イスラエル軍はガザ市街でM150六塩化エタン発煙弾を使用し、市街地で白リン弾を使わない方針
イスラエル軍は10月7日から始まったガザ紛争「ハラヴォート・バルゼル作戦」で、発煙弾について白リンと六塩化エタン(ヘキサクロロエタン、略称HC)を使い分けている傾向がはっきりしています。
- 白リン弾:野外で使用(レバノン南部、対ヒズボラ)
- 六塩化エタン発煙弾:市街で使用(ガザ、対ハマス)
ただし開戦初期にガザ市街で白リン弾がごく少数使用されましたが、直ぐに使われなくなりました。おそらく単純に弾薬を間違えて配布して誤使用されたものと思われます(発煙弾は同じ薄緑色の塗装)。この傾向からイスラエルは人口が密集した市街地での白リン弾の使用を控える方針ですが、野外では白リン弾を使用しても問題ないと考えているようです。
※特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の第三議定書(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)で禁止されているのは「人口周密の地域内に位置する軍事目標を空中から投射する焼夷兵器による攻撃の対象とすること」であり、野外での使用は禁止されていない。参考:長崎大学RECNA:焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書(議定書Ⅲ)
過去十数年間のイスラエル軍によるガザ地上侵攻作戦での白リン弾の使用傾向は以下の通りです。おそらくですが2009年の作戦の後に使用方針を変更しており、2014年は使用せず、2023年には代替手段の六塩化エタン発煙弾(エルビット・システムズ製M150)が用意できていたと見られます。
- 2009年:白リン弾を大量使用 オフェレット・イェツカー作戦
- 2014年:白リン弾は使用せず ツク・エイタン作戦
- 2023年:白リン弾は市街地の使用を控える ハラヴォート・バルゼル作戦
2009年のオフェレット・イェツカー作戦では市街地で夜間に発煙弾と照明弾を同時併用する戦法が多用されましたが、2023年のハラヴォート・バルゼル作戦でも同様の戦法が行われています。ただし発煙弾の種類がM825A1白リン弾からM150六塩化エタン発煙弾に変更されています。
今回のイスラエル軍によるガザ侵攻「ハラヴォート・バルゼル作戦」で使用が確認された照明弾と発煙弾は以下の3種類です。全て155mm榴弾砲から発射される砲弾です。
- M485A2照明弾 マグネシウム粉+硝酸ナトリウム、発光体1個+落下傘
- M825A1発煙弾 白リン(白燐)、発煙体116個
- M150発煙弾 六塩化エタン(HC)、発煙体5個
M116発煙弾(六塩化エタンの発煙体4個)は前線で発射前に準備されている砲弾では確認されず、砲弾の残骸からも使用は確認されませんでした。なおイスラエル軍の砲弾の塗装は照明弾は黄色で発煙弾は薄緑色です。おそらく使用されている六塩化エタン発煙弾は全てM150であり、M116ではないかと疑われていた4本の煙の筋はM150の5本の煙の筋が一部重なって見えていただけと思われます。
155mm榴弾砲の照明弾と発煙弾は空中で起爆し内容物を後部から放出する方式ですが、この内容物の個数で種類の判別が可能です。落下傘付きでゆっくり落ちて来る単体の発光体は照明弾、100個以上の光または煙の筋が拡散していたら白リン弾、5個ならば六塩化エタン発煙弾といった感じです。慣れて来ると一目で見分けられるようになります。
単体の煙だけでも判別が可能です。白リン弾の煙は白く、六塩化エタン発煙弾はやや灰色がかっています。また白リン弾は内容物の発煙体が100個以上なので1個あたりが小さく煙の噴出量は少なく、六塩化エタン発煙弾は内容物の発煙体が5個なので1個あたりが大きく煙の噴出量は多くなります。
注意点としては現地からの報告者はこれらの見分けが付いていないことがほとんどで、六塩化エタン発煙弾を白リン弾と誤認する混同が非常に多いという点です。というよりも六塩化エタン発煙弾の存在そのものが全く知られていません。既に説明したように見分けは容易ですが、存在と見分け方が知れ渡っていないので全て白リン弾として報告されているので、十分に注意してください。
なお白リン弾と比べると六塩化エタン発煙弾の焼夷性は低くより安全です。発生する煙については両方とも毒性はそれほど高くはないので、軍事使用で吸い込んで死亡した例はありません。両方とも発煙弾であり化学兵器には分類されません。
M150六塩化エタン発煙弾:ガザ南部カーン・ユニス
報告者は「戦闘機から投下された白リン弾」と書いていますが間違っており、5本の煙の筋の特徴から155mm榴弾砲から発射されたM150六塩化エタン発煙弾であると特定されます。
先端の丸い輪は輸送用の取っ手で使用時には外して時限信管を装着します。砲弾側に雌ネジが切ってあり脱着が可能です。
砲弾の先端に炸薬が内蔵されており、空中で起爆して後部から内容物の発煙体5個を押し出して放出します。HC = Hexachloroethane
M825A1白リン弾:レバノン南部キアム郊外
報告者は「国際的に使用が禁止された白リン弾」としていますが、M825A1は発煙弾として設計されているのでCCW第三議定書の指定する焼夷兵器には該当しない上に、野外での使用と見做された場合は焼夷兵器であってもCCW第三議定書では使用を禁止されていません。
M150六塩化エタン発煙弾:ガザ北部アル・シャティ難民キャンプ
報告者は白リン弾としていますが、実際にはM150六塩化エタン発煙弾とM485A2照明弾の同時併用。通常はこの同時併用戦法は市街地での夜間戦用なので、昼間に実施されているのは珍しい使用方法です。昼間は通常は発煙弾を単体で使用します。
- M485A2照明弾:太い煙が1個ずつゆっくり落ちて来る
- M150六塩化エタン発煙弾:速い5本の煙が拡散しながら投射
ブーンという音は観測飛行している固定翼無人偵察機のプロペラ音。
M150六塩化エタン発煙弾:ガザ北部
M150六塩化エタン発煙弾とM485A2照明弾の夜間での同時併用。
- ※この動画は早送りされています。
- ※投稿日は2023年12月2日ですが、撮影はおそらく11月9日前後。
M150六塩化エタン発煙弾:ガザ北部ジャバリア難民キャンプ
報告者は白リン弾と重ガス爆弾の投下だとしていますが、実際には煙の色がやや灰色がかっており発煙体からの噴出量が多いので、正体は六塩化エタン発煙弾です。また動画の最後の方(32~37秒)で上空に5本の煙の筋が見えるので、M150六塩化エタン発煙弾で特定されます。
もしもM825A1白リン弾ならば煙は真っ白く、内蔵の発煙体が116個と非常に多い分だけ1個あたりが小さいので、1個あたりの噴出量は少なくなるでしょう。
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