください(笑)」と。

連続ドラマも離陸にあたるスタート時以上に、終盤からエンディングという着陸がとても大事です。なぜなら、そのドラマ全体の印象を見る側に刻むことになるからです。

最後の2週間、ドラマを盛り上げた最大の功労者は、古山裕一(窪田正孝)と音(二階堂ふみ)の一人娘、華(古川琴音)でした。成長し、看護婦(現在は看護師)になった華。彼女を軸に、短いながらも新たな青春物語を見せてくれたのです。

野球青年との恋に破れた時、華は彼から「君は重たいんだ」と言われたことがショックでした。音は見合いを勧めましたが、華は断ります。相手は自分で見つけるというのです。

その時の母と娘のやりとりが、かなりおかしい。

「働きづめで、出会いなんてないでしょう」

「自分を変えたいの! 私、重い女は卒業する。軽い女になる」

そう言って毅然として歩み去る華。見送りながら音がつぶやきます。

「その決意が、すでに重いのよ」

ほんとだ。思わず笑っちゃいました。しかも華の正面アップに、画面いっぱいの赤い筆文字「華、軽い女になる!」がドーンと重なります。朝ドラにしては大胆な演出(脚本も兼ねた吉田照幸チーフディレクター)。このユーモア感覚がうれしい。

その後、似合わない「軽い女」作戦は当然のように頓挫しますが、華はロカビリー歌手の霧島アキラ(宮沢氷魚)と結ばれました。最終週の結婚式は、このドラマの大きなテーマだった「音楽」が、裕一から次の世代へと継承されていくことの象徴でもあります。

それにしても、華を演じた古川琴音さんが光っていました。映画『アメリ』のヒロイン(オドレイ・トトゥ)みたいな髪型。やさしい心根。自分が納得したことを貫く芯の強さ。今思えば、琴音さん以外考えられない絶妙のキャスティングです。

また最終週では、見る側も気になっていた小山田耕三(志村けん)との確執が、遺言ともいえる一通の手紙によって、やわらかく解消されていきました。

「どうか私を許してほしい。音楽を愛するがゆえの過ちだ。道は違えど、音楽を通して日本に勇気と希望を与えてきた同志として、今度は語り合いたい。私は先に行く。こちらに来たら声をかけてくれ」

そして物語の最終日。音が入っている保養所に、広松寛治(松本大輝)という青年がやってきました。自分が作曲家を目指していることを語り、敬愛する裕一に、再び音楽の大作に挑戦してほしいと訴えます。それに対する、裕一の返答が秀逸でした。

「人は生まれてから、音楽はずっと人と共にある。音楽は人を癒やし、励まし、勇気づけ、力になる。僕の役目は終わった。次は君たちが担ってくれ」

広松が帰った後、裕一は音に言います。

「彼らの世代が、また新しい音楽を紡いでくれるよ」

確かに音楽は、それぞれの時代の産物です。多くの曲が時代の移り変わりと共に消えていきますが、中には聴く者の大切な記憶として残っていくものもあります。そんな音楽の持つ一過性と普遍性の両方を古関裕而は、いえ古山裕一はよく分かっていたのではないでしょうか。

ラストの海辺のシーン。毎日、オープニングタイトルとして接してきた海と2人ですが、また格別な思いで見ることができました。裕一が音に伝えた「ありがとう」は、たくさんの視聴者の気持ちでもあります。

27日(金)に放送された、NHKホールを使っての「古関メロディ祭」には驚きましたが、「こういう朝ドラがあってもいいじゃないか」と思いながら楽しみました。

馬具職人・岩城(吉原光夫)の「イヨマンテの夜」も素晴らしかったのですが、藤堂先生(森山直太朗)と久志(山崎育三郎)による「栄冠は君に輝く」が圧巻でした。

裕一を作曲の道へと導いてくれた藤堂が、生前は聴くことのできなかった、あの曲を歌っている。裕一の心の中にあった「夢」の実現です。こういう決着のつけ方もあったのかと、感慨深いものがありました。

このドラマの準備段階では予想していなかった、新型コロナウイルスの脅威、東京オリンピックの延期といった事態が起こり、「エール(励ます・応援する)」というタイトルの意味合いや対象も変わらざるを得ませんでした。

しかし、ドラマを通じての、より広い意味での「エール」の精神は、見る側にもしっかり届いたと思います。多くの人の記憶に残る朝ドラの1本となりました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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